第37話
「な…なんと。思ってもみなかった話だ。まさかそのようなことが、起こり得るとは…」
アリエルの話を聞いたギルスが、思わずガタリとデッキチェアから腰を浮かしつつ、驚愕の面持ちで俺の顔を見やった。
アリエルが話した内容とは、
全てだ。何もかもを包み隠さず、俺が創造主だということも含めて、全てをありのままに、ギルスに話していった。
が、悪い選択ではないと思う。むしろ俺が話をしたとしても、ギルスには全てを明かしていただろう。
ギルスが信頼できる相手だということは、他の誰でもない、俺が一番良く分かっている。アリエルがどこまでギルスを知っているかは分からないが、俺の態度やギルスの人柄を見て、信頼に値する人物だと判断したのだろう。
いや、アリエルならばきっと、それ以上のことも踏まえているのだと思うが。
「創造神ウィラルヴァ…かつてウィル様が、完全なる絶対神だった頃のお姿ということか。破壊神ルイスもまた同じ存在であると……よもや神々の事情が、そのような複雑な様態にあったとは」
そのうちの一つは、貴方の娘なんですけどね。ファルナが母なる神の転生した姿だということは、さっきアリエルが話したけれど、全く動じたふうはなかった。どうやらギルスは、そのことを承知しているようだ。
一応、確認のために訊いてみたら、ギルスはどこか苦々しい顔つきで、デッキチェアに深々と背を預け、
「ファルナが母なる神の現し身であることは、ウィル様より知らされている。私がファルナのことに対し、必要以上に過保護なのも、それが理由だ。いずれはウィル様の妻に迎えていただくことになっているので、尚更な」
「そのウィル・アルヴァのことなんですが…彼は今、どこにいらっしゃるのですか?」
セラお姉さんが問いかけた。横並びに座った俺とギルスの、正面にベンチを置いているため、真っ直ぐ向かい合った位置取りだ。
ギルスは少し意外そうに、
「君達も把握していないのか。私も二年前に会った切りだ。それ以前は、戦場でもたまにお見かけしていたのだが……私が戦場に出ることが、かなわなくなってしまったからな。おそらく、ビズニスかエストランドの連合軍に、参加しているのではなかろうか」
サイドテーブルからティーカップを手に取り、優雅な仕草で口元に運ぶ。
トニー君みたいに、何をやっても様になる男だ。仕草の一つ一つが、無駄にカッコいい。…ずるいなぁ。
と、そんなことより…
「連合軍に…ね」
つぶやき、んーっと眉をひそめて考え込む。
そういえばウィラルヴァは、最初に荒野に俺を送り込んだとき、南に行けばウィルに会えたと言っていた。
あの荒野は、神話の時代の戦争で、竜脈の流れに影響が出るほどの被害を受け、草木も育たぬ、荒れ果てた大地へと変貌した魔境であり、レインティアやエストランドからは、かなり離れた位置にある。
あそこで南に行ったところで、その先はノウティス領だ。確かにウィルは、母なる神レーラを探すため、正体を隠してノウティス領内を旅することも、度々あったけれど…ノウティス軍が北上して来るこのタイミングで、あんなところで一体何をしていたのだろうか。
もしかしたら、連合軍の斥候に加わっていた? いや、連合軍が結成されたのは、ノウティスの遠征軍が、レインティアに接近して来てからだ。その可能性はない。
そうなると、おそらくウィルは、単独であの場所にいたということになる。もしかしたら仲間の一人や二人は、いたかも知れないが。それでも、どこかの軍や組織に所属しての行動ではなく、ウィル個人で、ということだ。
考えられるのは……ノウティス帝国の帝都、リーベラへの潜入だ。ウィルは何度か帝都に潜入したことがあり、帝都内に根強く巣食うレジスタンス、リベラルフォースを纏め上げ、虐げられし民衆に救いの手を差し伸べてきた。そのまま破壊神を討ち倒すに至ったことすらある。
ウィルがリーベラへの潜入を考えていて、それに合わせてウィラルヴァが俺を送り込んだ、という可能性も十分にあり得る話だろう。
「ふむ…」
「ギルス様。しばらくお待ち下さい。ああ、ミルクティーのおかわりはいかがですか?」
「うむ。いただこうかな」
あのタイミングでウィルがあそこにいたということは、リーベラへの潜入を考えていた以外にはあり得ない。それ以外の理由が思いつかない。
レインティアが滅びるのは、ファルナが五歳のとき。今から二年後の話だ。そしてその二年後、エストランドの片隅の山村で、ロストミレニアムの主人公、アレク・ファインが産ぶ声を上げる。
そのアレクが五歳のとき、山村を襲った帝国の侵略軍から、アレクを救い出したのが、他ならぬウィル・アルヴァだった。
当時のウィルは、エストランドの傭兵部隊を指揮しており、国中に名を轟かせる大英雄だった。アレクはそのウィルに憧れを抱き、ロードへの道を歩み始める。
エストランドはそのとき、ウィルの活躍もあり、最盛期を迎えていた。ビズニスの援軍に頼ることなく、数年置きに訪れるノウティスの侵攻を、幾度となく食い止め、傭兵国エストランドの名を大陸中に響かせていた。
今から凡そ九年後には、その状態にあるということだ。
ちなみに、マーク君とトニー君調べではあるが、現在のエストランド軍にもビズニス軍にも、ウィル・アルヴァという人物の名前はないという。もし今のウィルが一兵卒という立場にいるなら、マーク君達のツテでは調べようがないだろうが。少なくとも、将軍や部隊長クラスの中には、ウィルらしい人物は見当たらないらしい。
偽名を使っていたとしたら探しようがないが、少なくとも俺の知る限り、ウィルが偽名を使って活動したことは一度もない。
…おそらくだが、これまでのパターンから考えるに、その設定もちゃんと反映されているだろう。基本的に、うろ覚えではなく、ちゃんと設定を出して記憶している事柄は、この世界では余すことなく、適応されているように思う。
「いつもこんな感じなのですかな。いやはや、素晴らしい集中力ですな」
「大体こんな感じですね。話しかけても、何も反応しないこともありますよ」
これらのことを踏まえるに、今現在ウィルは、連合軍に身を置いてはいない。これは確かだろう。リーベラへと潜入し、当分はこっちへ戻って来ないと考えられる。
次に破壊神が倒されるのは、まだ数十年は先だと思う。倒すのはアレク・ファインだ。といっても、ウィルの力を継承し、父なる神の化身となったアレクであり、同時にウィルであるとも言えるのだが。まぁその時期については、物語も創作途中であったため、一概には言えないか。どうやって倒すのかも分からない。
とにかく一つだけ確かなことは、今回、俺がレインティアを救うために戦うのに、ウィル本人の援護は望めない、ということだ。無論、母なる神レーラも。ファルナはまだ三歳であり、レーラ・クルーとして覚醒してもいないのだから。
唯一救いであることは、今回の戦いは、破壊神ルイスを直接相手にするわけではない、というところだ。さすがにルイスが相手だと、ウィルがいなければ勝ち目がない。
「少々小腹が空いたのだが、何か摘めるものはないだろうか?」
「分かりました。お茶菓子があったと思いますので、持って来ますね」
大事なのは、周りとの連携。特に、地風神カイルストルの現し身、青の軍神ストル・フォーストを味方につけることだ。彼ならばノウティスのS級レベルの戦士が相手でも、決して遅れを取ることはない。カイルストルの半身であり、本来の半分の力しか持っていないとはいえ、それでもアリエルと互角の力は有しているだろう。
アリエルとマリカの存在も大きい。地竜五十の軍勢も、相手が人間であれば、少なくとも一万の軍勢には匹敵すると思う。
そういえば、ノウティス軍の編成も、設定を出したことがあったな…。確か、百人隊長に中級レベルが一人、千人ごとに上級レベルが一人いて、S級は一万の軍勢に対して一人、だったはずだ。
ノウティス軍の戦力は、常備軍だけで百万はくだらない。そのうちどれだけ、レインティア占領のために投入してくるのか…この辺りは、実際に相対してみないとなんとも言えないが。
「アリエル殿、融資をお願いすることは可能だろうか。実は軍資金の調達に苦労していてな」
「そうですか。では後日、担当の者を派遣いたします。連絡先を教えていただけますか?」
そういえばギルスもまた、貴重な戦力と言える。彼自身の戦闘能力は並だが、その軍略は、戦場に置いて並ぶ者がないほど、秀逸なものだ。レジスタンスも、末端で千人と言っていたし、彼が指揮をしたなら、実質的に、その十倍相当の戦力に計算できるだろう。
現状、マリカとアリエルがいて、地竜の軍勢があるだけでも…ざっと計算して三、四万程度の軍勢なら、相手にできるってことか。…えげつないな。何気に。
まぁ、ギルスが味方についてくれるなら、という前提だが。もし相手にアリエル並みの猛者がいれば、また話も変わってくるし。
「粒餡か。個人的には漉餡の方が好みなのだがな」
「我儘言わないで下さい。文句言うならあげませんよ」
「いやいや、文句というほどのことでは」
…てか、さっきからちょくちょく会話が入ってくるんだが。人が真剣に考えてるときに、呑気に饅頭なんて食ってるんじゃありません!
「私も…食べます…むにゃむにゃ…」と、膝の上のマリカが、モゴモゴと口を動かしながら寝言を言った。
きっと夢の中で食べてるんだろうな。ちゃんとマリカの分も取っといてあげるからね。
「考えは纏まりましたか?」
セラお姉さんがニコリと微笑んだ。
「うん、まぁ…。
ギルス。レジスタンスは、ウィルの提案で組織したって言ったな?」
「いかにも。以前よりウィル様とは交流があってな。レインティアを追われたときに、相談に乗ってもらったのだ」そう言って、パクリと饅頭にかぶりつく。
…意外にお茶目なところあるんだな、おっちゃん。もっと厳格で、気難しい男かと思っていたんだが。
まぁ、この方が好感が持てるのは確かだが。それにしても人ん家に来て、寛ぎすぎだろ。
「クーデターを起こして、王権を奪うつもりなのか?」
問いかけると、ギルスは不意に、真面目な顔つきを見せた。目元のシワが深さを際立たせ、魔導具の明かりに照らされる。
「…必ずしも、というわけではない。特に今の状況では、変に国を乱せば、ノウティスに付け込まれるやも知れぬからな。特に、レインティア滅亡の話を聞いてしまった今では、尚更だ」
なるほど。帝国の遠征軍が侵攻中だからな。レインティアも特に軍を動かしてはいないし、守備が手薄になっているわけではない。このタイミングでのクーデターは駄策、か。
「レジスタンスは、クーデターのためだけに組織されたわけではないだろう? ノウティスの侵略からレインティアを守るためでもある。…ウィルはそう言ったはずだ」
「う…うむ。確かにその通りだが」
「俺の知っているウィル・アルヴァなら、そう考えるはずだ。クーデターが成功してギルスがレインティアを掌握できるなら、それで良し。だが、もしそうでない場合は、レインティアにも、独自に国を守るための組織が必要になる。
レインティア本軍がアテにできない以上、その中心に据えるべきは…ギルスをおいて他にない。だからこそウィルは、ギルスにレジスタンスを組織するよう言いつけた。レジスタンスを従えたギルスが立ち上がれば、呼応して国中から志願者が募って来るだろう。人数だけなら、十分に戦える数になる」
「…参ったな。我らがのんびり茶菓子を食っている間に、そこまで思い至っていたか」苦笑するギルス。
言いながらも、次の饅頭に手を伸ばしているあたり、憎めないおっさんだ。
「ならば、話は早い。
ギルス。レインティアを救うため、お前の力を貸して欲しい」
ギルスが饅頭を持った手を止めて、驚いた顔つきで俺と視線を合わせた。しばらく無言で見つめ合ったあと、やおらフッと口の端を上げて、目を伏せてクックッと忍び笑いを漏らした。
「シュウ殿の配下に加われと? このギルスにか?
…く、くははは!」愉快気に笑い声を上げた。
いや、別に配下ってわけじゃないけど…ていうか、夜中なんでもうちょっと静かめにお願いします。近所迷惑でしょうが。
「シュウ殿を配下に付けようと訪問したというのに、逆にその下に付けと言われようとはな!」
いや、だからゆってないってば。ちょくちょく勘違いするなこのおっさん。
……いや、あるいは、勘違いしているように見せかけているのか? そこまで愚鈍な男じゃ無いはずだが。
「しかし、何故かな。本来なら目下の者にそのような物言いをされると、何を生意気な口をと腹も立てるだろうに、全く悪い気がしない。
これが創造主たる所以か。目下などとおこがましいことよ。まるでウィル様に言い渡されているかのようだ」
言っておもむろに腰を上げ、つま先をこちらへと向け、真っ直ぐに立った。まるで家族にでも向けるかのような、親し気な目つきで、口元を僅かに上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「一目見たそのときから、なにやら不思議な感覚を抱いたものだ。きっとアリエル殿や斑天竜殿も、同じ思いであったのだろうな。
…良かろう。其方の陣営に降る。この身、とくと役立てられよ!」
そう言って右手の拳を胸にあて、深々と頭を垂れた。
片手に饅頭を握りしめてさえいなければ、完璧なんだがな…。
なるほど。稀代の天才軍師、ギルス・レインとは、こういうキャラだったか。
全く俺好みだ。
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