第59話 斬島舞夜③

 ★ ★ ★ ★ ★ 


 消毒液の嫌な匂いがする。

 周囲を真っ白い壁に囲われた質素な部屋。

 様々な薬品が並ぶ保健室のベッドの上に、斬島舞夜は寝かされていた。


「ったく、もう大丈夫だっつーの。チッ、せっかく久しぶりに興奮できる戦いの途中だったのにぃ~……」


 仰向けでベッドに転がる舞夜が、口汚く愚痴を垂れる。


「安心しろ。お前の実力があんなものじゃないことくらい、ちゃんと理解している」

「じゃあ、なんであのときあんたは本気出さなかったんだよ」

「魔術の使用は禁止されていたからな。俺は肉体強化系の魔術師なんだ」

「私も肉体強化の魔術なら使える。今度は魔術ありで勝負しな」

「それにどんなメリットがあるんだ?」


 やれやれといった具合に、流斗が肩をすくめて首を横に振る。


「舞夜、お前は戦うことにしか興味がないのか?」

「いいや、私にだって趣味の一つや二つあるさ」

「へぇ」

「どうすればもっと強くなれるのか、どこに行けば満足のいく相手と戦えるか、だ」

「……結局、戦うのかよ」


 はぁ、と流斗が短くため息を吐いた。

 真っ直ぐにこちらを見据え、舞夜は言う。


「ねぇ流斗。あんた今、恋人とかいる?」

「なんだよ唐突に。いないけどさ」


 生まれてこの方、彼女なんてできたことない。


「あっそう。ならあんた、私と付き合ってよ」

「……は? なんでまた、そうなるんだ?」


 唐突な告白に、流斗は動揺を通り越して呆れ果てていた。


「初めてあんたと会ったときは、まさかこんな気持ちになるなんて、私自身も思っていなかった」


 舞夜がベッドから起き上がって、大きな胸を両手で包むように引き寄せる。


「だけど、戦っているときに気付いてしまったの。この胸の奥が燃えるような激しい情熱を。私が求めていた強者つわものは此処にいたのだと」


 舞夜の綺麗な手が流斗の手を握る。


「要は一目惚れってやつよ! 私はあんたの強さに惹かれた。だから私と付き合って。そして毎日私と戦いましょう!」

「メンドクセェ」

「代わりと言ってはなんだけど、戦っているとき以外は、私を好きにしてくれて構わないから。なんならベッドで一戦交える?」


 言うや否や、舞夜は上に着ている白い道着を着崩す。

 豊かな谷間から汗が滴り落ちるのが目に映った。


「いや、いやいや、ちょっと待て! お前……」


 慌てて目をそらす。

 両手で目を覆いつつも、指の隙間からこっそりと様子を伺う。


「なぁに? 私のカラダじゃ不満なの? プロポーションには自信があったんだけどなぁ……胸も大きいし。ほらほらぁ~」


 舞夜は両手で豊かな双丘を押し上げながら、不思議そうに首を傾げる。


「そういう問題じゃないだろ。それにこの学園には、俺より強い奴なんていくらでもいるさ。『魔術科』に行けば、もっと強い奴とも戦える」

「『魔術科』かぁ~。私、家が剣術の道場だからさ、魔術戦よりも武器戦がやりたいわけ。ま、あんたには素手で負けちゃったんだけどさ」

「お前の家も道場なのか?」

「お前の家も? ということは、あんたの家も道場なの?」

「いや、俺の家は道場だが、門下生は一人もいない。あえて言うなら、俺がその道場唯一の門下生だ。そこで毎日、姉さんや義父さんに稽古をつけてもらっている」


 流斗の話を興味深そうに舞夜は聞く。若干その目を輝かせている。


「じゃあお姉さんも強いんだ。是非とも戦わせてもらいたいなァ」


 その言葉に対し、流斗はずいっと舞夜に顔を近づけて囁く。


「姉さんとヤるには十年早い。まず、この俺を倒してから軽口を叩くんだな」


 わざわざこの戦闘狂を、遥に近づけさせるメリットなどない。


(姉さんの手を煩わせるわけにはいかない。これ以上、迷惑はかけられないからな)


「あんたの強さの秘密、そのお姉さんにあるみたいだね。私は『斬島流武器術』の三代目当主。斬島家の長女。扱える武器の種類は、両手ではとてもじゃないけど数えきれない。齢十四にして元当主であった父を超えた、あらゆる武器の達人さ」


 圧倒的な武器術の才能を持ち、自分より少しでも強い敵を斬ることに快楽を覚える、凶暴にして危険な少女。


「折悪しく、私は生活破綻者でね。強い奴と戦うことでしか『生きている』ことを実感できないんだ。神崎流斗、悪いけどあんたを斬るまで、私の興味があんたから離れることはない。手を抜くことも許さないよ。納得がいくまで付き纏わせてもらうぜ」

「これはまた、厄介な女に好かれてしまった。まぁいい、同じ『武術科』に所属している以上、どうせ毎日顔を合わせることになる。満足するまで戦ってやるよ」

「やったー! 強い男ゲットだぜ! つーか、午後の選択授業の前に、そもそも私たちは同じクラスだぞ」

「え……お前も俺と同じ、一年四組なのか?」

「ったく、クラスメイトの顔くらい覚えとけよなー」


 とはいえ、同じクラスになってからまだ二日目だ。

 今まで接点もなかった存在など、気付かなくても仕方ないだろう。


「そういや、昼は金髪のドリル女と一緒に食べてたな。あいつ、あんたの彼女じゃないのか?」

「ドリル女……椿姫のことか?」


 同じニックネームをつける辺り、案外気が合うのかもしれない。


「あいつは宝条院椿姫。理事長の一人娘にして、俺の中学からの大切な友人だ」

「へぇー、あの女がこの学園の理事長の娘。理事長の写真は入学案内書で見たけど、あの人、歳の割に綺麗だよな。なるほど、言われてみれば面影あるなぁ」

「なんだ、その口ぶりは? 昨日の入学式に出ていないのか?」

「うん。面倒だったから」


 本気マジか、とため息を吐く。


「椿姫は去年の御園中学で『魔術科』の首席だぞ。頼むから喧嘩を吹っ掛けるなよ」

「それはあの女の出方次第じゃないかな? にしても『魔術科』の首席様と『武術家』の首席ねぇ……お似合いの優等生カップルじゃない。思わずぶっ壊したくなっちゃう」


 舞夜は目をそらしながら適当な調子で呟く。

 下手くそな口笛でも吹きだしそうな雰囲気だ。


「私は魔術戦に興味ないし。当分のターゲットは流斗! あんただから安心してよ。三か月以内にあんたを斬る。それが当座の目標」

「それを聞いて、俺は何を安心すればいいんだか」


 もう一度深いため息を吐いて、舞夜のいるベッドから遠ざかる。


「大人しく養生しろよ。明日なら相手してやる」

「本当は今からここで、って言いたいけど、まだ少し頭がぐらぐらする。しゃーない。明日からよろしくぅ~」


 楽しそうに無邪気な笑顔を浮かべ、舞夜は別れを告げてくる。

 流斗はそれを面倒臭そうな顔をしながら見届け、保健室を後にした。

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