第49話 天枷紫苑

 天枷紫苑あまかせしおん。十六歳。

 身長161センチ。体重43キロ。

 異性との性交渉は、まだない。


 悪魔である父親と、人間である母親の間に産まれた、半人半魔。

 紫苑が自分より一つ年上なことと、体重が異常に軽いことに、流斗は驚いた。

 奴隷として囚われていた期間が長いせいで、随分と痩せたのだろう。


 もっとも驚くべき点は、この軽さで間木とまともに切り結んでいたことだ。

 さすがは悪魔の力を有している、半人半魔である。

 他にも細かい肉体情報が送られてきた後、次は紫苑の過去の記憶が流れ込んでくる。


 紫苑は人里離れた山の奥に、悪魔の父親と住んでいた。

 母親は紫苑を産んで五年ほどで亡くなっていた。

 地球上から、人類は完全に悪魔を葬り去ったわけではない。


 紫苑の父親のように知性があり、人間との戦闘を好まない珍しい悪魔もいた。

 紫苑の父親は人間に模した姿をしており、見た目だけでは人間と区別がつかないように変装もしていた。それは母親が死んだことにより、紫苑を育てることができるのが父親である自分しかいないからだ。


 紫苑は父親から悪魔化の方法、魔力の運用、人間との契約について教わっている。

 幸いなことに、半人半魔の中でも、紫苑は人間に見た目がかなり似通っていた。

 だから紫苑はむやみに悪魔の力を使うことはなく、人間として生きようと思っていた。


 しかしどこから情報が漏れたのか、紫苑が暮らす山に悪魔がいるという話が出回り、日本軍が悪魔狩りに現れる。父は孤軍奮闘し、なんとかして紫苑だけでも逃がそうとした。


 そのおかげで紫苑はただ一人、自分だけが生き残り、孤独の海へと投げ出される。

 紫苑の過去の記憶は、家族をすべて失って彷徨っていた自分とどこか似ている。と流斗は思った。


 そしてあちこち彷徨った紫苑は、生きるために悪魔の力を使い、それをたまたま通りがかった奴隷商人が見つけ、弱ったところを手錠で繋がれ、手足には馬鹿みたいに重い鉄球を嵌められた。天枷紫苑が奴隷として葉山裕司に囚われていた経緯。


 肉体と記憶の情報がすべて脳裏に駆け巡り終えたとき、二人の間に契約は成った。


「これで……私はあなたのものです。どうか、お好きに扱ってください。これよりあなたの望みは、如何なる難題だろうと、この天枷紫苑が叶えてみせます」


 紫苑の頭にも、『日向流斗』と『神崎流斗』の記憶が、直接流れ込んだのだろう。

 彼女はなんとも言えぬ表情を浮かべ、必死で笑みを作ろうとしていた。


「どうだ? これが俺の本当の姿だ。俺は昔、暗殺者だった。人殺しだった。俺の記憶を見たからには、お前を野放しにしておくつもりはないが……。もし、お前が少しでも俺に嫌悪感を覚えたのなら、契約を破棄してやってもいい」

「いいえ、これは私が望んだ契約。それにあなたが何者なのかは、おおよそ見当がついていましたから」


 そう言って、今度こそ紫苑は本物の笑みを浮かべる。


「あなたが愛する神崎遥。彼女はとても良い人ですね」

「ああ、俺も最高の姉……否、世界一美しい女性だと思っているよ」

「……あっ、はい。……ですが、私もそれと同じくらい、あなたが主で良かったと思っています」

「今ちょっと引いたよね?」


 紫苑が流斗の右手の甲から手を離すと、そこには細かい意匠が施された、上下逆向きの五芒星を円で囲った、悪魔の象徴である逆ペンタクル――赤黒く光る《契約印》が浮かび上がっていた。


「この《契約印》は、半人半魔である私とのシンクロ時に浮かび上がるものです。通常時は見えないようになっているので、問題はありません」


 そう語る紫苑の赤い瞳も、契約前より一層その輝きを増していた。


「ふふっ。心配せずとも、私の目も『悪魔化』を解けば、元に戻ります」


 紫苑が一度目を閉じ、こわばった体から力を抜く。

 背中から生えていた黒い翼が折りたたまれ、ガラスが砕けるように粒子となった。

 すると、開かれた両目は、透き通るようなエメラルドグリーンの輝きを放つ。


「本当に綺麗な瞳だな。俺の濁った目ん玉とは大違いだ」

「ありがとうございます。でも、あなたもたまに優しい目をしていますよ、流斗様」

「なんだ? その流斗『様』っていうのは?」

「これからあなたに仕えるわけですから、少しは敬意を払おうと思いまして」

「いらん、余計なお世話だ」

「いえいえ、これは私の気持ちの問題ですから。心構えとでも言いましょうか。あなたは私の主となるのです。その責任と自負をしっかりと持ってもらわなければ、困ります」


 ぺこりと丁寧なお辞儀をしたあと、紫苑はほっとしたような柔らかい笑みを浮かべた。

 彼女の笑っている姿を見ると、なぜか心が癒される。


(この笑顔を俺は守りたい。また守りたいものが増えてしまったな)


 チッ、と内心毒づきながらも、流斗は紫苑のことを改めて認める。

 彼女は自分に相応しい最高のパートナーであると。

 彼女と契約をして良かったと。この行いに後悔は一切ないと。


「紫苑、お前には俺の背中を守ってもらいたい。そして、もし俺が人の道を外れて悪に堕ちたときは――お前が、俺を殺すんだ」

「……かしこまりました。その日が来ないことを祈りながら、私はあなたを支えます」


「じゃあ家に帰って、姉さんにお前を一緒に住ませてもらえるよう、頼み込むとするか」

「はい。でもあの人は、流斗様のことをたいそう慕ってらっしゃるので、もしかしたら私に嫉妬して、怒ってしまわれるかもしれませんね」

「それは、困るな……」


 冗談めかして笑う紫苑を尻目に、流斗は本気で苦い顔付きにさせられた。

 ズボンのポケットから携帯端末を取り出し、遥に連絡をつける。


「もしもし、姉さん」

『……何かしらぁ?』


 遥の言葉から微かに怒気を感じる。

 向こうで何かあったのだろうか。


「こっちの任務は成功したよ。奴隷商人を抑えて、捕まっていた奴隷たちもみんな解放した。姉さんの予想通り、途中で商人狩りが現れたけど、それも現場に居合わせた半人半魔の、天枷紫苑って女の子と共闘することで解決したよ」

『半人半魔? もしかしてあなた、その子と《契約》していないでしょうね?』

「……っ、姉さんは、なんでもお見通しだな。契約を交わした。本契約だ」


『まぁいいわ。ちょうど、流斗にも専属のメイドをつけてあげようと思っていたから。今まで香織さんが面倒を見てくれていたけど、彼女は一応私の専属メイドだからね』

「家に連れて帰ってもいい?」

『許可するわ。父さんの説得は私に任せて』


「ところで、そっちの任務はどうだった?」

『上々の出来よ。一人、厄介なのを取り逃がしたけどね。見つけ次第殺すわ』


 そう言うと、遥は通信を切った。

 取り逃がした一人というのが、姉の機嫌を損ねた元凶のようだ。

 遥を相手に逃げおおせるとは、余程の実力者なのだろう。


「どうやら。俺たちは長い付き合いになりそうだ」


 流斗は紫苑のほうを振り返って、薄く笑った。






 ◇ ◇ ◇

 あとがき

 レビューありがとうございます!

 おかげさまでめっちゃPV伸びてる!

 感謝の更新をしたかったのですが、パソコンの不調やら、USBメモリを洗濯機に入れてしまったり、お仕事がお仕事してたり。まあ色々とあったのです。

 今月あと二回は更新します。必ず……

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