第17話 嵐のようなお嬢様
「先にぶつかってきたのは、あんたのほうだろ?」
「うっ……そ、それでも、あなたがわたくしに無礼な態度をとったことが許されるわけではありませんわ! 今、この場で裁きを受けてもらいます!」
少女の怒気を帯びた声とともに、彼女の周りに風が吹き荒れる。少女の両の手のひらから小さな竜巻が生まれ、手のひらに収まるほどの風の弾が、流斗に向かって襲い掛かってきた。
だが、流斗はそれを難なく躱す。風の弾は廊下の壁にぶつかると霧散した。
この攻撃はおそらく、空力操作の魔術だろう。
(姉さんのときは読みが外れたが、今度は間違いない。直接風を使って攻撃してきたことから、こいつの魔術が空力操作であることは確定)
風の弾が衝突した壁を見るが、そこには傷一つ付いていなかった。それは決して彼女の魔術が弱かったからではない。先程の攻撃は速さこそ足りなかったが、威力はそこそこあるように見えた。つまり、ここの校舎自体が頑丈な造りになっているということだ。
「避けるんじゃありませんの!」
少女が両の手のひらを重ねた。
そこからより圧縮された風が細く束ねられ、鋭い一撃が高速で迫る。
「《エアツイスト》」
さっきとはスピードも威力も桁違いだ。
再び避けようとしたが、自分の背後に騒ぎを聞きつけてきた生徒がいるのを目の端に捉え、その場で凌ぐ決意を固める。
螺旋を描きながら迫りくる風撃に対し、腰を落として正面に構えを取ると、浅く息を吐いて左腕を軽く前に突き出し、右拳を腰の下で引く。
体の隅々まで血液を送り、細胞を活性化させる。
魔力を右拳に集め、右腕部を『硬化』した。
圧縮された細長い竜巻が、矢のように眼前へ迫る。
「《硬化正貫突き》」
唸る剛腕。前に構えた左腕を引手にして一気に腰まで引き寄せ、その勢いで同時に腰の位置まで引いておいた右腕を突き出した。貫通力の高い、独自に編み出した正拳突き。
自らの拳を柔らかく握ることで突きのスピードを上げ、相手に直撃する寸前にその拳を硬く握りしめて捻じ込むことで威力を上げる。
回転を加えた神速の右拳が風の矢を貫き、木端微塵に打ち砕いた。
「え……?」
少女は自分の魔術を素手で打ち破られたことに茫然としている。
「大丈夫か?」
その間に、流斗は自分の背後で怯えた顔をしている女子生徒に尋ねた。
「あ、あの、ありがとうございます」
それだけ言うと、その生徒は顔を赤くして足早に去って行く。
「おい、お前。俺のことを攻撃するのは構わないが、他人を巻き込むなよ。謝れ」
荒ぶっていた少女が、目の前で取り乱して困惑している。
頭に血が上り、ついつい周りをよく見ず魔術を使ってしまった後悔からか、少女の頭はパニックになっているようだ。
「あの、え、えっと、ご、ごめんなさい?」
「うん。素直に謝れることはいいことだな。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
流斗は爽やかに微笑みながら、軽くウインクをしてその場を立ち去ろうとする。
ハッと何かに気付いた少女が、慌てて口を挟んできた。
「――って、ちょっと待ちなさいな! そういうあなたは結局、わたくしに謝ってないじゃありませんの! 今すぐ謝罪を要求しますわ!」
「……チッ、またばれたか」
「舌打ちするんじゃありませんのっ!」
優美さを醸し出していた少女が、今では鼻息荒く食ってかかってきている。
こいつ、実は馬鹿なんじゃないのか? という思いが流斗の頭を占めた。
「というかお前、なんか急いでいたみたいだけどいいのか?」
「……あっ! そうでしたわ。このままじゃ遅刻してしまいますの」
少女はスカートのポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「この時代に、懐中時計……ブランド品か?」
そのとき、廊下に始業のチャイムが響き渡った。
廊下には流斗とこの少女を除いて、他に誰もいなくなっていた。
「あぁぁぁ! 完全に遅刻確定ですわぁ。このわたくしが遅刻だなんて……」
さっきまで怒り心頭だった少女が、今は奇声を上げて落ち込んでいる。
「まぁまぁ、遅刻の一回や二回、そんなに気にすることないだろ?」
流斗は良い笑顔で少女の肩に手を置き、ポンポンと慰めた。
「――って、あなたのせいですわ!」
少女は肩に置かれた流斗の手を振り払い、ぷりぷりと怒りながら懐中時計をしまった。
そのまま背を向けて歩き出す。
やっと解放されたか、と思ったところでこちらを振り向いた。
「この借りは必ず返させてもらいます。覚えてなさいっ!」
「なんて見事な捨て台詞なんだ。もはや感銘すら覚えるぞ」
ご丁寧にこちらを指さし、腰に手を当てポーズまでとっている。
「悪いけど、たぶん忘れるわ。つーか、そもそもあんた誰?」
その言葉で、せっかく平静を取り戻しかけていた少女の頬が再び紅潮した。
「なぜわたくしの名前を知りませんの!? わたくしは
そう言い残して、椿姫は廊下を走り去っていく。
「なんか、いろんな意味でヤバイ女に会ってしまった。『ですわ』っていう語尾の奴初めて見たわ。本当にいるんだな~。世間は広いぜ~~」
廊下に取り残された流斗が一人愚痴る。暗殺者をしていたときに金持ちのお嬢様を何人か見てきたが、椿姫のような口調の人間に出会ったのは初めてだ。
「あいつ、宝条院って言ったか? どこかで聞いた名字だな。というか、あの口調……どこぞのお嬢様か?」
嵐のような少女との邂逅を経て、一気に疲れを感じた流斗は、とぼとぼと目的の教室を目指して歩き出した。
目的の教室までたどり着くと、扉を横に引いて中に入る。教室の端にある椅子には二十代半ばくらいの、外向きに勢いよく跳ねた短髪で、活気のありそうな女が座っていた。
「来たわね。私は
自分の担任になるという茜が自己紹介をしてきた。
なぜか最後の二十七歳というところをやけに強調してきた気がする。もうすぐ三十路になることを気にしているのだろうか。下手に突っ込まないようにしよう。
「俺は神崎流斗です。よろしくお願いします」
『日向』ではなく『神崎』。そう名乗った。それが自分の新しい名前。
流斗は昨日、すでに新たな人生の第一歩を踏み出しているのだ。
「よろしくね、流斗君。目付きは悪いしどこか影があるけど、うん。見た目はなかなか良いじゃない」
瞳が獲物を前にした肉食獣のそれになっているのは、気のせいだろうか。
茜は流斗の手を取って握手をしたあと、手を握ったまま部屋から出て、二年四組のある教室へと手を引いて向かう。その言動に流斗は身の危険を感じていた。
(まさかとは思うが、俺を異性として見ているんじゃないよな? 十歳以上歳の離れた子供を狙うなんて、切羽詰まりすぎだろ……。先生、どれだけモテないんだよ)
「ところで流斗君。さっき近くの廊下で、魔術を使用した乱闘騒ぎがあったみたいなんだけど、何か知ってる?」
突如振られた話題が、思いっきり自分に関係のあることで少し焦った。
その焦りが、握った手のひらを通して茜に伝わることを恐れる。
「いえ、知りません」
「ならいいんだけど。あんまり魔術を使って好き勝手に暴れられても困るのよね~」
茜の顔は笑っているように見えて、どこかぎこちなく見える。まるで他の感情を必死に押し隠しているような。
「ははっ、確かにそれは困りますね」
流斗もその場は苦笑いで流しておいた。
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