古きよきもの

窓乃ゆき

古きよきもの

 もうすぐ正午になろうかという頃、路上にはたくさんの露店がひしめいていた。


「どうだい? このグラスとか、綺麗だろ」

「うん、きれい! あっちは何をうってるの?」

「アクセサリーだな。お前にはまだ早いよ。お前はすぐ物を失くすから」

「なくさないっ」

「はは。いいか、よく聞きなさい。例えば……」


 小さな子供の手を引く男性は、アジアン雑貨の露店の店先に並ぶ腕時計を指し示した。


「ああいう“本物”には価値があるんだ。大切に扱わなくてはね。お前が失くしてしまったら父さんはすごく悲しい」

「とけい?」

「時計とは限らないよ。全部まとめて“骨董品”っていうんだ。父さんの生きがいさ」






 時は流れ、しかしそれでも今目の前に広がる景色はあの日と何ら変わりはないと、理(まこと)は思う。違うのは自分の境遇の方で、骨董の何たるかを教えてくれた父は一年前にこの世を去り、そして成長した自分は市に出店する側の人間になった。


「どうですかこれ。掘り出し物なんです~」


 さらにうちの店には強力な看板娘、暦(こよみ)がいる。これがとびきりの美人で、理たちが扱うアンティークもパッと目を引くような、美しく精巧な小物が多い。いつも売れ行きがいいので、品物を仕入れる暦は「私のセンスがいいからね!」とふんぞり返っている。


「あ、そうですか。どうぞまたの機会に!」


 見事な営業スマイルで客を見送った暦は、店の奥でどっしりと構える理の方を振り返る。


「なんか最近のお客さん、私たちによそよそしくない?」

「気のせいだろ」

「このままだとまた売れ残っちゃうよう」


 この仕事はわりと順調な滑り出しだったのだが、最近はいわゆるスランプのようなものがやって来ている模様。品物の傾向が毎回似ているので飽きられてしまったのだろうか。常連客の姿も見かけない。


「おいおい、大丈夫かね」


 初出店の際に偶然隣に店を構えており、いろいろとお世話になってその後も付き合いが続く骨董商の爺さんが、理たちに声をかけた。


「この業界の厳しさを改めて感じました~」


 暦は基本猫をかぶり、自称癒し系で他人に接しているので、なんとなくのんびりとした危機感のない口調をする。見た目もお酒が飲めない年だと思われるほど童顔で、それに比べれば理は二十代の年相応の容姿であると自ら考えている。


「聞いたか? あんたらの店、悪い噂がたっとるぞ」

「え、どんな噂ですか」


 理が思わず口をはさむと、不安そうな顔をした爺さんがささやき声で答えた。


「……まがい物を売りよると」






「よりによってうちがねえ」


 所狭しと骨董が置かれた店内を、暦は慣れた手つきで掃除している。ここでいう店というのは市の露店ではなく、理と暦が都心の裏通りで経営している骨董屋の方を指す。二人が住んでいる持ち家を改造したのだ。都会に場違いな日本家屋である。


「市の商品は別に、有名な人の作品とか言って売ってるわけじゃないし? そこまで怪しい仕入先もないし」


 そう考えこむ暦の茶髪は二つに結われていて、編みこみも施されている。


「となると、こっちの店か」


 理は店内を見渡す。大小さまざまな品がここにはある。普段暦が決して買うことのない陶器や掛け軸、絵画。理の父が生前多額の金をつぎこんでかき集めた大作たちだ。理は骨董を好んではいるが、金を使いこみすぎて母に愛想を尽かされてしまった父ほどではない。父の収集品は置くだけでも場所をとるので、売ってしまおうという算段である。


「うーん、おかしいなあ」


 不思議そうな顔をして暦が商品の埃を払う。


「一応店の品は、全部信頼がおけるところに鑑定に出して」

「全部が全部本物だっていう保証をもらったのに、ってか」


 理は暦の言葉を引き継ぐと、小さくため息をついた。彼の父は骨董を愛してはいたが専門家ではなかった。それにも関わらず、贋作が数多くある中から本物だけを確実に買い取っていたということが、当人の死後に証明されたのである。それは父の才能だったとしか言いようがない。

 一方、暦は猛勉強の末に骨董品の真贋を見分ける力を身につけた。このスキルを持っていれば何かしらのお金儲けの役に立つと踏んだのだ。彼女の目から見ても店の商品は全て真作だという。


「もう時間ね。開店しましょ」


 暦が軒先に吊るしたカボチャ型の西洋ランプに明かりをつけると、薄黄色い光が夜闇の中で輝いた。彼女のお気に入りのアンティークだ。理の父は骨董の生産国を選り好みしなかったので、和洋折衷な店構えとなっている。西洋ランプも遠くから見れば、日本家屋と相まって提灯のようだ。


「まあ、こっちの店は閑古鳥が鳴きっぱなしだから気にならないけどさ、市に支障が出たら困るわー」


 そうぼやく暦はいつもの通り露出の多い服装をしているが、店の制服として古めかしいデザインのエプロンを身にまとっており、幾分落ち着いた印象を受ける。

 時刻は午後九時。こちらの店は単なる在庫処理なので、客が来なくても二人とも気にしない。比較的治安がいい場所とはいえ、この時間に客入りのよさを期待する方が馬鹿げていた。






「いらっしゃいませ」


 午後十時半にやって来た一人の女性が、今夜初めての客だった。十時前に偽物をつかまされたと怒鳴りこみに来た一人の老人を除けば。


「こんばんは」


 黒髪を肩ぐらいに切りそろえた、色白の綺麗な女性だった。年は理らと同じくらいの、二十代前半というところだろう。


「面白い名前の店ですね」

「よく言われます~」


 何を隠そう、理と暦の店の看板には堂々と店名が書かれている。“本物屋”と。


「家具とかってありますかね?」

「えーっと生活用品は少ないですね。あの椅子と、壁掛け時計」

「置物ならそれなりにありますが」

「そういえば向こうにテーブルも……」


 暦がそう呟いたとき、理と女性の視線が不意にかち合った。


「申し遅れていました、ハシバと申します」


 ゆったりとしたジャズ音楽が店内には流れているが、ぎこちない空気が場を支配した。それは客が突然名乗ったことに対する違和感か、それとも……


「あまり聞かない名字ですね~。羽柴さん? もしやもしや、秀吉の子孫とかですか?」

「だったらよかったわね」


 女性は薄く微笑んだ。真っ赤なグロスがひかれた唇から妖艶さが漂う。


「やっぱり絵もいいかも。部屋に飾るとオシャレじゃない?」

「その絵を気に留めるとは、お目が高いですな!」


 暦が明るくふるまって調子を合わせる。しかし、女性は冷たくこう言い放った。


「でも、どれもこれも偽造品ね」

「なっ……」


 驚いて声を上げたのは理だった。あまりにもさらっと言われ、動揺を隠せないという様子だ。


「どこがですか?」


 挑戦的な目つきをしてそう聞き返したのが暦だった。女性は目の前に立てかけられた一枚の絵の下の方を指さして言う。


「この画家の署名の仕方とか、本物によく似ているけれど微妙にクセが違う」

「……どういうクセが?」

「なんていうか、こう…… 全体のバランスかしら」


 暦は少しムッとした顔をした。骨董を見る目に長けた彼女は何を思ったのだろう。その後も女性はいくつかの商品についてああだこうだ言っていたが、理にはどうも難癖をつけられているだけのように思われて仕方がなかった。


「あとこの壺。作者は不明だしほら、ここにいくつも傷がついてるじゃない。この値段はありえないわ」

「あなた、何様なんですか!」


 暦が苛立った声を上げる。それにも女性はどこ吹く風といった様子だ。飄々と切り返す。


「私は鑑定士よ。普段は主婦をやっているのだけれど。こういうたちの悪い店見つけちゃうと、黙っていられないのよね」

「こちらはきちんと営業しております。ここの品物は全て鑑定済みです。書類もあります!」

「ほーらほら。最近の店員は書類さえあれば信用してもらえると思ってる。そんなものいくらでも捏造できるわ」


 暦に「何か言ってやってよ」とでも言いたげな視線を送られた理は、大げさに肩をすくめてみせた。


「単刀直入に言うわね。まずこの壺にこの値段はおかしいから、半額にして私に売りなさい」

「それが目的か」


 理は低い声でうなるように言った。女性の片眉が面白いほど吊り上がる。彼女は他にも破格の値段で品を売るようにと、偉そうに二人に命令した。お金にうるさい暦が大声で言い返す。


「そんな価格で売るもんですか!!」

「私がここで偽物の流通を止めておかないとね」

「嘘が下手だな。価値のない偽物に金は一銭たりとも出さない、俺だったら」


 そう言って理は女性をにらみつけた。彼女はほんの少し目を細めて彼にささやく。


「……売ってくれないの?」


 理は、暦に口をはさむ隙を与えさせずに答えた。


「ああ売るとも。あんたの望み通り。ただし一つの商品だけ、今回限りだ。転売すれば多少は儲かるだろう」


 一呼吸置いた後に続ける。


「だがそれであんたは幸せになれるのか?」






「諸刃の剣だなあ…… だからこそ強く惹かれるのかもしれない」

「父さん?」

「すまんな。母さんにもお前たちにも迷惑をかけてしまって」


 中年の女性が玄関にたくさんの荷物を積んで、こちらに手招きをしている。


「“本物”には価値がある。しかし、それを手にした者の未来は必ずしも好転しない。それだけ覚えて……」


 子供は背中で父の最後の言葉を聞く。


「父さんみたいに、盲目になっている誰かに教えてやってくれ」






「一概には言えないわね。でも私はちゃんとやりとげた」

「市にデマを流したり、うちの客をうまく言いくるめたりか?」

「何のことかしら。私はただからかいたかっただけ。あまりにも堂々とした店名だったから。理くん。かわいい彼女さんとお幸せに」


 女性は“本物屋”とプリントされた包装紙でくるまれた壺を大切そうに抱え、立ち去った。






「へえ、橋端(・・)さんっていうの。確かにアクセントが違ったら骨董のために歴史をたくさん勉強した私には羽柴に聞こえちゃうかも」

「もう奥原姓に戻ってると思うけどな」

「奥原ひいかさん。ふふっ」


 暦はアンティークの椅子にどっかりと腰を落として、にやにやと笑いながら理の方を見やる。


「お兄(・)ちゃんの初恋の人だ」

「何年前の話だよ…… あんまり面影もなかったし」

「小学生だとやっぱそんなもんかー。でもその割に彼女が玉の輿で結婚して専業主婦になって、離婚したことまで知ってたんだよね?」

「結局、初恋は大失恋に終わったわけだけど、あいつと中高一緒だったっていう大学のときの噂好きの友達が未だに情報を仕入れてくる」


 理は店の入り口の戸締りを確認しながら言った。


「そんなことってあるんだね。縁が深いのかなあ」

「話の種になるほど、あいつが波乱万丈な人生を送ってるだけだろ」

「へえ。でもまああの人、骨董の鑑定士を名乗るには呆れちゃうほどの知識量だったけど」


 暦は愛おしそうに、女性が画家のサインにいちゃもんをつけた絵画の額を撫でる。


「本人はプロの鑑定士でも鑑定を間違えるこの業界の弱みをついたつもりなんでしょ。でも、使われている絵の具やキャンパスの年代とか、様々な観点から総合的に判断すると、これが本物だと私は言える。そしてなにしろ」


 暦はフッと息をついて言葉を続けた。


「お父さんが買ったものなんだから」






「おはようございます~」

「おや、新入りかな」


 頭にタオルを巻いた男性が暦を見て相好を崩した。彼は魚を売っている姿の方が似合いそうな感じだが、屋台の天井から様々な国の民族衣装を吊るしている。


「そういうことでお願いします」


 理が小さく頭を下げて言うと、男性はきょとんとした顔をした。






「こげなところにいたんか」


 骨董商の爺さんが二人の露店に顔を出したのは、市が始まってしばらく経った頃だった。


「あれ、お爺さん。ご自分の店は?」

「ちぃとぐらい構わん。いやーいっつも隣におるお二人の姿が見えんで、心配したわ」

「心配ないですよ。僕ら、ここからちょっと離れた市にも行っていますし、不在のときもよくあるじゃないですか」

「そうかもしれんけれど…… 今回の市は大規模じゃから」

「お爺さん!」


 おしとやか(を装っている)な暦に語気を強められ、爺さんがひるんだ。


「市で私たちの悪い噂流したのって、もしかしてお爺さんじゃ?」

「な、なにを……」

「僕たちが爺さんとは違ってちゃんと品物を売り切っているのは、仕入れも売りこみもしっかり頑張っているからです。邪魔するようなこと、今後はやめてください」

「別にわしは、嘘は言っておらん! あんたらの店から偽物を買わされたと従兄が騒いでおったもので」

「それ、半分認めたってことかな」


 暦が振り返って、「やれやれ」という顔を理に向ける。一方、理は突如店の前の通りに目を奪われていた。昼に近づくにつれ客足が伸び活気づいていく中、ほんの一瞬、骨董に目を輝かせる父の姿が視界をかすめた気がした。

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