アンズ
放課後。J.K.C.Kの部室に向かっているときも、頬がまだちょっとうずいていた。女子のビンタの威力は、想像するよりおっかない。
僕は部室のドアをノックした。
「入ってます」
美里愛ちゃんの声が向こう側から聞こえる。
「もしかして、着替え中とかじゃない?」
「着替えならもう終わってるけど」
それはそれでなんかドキドキする。
「それともアレ?着替え中でも見たかった?」
「別にそんな意図はない」
僕は静かに美里愛ちゃんの推測を突っぱねた。
「とにかく入るよ」
僕が扉を開けて、中に入ったときだった。
果物のアンズのような着ぐるみをまとった美里愛ちゃんと、バナナのような着ぐるみをまとった香帆ちゃんが並び立っていた。着ぐるみといっても、二人はまさに胴体が巨大な果物に変わっているようで、そこから長い腕と足が突き出た感じだった。
二人の頭にはそれぞれ、アンズやバナナの上部のような被り物がチョコンと添えられている。
彼女たちの今回のコスプレも、結局セクシーな格好じゃないか。
「こんなのどう?」
「そのコスプレはどういう意味?」
僕は恐る恐る美里愛ちゃんに尋ねた。
「コンセプトはアンズそのもの」
「アンズ?山藤杏か?」
「そう、私の抗争相手である山藤杏を戒める戦闘服としてのアンズのコスプレよ。ちなみに香帆はバナナ」
「それはわかってるよ」
よく見たら、香帆がバナナを身にまとった姿は、アンズとは違う意味で、なんか刺激的なビジュアルに仕上がっている。三日月形の先端が、お尻に向かって反っているのが、なんかイヤらしい。
「聞いたわよ。杏にひどい目に合わされたってね」
「あいつのビンタ、マジで痛かったんだけど」
「ちょっと見せて」
美里愛ちゃんが何のためらいもなく僕の方へ歩み寄る。僕はそれに合わせて後ずさりする。
「何、私まで叩くわけじゃないからいいでしょ」
「もう、大分痛み引いたから大丈夫だよ」
「そんなつべこべ言わずに、見せればいいでしょ」
しつこく食い下がる美里愛ちゃんに、僕は観念して頬を見せることにした。
「どれどれ」
美里愛ちゃんが調べ始めた途端、彼女はいきなり僕の頬をぶった。不意打ちに堪えきれず、僕は床にくずおれた。
「何で美里愛ちゃんまで叩くんだよ!」
「ごめん、たった今ハエが留まった」
美里愛ちゃんが見せた手のひらには、確かに黒いクズ的な何かがついていた。どうやら本当にハエみたいだ。
「だからって叩くことないじゃんか!ハエだったら勝手にどっか行ってくれるし!」
「でも、今のここは密室ですから、ハエは外に出られないですよね」
香帆ちゃんが急にネガティブな表情で語り始めた。
「そしたら、ずっとここを飛び回るわけで、私たちは研究会の活動中、ずっと1匹のハエと共生しなければならず」
「あああああ、そんなこともいいから!」
僕はやけっぱちになって香帆ちゃんの持論を遮った。
「そんなムキにならなくてもいいですのに、私はただ、事実を説明していただけですよ?」
香帆ちゃんが物悲しそうに嘆いた。そんな健気な彼女を見ると、なんだか申し訳なくなった。
「ごめん……ちょっと強く言い過ぎたね」
僕は立ち上がって、彼女に平謝りした。
「謝るときは、ちゃんと香帆に近寄ってからにしなさいよ」
美里愛ちゃんが不満げに僕を咎める。
「え~?」
「え~じゃないの。ちゃんと彼女から1メートル以内に近づいて」
「2メートルぐらいで勘弁してよ」
「ダメよ。1メートル。それが礼儀」
毅然とした美里愛ちゃんの圧に押され、僕は抜き足差し足で香帆ちゃんに近づいた。美里愛ちゃんの求める距離に左足を踏み出したとき、右足のあと一歩が動かなくなった。何ていうか、崖のふちに近づいたときのような圧を感じる。「それ以上近づいちゃダメ」と、本能が叫んでいる気がした。
仕方ないので、僕はこのまま謝ることにした。
「気を悪くしちゃって、ごめん」
僕はゆっくりと彼女に頭を下げ、ゆっくりと上げた。
「大丈夫です、気にしないで」
「そうか、よかった」
「よかったならドーン!」
「ひゃああああああっ!」
美里愛ちゃんに背後から胴体をロックされ、僕は必死で抵抗した。しかし、想定外とも言える彼女の腕力が、解放の「か」の字も許さなかった。とにかく彼女の体を揺すぶりこそすれど、腕がガッチリ極まったまま、離れないのだ。
「ほら、香帆。部室の部屋をロックして。これは研究会長命令よ!」
「はい!」
今までのネガティブな様子を全否定するように香帆が迅速に扉へ向かう。ノブの鍵をガチャッと回してしまった。その光景に絶望を感じながら、僕は美里愛ちゃんにより、入口から見て左側のハンガーラックの方まで引きずられていった。
「おい、これは一体何のつもりだよ!?」
「今からアンタも、き・が・え・る・のおおおおおっ!」
美里愛ちゃんはそう告げると、僕を壁際のハンガーラックへ引きずっていった。
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