このインキュバス!

 校門から校舎へ続く道を歩いていたら、また不意に強めの風が吹いた。

「ひゃあああああっ!」

 斜め前の女子のスカートが風の餌食になった。彼女は慌てて抑えたが、わずか0.5秒ぐらいの差で、僕の目はピンクの下着を認識してしまった。

 僕の頭のなかで、スカートがめくれ上がった瞬間が何度もリフレインする。気がついたら、また鼻の中から、生暖かい滝が。


 マズいと思い、僕は脇道に寄ると、茂みの近くに座り込み、ポケットからティッシュを取り出した。

 白いロケット、再び装填である。


 今日もまた、こんな様をさらすのか。

 教室まで歩いていると、周囲の一部の生徒たちが僕をさして、「何あの格好」「アイツ、この前も鼻血出してなかった?」とか言って笑っている。

 正直この頃になると、自分でもちょっとそういうのに慣れ始めているのが嫌だ。

 そんな感じで1年の教室がある4階の踊り場にたどり着いたときだった。


「すみません」

 突如、気が強そうな見知らぬ女子が僕に話しかけてきたので、驚いて尻餅をついてしまった。ついつい、スカートの下に視線が向いた。

 マズい、また見ちゃいけないものを……!

 そう思って床の上で体を丸めかけたが、よく見ると、そのスカートは美里愛ちゃんらより数センチ長めな気がして、改めて目視でチェックした。


「ああ、これなら大丈夫か?」

 僕はついつい呟いてしまった。

「何が大丈夫だって?」

 さっきの「すみません」とは比べ物にならない低いトーンで、僕の耳に言葉が突き刺さる。


「え、だって、君のスカートちょっと長いから」

「捕まえた!」

「何で!」


 いきなり女子は、うずくまったままの僕を取り押さえ、腕をがんじがらめに固めてしまった。急に女子から本格的すぎるスキンシップを受けたことで、僕は体が不安のあまりにブルブル震えてしまう。

「イタタタタタッ!急に何!?僕が何をしたっていうの!?」

「私のスカートの中を覗こうとしたでしょ、変態、ケダモノ、ゴキブリ、下等生物、汚物、七つのタイザイニン!」

「七つのタイザイニンって何!?」


「『七つの大罪』と「人(ニン)」を組み合わせた言葉よ!」

「それは分かってます!だからなんで僕が急に七つの罪を犯したことになってんの!?」


「女の子のスカートの中をのぞくことは、七つ分の罪を犯したのと一緒よ!」

「何それ、確かに女子のスカートの中見ちゃったことあるけど」

「何ですってえええええ!?」

「最後まで聞いてよ、スカートの中見ちゃったのは事故。君のも事故なんだよ」

「うるさい、インキュバス!」

「だからピンクバスって何!?」


「ピンクバス!?ピンク!?もしかしてまだエロいこと考えてんのか!私は『イ・ン・キュ・バ・ス!』と言ってんだよ!」

「だからインキュバスって何!?せめてわかる言葉でディスってよ~!」


「ちょっと!?」

 そこへやってきたのは美里愛ちゃんと香帆ちゃんだった。

「何でこんなときにアンタたちが来るの!?」

「当たり前じゃない。私たち高校生なんだから」


 美里愛ちゃんが好戦的な表情で女子に言い返した。もしかして、今僕を捕まえている彼女と何かあったのか。一方の香帆ちゃんは、美里愛ちゃんの背中に隠れながら、ちょっと怯えていた。どうやらマジの争いごとは嫌いみたいだ。


「ああ、ちょうどよかった。この人、何度も鼻にティッシュを詰めているのを見たから、もしかしてアンタがなんかしてるんじゃないかと思って」

「私が?」

「そう、もしかして、エロいコスプレを彼に見せつけまくって、彼に鼻血を出させまくってるのかと思って」


「まさか、バレたか」

 美里愛ちゃんの表情が険しくなった。香帆ちゃんが彼女の背中で目を背けている。

「とぼけんじゃないわよ。アンタ、露出度高めの妖精みたいな衣装で、コイツ連れ回してたじゃない」

「ああそのこと。ていうか連れ回したなんて人聞きが悪いからやめてくれる?あれでもJ.K.C.Kの勧誘活動だから」


「もうそのアルファベットの並び方がやましいオーラプンプンだんですけど」

「そこらの秘密結社とは違うのよ。『自由・気ままに・コスプレをする・研究会』の略だから」

「アンタって中学の頃からそうよね。学校がある日、ほぼ毎日、空き部屋を借りては、ハ、ハ、ハレ……」


 謎の女子が、何やら言葉に詰まり出した。美里愛ちゃんへの敵意や僕の腕を締めつける力に衰えはないが、何やら恥ずかしげな様子だ。

「ハレンチ?」

 美里愛ちゃんがニヤリとしながら言った。


「イヤアアアアア、恥ずかしい!」

 謎の女子は僕を放すどころか、背中を向けて顔を覆った。羞恥心に打ちひしがれているようだ。もしかしてまさかの僕と似た精神構造?

 自由になった僕はさっさと立ち上がり、美里愛ちゃんの方へ駆け寄った。

「大丈夫?」

 美里愛ちゃんの目が心配していないみたいだが、一応心配してくれているのはちょっとだけ嬉しかった。

「一応、折れてはないみたい」


 僕は右腕を回しながら、健在をアピールした。美里愛ちゃんは謎の女子に歩み寄る。

「私ももちろんだけど、白滝清太にこれ以上変なことしたら、私が黙ってないからね。山藤杏(やまふじあんず)」

 どうやらそれが謎の女子の名前らしい。


「早く来なよ。もう彼女はアンタたちを襲ったりしないから」

 僕と香帆ちゃんは、杏ちゃんを避けるため壁際を歩きながらその場を抜けた。

「あと一つ、インキュバスって寝ている女子のことを襲う男の悪魔のことだから。起きている人は襲わない」

「あれやこれやすることにかわらないから、ソイツはインキュバスよ!」


 杏にハッキリと指差された僕は怖くなって、逃げるように教室へ駆けた。

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