第26話 最後の調査

 ファミレスから出た後、式は隼人に電話を掛けた。


「すみません隼人さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」

『どうした』

「事件の現場って、遺体や証拠品の押収以外はそのままにしてありますか?」

『ああ、そのままになっている』

「それなら今から現場にいって調査をしたいんですけど、いいですか?」

『わかった。手配しておく。現場には畠山を向かわせるから先に向かってくれ』

「それともう一つ」


 式はとある人物の名前を出す。


「半年ほど前に自殺してしまった吉田美穂子さんについて調べてほしいんです」

『吉田美穂子? わかった調べてみよう』

「ありがとうございます」


 通話を終える。


「これから現場に行くの?」

「うん、最後の調査をしたくて」

「なら、急ぎましょう」




 式たちが現場についた頃には、既に畠山も到着していた。


「あ、皆さん待ってましたよー!」

「すみません、お待たせして。早速中を調査したいんですが」

「はい、こちらです」


 部屋のドアを開ける。

 玄関は特に異常がないものの、現場となった部屋は血の跡が生々しく残っていた。


「うっ……」


 あまりにも凄惨な光景に、春崎は口に手を当てる。

 式はまず台所に向かった。


「畠山さん、現場に包丁って何本あったんですか?」

「えっと、一本しかありませんでしたよ。その一本が殺人に使われたものです」

「なるほど」


 次に式は生々しく残っている血の跡を眺める。

 床にシミのように広がっている血の跡は、まるで小さな水たまりがあったように錯覚させる。この跡を見ているだけでも、相当な量の血が流れたのがわかるほどだ。


「こんな場所で、河本くんは亡くなったんだね……」

「畠山さん、被害者は腹部に包丁が刺さった状態で見つかったんですよね」

「はい。第一発見者からはそう聞いています」

「奥田さんの証言では、被害者を刺した後に血が噴き出てくるのを見て恐ろしくなってアパートから飛び出たって言ってましたけど、その時の目撃者とかはいなかったんですか?」

「一応調べましたけど、そういった目撃証言はなかったそうです」


 薫は手に持った資料を見ながら言った。


「このアパートから奥田さんの家までの間で、捨てられた衣服などは発見されませんでした?」

「いえ、特には」

「……」


 式は深刻な表情を浮かべる。


「どう? 式くん」

「……難しいな。後もう一つってとこなんだけど」

「何が足りないんですか?」

「一つは今隼人さんに調べてもらっている吉田美穂子さんの情報です。後もう一つは、彼女がアパートから出た後の行動を確定させたい」


 式は薫に向き合った。


「畠山さん、今から奥田陽子さんの自宅に行くことはできませんか?」

「え? まあ事件の調査ということなら大丈夫ですけど……」

「よかった。では今から行きたいんですが」

「わかりました。ではついてきてください」


 式たちは薫の車に乗った。


「ねえ式くん。今度は陽子の家に行くの?」

「確認したいことがあってね。ただ、それが確認できたところで、決定打にはならないかもしれないけど……」


 奥田陽子の家に着くまでの間、式は隼人に電話をかけた。


「隼人さん、吉田美穂子さんの件はどうでした?」

『ああ、式くんか。彼女の家に行って調査をしたところ、彼女の母親が遺書を持っていた』

「遺書? どんな内容でしたか」

『長い文章だから省略するけど、とある男性にフラれてショックを受けたから自殺する、といったような内容がかかれていた』

「吉田美穂子さんって、どういう性格の人なのかお母さんから聞きましたか? たとえば、結構打たれ弱い性格だったとか」

『ああ、確かそんなことを言ってたな。勉強や部活のバレーではあまり挫折したことがなかったから、告白も上手くいくと思ってやったけど、まさかフラれるとは思わなくてかなりショックを受けていたようだ』

「それなら、フラれたことが原因で自殺したってことですよね」

『恐らくな』

「わかりました。ありがとうございます」


 通話を切って式は考え込む。


「……」

「あ、着きましたよ」


 奥田陽子の家についた式たちは、家にいた彼女の母から話を伺った。


「お母さまに聞きたいんですが、昨日家に帰ってきた陽子さんの様子ってどうでした?」

「ただいまって声が聞こえたから、出迎えに行ったら顔を青ざめたあの子が玄関で佇んでいたわ。ただ事じゃないと思ったから、何かあったのかって聞いたんだけど、特に何もないよって言って急いで部屋に戻っていったわ」

「その時の彼女の服装とかはどうでした? 血とかついてませんでしたか」

「いえ、特に何もなかったわね」

「そうですか」


 その言葉を聞いた式は少し考える。


「刑事さん、やっぱりあの子が犯人なんですか? あの子はたとえ理由があったとしても、殺人を犯す子じゃないんです」

「とは言われましても、証拠が残っていたので……」


 必死に懇願する母親に対して、薫は戸惑った表情を浮かべる。


「畠山さん、署に戻りましょう。調査の結果を報告します」

「ということは式くん、わかったの?」

「だいたいはわかった。後は彼女との駆け引き次第かな」

「というと?」

「決定的な証拠がないんだ。だからそれは彼女自身の発言から取ることにする」


 式は張り詰めた表情を浮かべながらも、奥田陽子が待つ警察署に向かった。

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