第351話 2020/9/29 ネーミングとか
本日は6時起き。一安心。もうこのまま昼まで起きられない生活になってしまうのではないかと心配だったのだが、まだ何とかなりそうだ。気候がいいから朝寝は本当に気持ちが良いのだけれど、毎日目が覚めて時計を見た瞬間にウンザリするのは、精神衛生上大変によろしくない。ことごとくやる気をなくすしな。何の苦労もなくこれくらいの時間に起きる癖がついてくれれば良いのだが、さて。
小説を書き始める前の段階で、キャラクターのネーミングを考えるのは楽しい時間である。ネーミングの傾向は人それぞれで、日本が舞台の場合であればリアル指向の人は実在の苗字を、都道府県分布と照らし合わせて登場人物につけたりする。虫けらは逆に、ありそうでなさそうな苗字を作ってつける。誰に読まれてもトラブルが少なかろうという配慮ではあるが、同時に苗字を作る楽しさがある。
しかしこれが外国が舞台となると面倒臭い。男性名と女性名が直感的に理解できないし、ニックネームの傾向も国によってイロイロある。ましてやミドルネームなど、とてもじゃないが頭が回らない。なので虫けらは日本以外を舞台にするなら、基本的に遠い未来世界かファンタジー世界である。あまりにも決まり事に縛られたネーミングは楽しくないからな。
こういったネーミングの苦労というのは昔からあるもので、たとえばアニメ『ビッグ・オー』の2期には「ヨシフラ・ヤカモト」という日系企業と覚しき会社が出て来るのだが、この「いかにも外国人がつけそうな日本名を日本人が考えた」っぽいネーミング、まったくのデタラメではない。実はヤカモトという苗字はハリウッドでは昔から使われている「ありふれた日本人役名」なのだ。『マイノリティ・リポート』にも出てきたそうで(観たんだが覚えていない)、古くは第二次大戦後のイギリスのラジオコメディにまでさかのぼるという。あのモンティパイソンにも登場したらしい。日本人の1人としては理解しかねる感覚だが、英語圏の人間にはこのヤカモトという名前が日本人っぽく聞こえるのだろう。まあおそらく、日本人の付けた外国人キャラクターの名前にも同じようなものはあるのだろうが。
さて、フィクションの登場人物としてはおそらくトップクラスであろう知名度を誇る名前の1つに、「ジェームズ・ボンド」がある。言わずと知れた007である。これは原作者のイアン・フレミング氏がアメリカの鳥類学者ジェームズ・ボンド氏の名前を拝借して付けたものだ。何故この名前を選んだのかと言えば、名前のジェームズも姓のボンドも、イギリスではありふれていたから。どこにでもいる普通の何の特徴もない名前の主人公が超人的な活躍をする、007とはそういう物語だったのである。現実の日本では鈴木一郎氏がイチローとしてプロ野球界を席巻し、メジャーリーグでもトップ選手として活躍したが、同様の事をフィクションの世界でずっと前にやっていた訳だ。
ところがこのほどポーランド国家記銘院がFacebook上で公開した文書によって明らかになったところによれば、1964年2月にワルシャワのイギリス大使館に着任した人物の名前がジェームズ・ボンドだったという。当時共産圏であったポーランドで、彼は「重要性の低い任務を担ったスパイ」(AFP)だったのではないかと見られている。
映画007シリーズの第一作『ドクター・ノオ』(邦題『007は殺しの番号』)が公開されたのが1962年であるから、ジェームズ・ボンドの名前は共産圏でも知っている人は知っていただろう。それだけに動きにくかったのか、彼は1965年の1月にはポーランドを離れているそうだ。
スパイなら偽名を使うとかすれば良かったように思うのだが、当時のイギリス政府はなぜジェームズ・ボンドのまま赴任させたのだろう。いや、もしかして偽名がジェームズ・ボンドだったのだろうか。「イギリスではありふれた名前だから」という理由であえて付けたのだとすれば、何とも牧歌的な。
ポーランドの情報員の報告によれば、このジェームズ・ボンド氏はギミックだらけの高級車に乗る訳でもなければ派手に暴れるでもなく――まあスパイが派手に暴れる方がおかしいのだが――非情に用心深く、ポーランド市民とは一切接触しなかったらしい。もしかしたら名前で損をしただけで、本当にスパイではなかったのではないかという気もしないではないところ。
ナゴルノカラバフを巡るアルメニアとアゼルバイジャンの戦闘では死者が60人を超えたそうだ。アルメニア、アゼルバイジャン双方では戒厳令が発せられ、あたかも全面戦争前夜の様相を呈しているという。アルメニアはロシアの支援を受け、アゼルバイジャンはトルコの支援を受けている。双方ともに相手が先に手を出したと言い、戦闘では自分たちが勝利していると主張する、いわゆる大本営発表を続けている。
大変な事だとは思う。思うのだが、何を書けば良いのかがよくわからない。仮初めであってもどちらかの味方ができればまだ書きようもあるのだろうが、物理的にも親しみやすさの点でも、日本から見れば同じくらいの距離感である。この領土紛争について、日本人の目から見てどちらか一方を非難できる要素は思いつかない。とにかく殺し合いはやめた方が良い、みたいな表面的な一般論しか言えない。そんな事、当事者が一番わかっているのだ。日本人に言われる筋合いはあるまい。
戦争は嫌だ。本当に嫌だ。戦争のニュースを目にすると胃が縮む思いがする。飯を食っても味がしない。虫けらの飯の味など知った事ではないとは思うが、何とかならんものか。
教師と言えばロリコンと相場が決まっている、などと主張すると怒られるのだろうが、そう言いたくなるほど教師による子供相手の性犯罪はなくならない。そもそも現行の日本の法制度では、子供相手に性犯罪を起こして教員免許を剥奪されても、3年経てば免許を再取得する事ができるのだそうな。甘い。血糖値が急上昇しそうな甘さである。批判を受けて文部科学省では期間を3年から5年に延長しようとしているそうなのだが、それでも甘すぎるだろう。性犯罪は再犯率が極めて高いのだ、教員免許など再交付すべきではない。
実際、性犯罪を起こした教員への免許再交付に反対する署名がネット上で9月に行われたところ、5万筆の署名が集まったという。そらそうなるわな。こんなもの、当たり前の話である。文部科学省には状況判断力がなさすぎる。「身内意識」であえて甘めの判断を適用しているのではないかと勘ぐられてもやむを得まい。まあ教員に厳しい対処をすれば日教組あたりがゴネるのかも知れないが、これは子供の未来と人生と日本の将来がかかっている重大問題である。可能な限り厳正に対処してもらいたいところ。
本日はこんなところで。昨日は700文字ほど書けた。「お、このまま1000文字くらいは行くのかな」と思ったのだが、700文字を超えたあたりでピターッ!と頭が止まってしまった。こうなってはもうウンともスンとも言わない。何とも扱いの難しい頭である。
桜井のりお氏の『僕の心のヤバイやつ』を3巻まで買ってしまった。うん、ヤバい。これはヤバい。中毒性が極めて高い漫画である。しばらく追いかける事になるのだろうか。
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