第329話 2020/9/7 前衛

 昨日は無理。まったく集中出来ずに何も書けなかった。何だかんだ頑張っても結局NHKの台風情報を見てしまう。午前9時現在でおよそ39万2030戸が停電。停電は大変だけれど、それだけで終わってくれれば御の字ではないか。家が倒壊するよりはかなりマシである。とりあえず夜は明けた。被害はこれから明らかになる。「騒いだ割にはたいしたことなかったな」と笑って言えるような状況であれば良いのだが。


 ジョン・ケージという音楽家をご存じだろうか。虫けらは初めて知った。前衛的、などという言葉で迂闊に表現すると音楽の専門家から怒られるそうなのだが、十分すぎるほどに前衛的な作品を残している。

 もっとも有名なのが『4分33秒』という作品らしい。この作品、楽譜には音符が書いていない。ただ「休み」の記号があるだけだという。つまり奏者は楽器を使わず、4分33秒間無音が続くだけ。これは音楽史上画期的な事なのだそうだ。

 何となくだが理解できなくはない。たとえば夜空に月が浮かんでいる状況を文章で書くとき、「夜空に月が浮かんでいる」と書くのは間違いではない。しかしそれしか方法はないのかと言えばそうではあるまい。「暗い夜の足下をおぼろな天の光が照らしている」と書けば、よほど読解力が欠落していないかぎり、ああ空に月が出ているのだろうな、と読者は考える。つまり文章には「書かない事によって伝わる情報」があるのだ。いわゆる行間を読むというヤツだ。ならば音楽にだって「音を出さない事によって伝わる情報」はあるはずだし、それを凝縮すれば音を発しない「曲」が生まれてもさして不思議はない。

 漫画でもときどき真っ白なページにセリフが一つあるだけのシーンが見受けられる。まああれはインパクト重視の演出であるのと同時に作画にかける時間を削減するという切実な目的もあるのかも知れないが、「無」の中に何か情報を詰め込むというのは、あらゆる表現に見られる方法なのではないだろうか。

 さて、そんなジョン・ケージ氏の作品に「Organ2/ASLSP(As Slow as Possible = できるだけ遅く)」という曲がある。その名の通りオルガン曲なのだが、演奏するのに639年かかるという「超大作」である。

 ちょうど19年前の2001年9月5日から、ドイツの中部にある都市ハルバーシュタットの教会において特製のオルガンで演奏されている。ただし冒頭の17ヶ月間は休符、つまり休みであり、最初の音が鳴らされたのは2003年2月5日だったのだそうな。

 この曲の和音が5日、約7年ぶりに変わったのだという。前回和音が変わったのは2013年10月5日、次に変わるのは2022年2月5日の予定。演奏がすべて終わるのは2640年になるとのこと。何とも気の長い話であるな。そもそもその時代まで人類は存続していられるのだろうかとさえ思う。いや、もしかしたら「せめてこの曲が終わる頃くらいまでは人類が生き残っていますように」というジョン・ケージ氏の祈りが込められた曲なのかも知れない。


 台風の吹き戻しの風で家が揺れている。雨戸を閉めたままにしておいて正解だった。しかし凄い台風だな。九州から遠く離れた大阪でこの威力か。

 今日は他にネタがない訳ではなかったのだが、とてものんびり書いていられる気分ではない。またNHKにでも貼り付いていようと思う。

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