第194話 宣教師 対 悪魔

 

 俺はきっと、究極のやっちまった顔になっている。


 現に、間違いなく、やっちまった。


 結末はよく覚えてないが、あれだけ苦労して、相討ちに持っていった悪魔を、俺自身が解放してしまうなんて。


「″アーカム、あぁ、そうか、なるほど、霊体ってこんな感じなんだな……″」

「″うんうん、これでようやくアーカムも私の気持ちを理解できるね! ……じゃなくて、これマズいよねッ!? なんてアーカムまで霊体になっちゃってるの! 私たちの体を乗っ取られちゃったよッ!″」


 ごめん、脳みそが欠けてて、もうろうとしてたからといって、あの最悪の輩と契約してしまうなんて。


 顔をもたげて、目のまえの″俺自身″を見つめる。


 背丈は変わらず、けれど服装はだいぶ違う。

 冒険者用に買って着て来た灰色のローブはどこへやらーーまぁ、ほとんど残ってなかったがーー、筋肉質な俺の体を黒いスーツに詰めこみ、黒色の禍々しいステッキをかるく手首にかけている。


 髪型も微妙に変わっており、俺にはない品の良さが現れている。なんだろう、犯罪紳士という言葉が似合いそうだ。


 頼むから、俺の顔でそんな笑顔作らないで、とお願いしても足りない、訴えを起こすことさえ辞さない、名誉毀損級の悪魔からの嫌がらせに、俺はつかめない悪魔へとタックルする。


 当然、あたらない。悔しい。


「あはは! 別次元がすこし騒がしいですが、このまま行くとしましょうかねぇえ〜!」


 悪魔はステッキで床をつつき、この場の意識を一手に引き受けると、獄炎につつまれた廊下を歩きだした。


 宣教師はかたまり、チューリたちへ向けていたつま先を、ソロモンのほうへとむける。


「悪魔? どうして、いきなり……まったく前兆がありませんでしたが、どこにいたのでしょうか」

「どうも、こんにちは、そして、さようならぁあ〜!」


 問答など、付き合わない。

 そんな悪魔の姿が掻き消えた。


「ッ!?」


 目を見開き、腰を深く落とし、杖を構える宣教師。


 しかして、遅い。


 悪魔のフルスイングしたステッキの先端は、すでに宣教師の顔面をとらえているのだから。


 ーーボギィイ


 鍛え抜かれた巨大な体躯が、アホみたいに吹き飛ぶ。


 宣教師の疑問なぞ、一切気にしない無慈悲。


 俺でさえ、まったく見えなかった人智を越えた速さは、すべての威力を余すことなく宣教師へつたえて、チューリの顔の横をぬけていく。


「なんだこれはぁあー!」

「何も見えないのですっ! ぐへぁ!」

「アーカムぅう!」


 用意していた水魔力の壁ごと、容赦なく吹き飛ばされるチューリ、シェリー、コートニーの3人。


 下手したら、それだけで死にかねない背筋の凍る光景に、俺と銀髪アーカムは、ショックから立ち直ってソロモンへと詰め寄った。


「はぁい! 快調の一撃でしたぁあ〜!」

「″快調の一撃でしたぁあー……じゃないよ! このクソ悪魔、私たちの友達が死んじゃうよっ!″」

「″てめぇ、いい加減にしろよ! 人の体使って勝手に人殺ししてんじゃねぇんぞ!″」

「霊体の方たち、柄悪すぎませぇえん? というか、あれぇえ〜? おかしいですねぇぇええ、我輩、助けてぇえ〜って、お願いされたら、仕方なくこうして出張ってあげてるのですがねぇえ〜ッ!」


 風圧でスッカリ消火活動が完了した廊下。そのかわりに上階との床が、バキバキいって崩れだしている。


 ひび割れた向こう側に、上の階のシャンデリアが見えたりしており、崩壊の仕方がえげつないので、この校舎が崩れるのも時間の問題と思われた。


 軽快にステッキをふりまわし、ソロモンは、自身の一撃に耐えかね死滅した廊下を歩いていく。


「つんつーんぅん〜、つんつーん、つーん、つーぅうんっ!」


 ステッキの先端で仲良く寝転がる、3人の魔術師たちを順番につつき、生存確認するソロモン。


「生きてますねぇえ〜! いやぁあ、残念ッ!」

「″いいから、3人を守れるような悪魔の秘術でも掛けておけよ″」

「我輩の秘術、そんな安売りはしてないんですかとねぇえ。ま、仕方ないですねぇえ〜」


 指を鳴らし、何か術を発動。ソロモンは歩きだす。


 宣教師が突っ込んでいった、遠い廊下の端、巨大な聖像が置かれていたそこは、さきの宣教師の衝突で砕かれており、壁の向こう側の倉庫と廊下が開通してしまっていた。


「……んぅう〜、これは逃げられましたねぇえ〜」

「″床下に大きな穴? 勝てないと判断したら、速攻で逃げる。いい判断してるな、あのハゲ。つまり、宣教師はこの穴を使ってさらに地下へ逃げたってことか″」

「″そういえば、パンチ一発で床抜いてたしね、あのハゲ″」


 倉庫の床、穴の底を覗きこむも、どうやら浅からぬ深い地下へと繋がっているようで、ここからでは奴の捜索は難しそうだった。


「まぁあ〜、逃げられたものは仕方ないってことでぇえ〜。では、アーカム・アルドレア、よろしいですねこれで悪魔の契約は完全にーー」

「″待て、契約は″宣教師を殺すこと″だったはすだ。まさか、悪魔ソロモンは自分で契った約定すら放棄する、三流腰掛け悪魔なのか?″」


 俺の言葉に、ソロモンは「はぁ、わかりましたよぉお」と面倒くさそうに返事した。


 よし、これでいい。

 悔しいが、あの宣教師には俺では勝てない。


 奴と戦う際には、ソロモンには″俺″でいてもらわなくては困る。


 ソロモンの肩をひいて、肉体の主導権を代わる。


 自分の体に戻ってきた安心感を噛みしめて、手に持っていた、黒いステッキを放り投げて捨てた。


「悪魔化すると肉体が再生するのか」


 さっきまでなかった四肢をぶらぶら動かし、再生する瞬間すら見えなかった手足が、本当にそこにあるのか、何度も何度もたしかめる。


「″ええ、一時的とはいえ、アーカム・アルドレアの肉体は″第三世界法則″にのっとって動いてましたからねぇえ〜″」

「″難しい用語禁止。わかりやすく説明しないと、こう、だよ!″」


 グーパンで悪魔を殴る銀髪アーカム。

 こうだよ、と言いながらもう殴ってるのはご愛嬌あいきょう


「もし、小さき者よ」

「ん?」


 スーツのサイズがピチピチな事に、すさまじい窮屈感を感じていると、ふと、背後から声がかかった。


 礼儀正しそうな、若き声にふりかえると、そこには、真っ白のタキシードを着こなした金髪青目の美青年がたっていた。


 敵意は全く感じれらないが、場所が場所だし、格好が格好だ。自然と身構えてしまう。


「君がアーカム・アルドレアだね? そうか、なら、怖がることはない。わたしは君を導くためにここに来たのだから」


 青年は優しく微笑む。


「しかし、場所が場所だ。もうすぐ、ここは崩れ……ほら、言わんこったない」

「うえ? あ、足場が……」


 青年が何か言いかけた瞬間に、足元の床がバラバラに砕けて、不意な浮遊感に見舞われる。


「この子たちは、任せなさい。君は剣気圧で助かるね?」


 空中ででチューリたち3人をキャッチする、イケメンムーブを見せて、青年はウィンクしてくる。


 いきなり現れて、怪しさ満点だが、この青年のことは不思議と信頼できるような気がした。


 俺はとりあえず彼へうなづいて、長さのわからない自由落下に準備することに決めた。

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