第183話 隠し通路

 

 ドラゴンクランからほど近い建物のひとつ。


 あたりを警戒して扉を3回ノック。

 そして「ブラック」とつげると「ケイオス」という、えらく低い声が速攻でかえってくる。


 この手順必要なのかな。


 中からチューリが顔をだしてくる。凄まじいしたり顔だ。


 暗黒の文言による合言葉やりとりは、これで成立。


 隣のコートニーはレトレシア杯の時に来た黒い軍服を私服として着こなし、袖のほつれを指先でいじっているので、特に俺たちを気にした様子もない。


 これは……あえて無視してくれてる。ありがたい。


 コートニーの優しさに内心、手をすり合わせておく。


「ん」


 扉の隙間から顔を出していたチューリが、怪訝な顔つきになっていることに気づく。


「待て。おい、コートニー・クラーク、貴様は身元を信用できん。しっかりと合言葉を言ってもらおうか」


 ばか。

 火薬投下。


「フルネームで私の名を呼んでおいて何を蒙昧もうまいな……こら、そこをどけ、道を塞ぐんじゃない。なに扉を閉めて鍵をかけようとしている。合言葉? だから寝ぼけているのか、グスタム。そんな恥ずかしい真似を要求するなんて、私に羞恥にふるえ、悶え死ねといってるのと何も変わらん」


 硬い声が門番を追いつめる。

 粘る暗黒の使い手ケイオス・チューリ。


「ぐぬ、なんて馬鹿力だ! おまえもしや日頃から肉体の鍛錬なんていう魔術師らしからぬ事しているのか!」

「非力な男だ。ふんっ!」


 一撃で扉を蹴り破られ、チューリが吹っ飛ぶ。


「クク、よかろう、ここを通ることを特別に認めよう!(肩、痛ってぇ……)」


 額に青筋をうかべ、ジト目をむけるコートニーに観念したのか、負傷した肩を押さえる門番はひとりで「ケイオス……」とだけつぶやき、奥に俺たちを案内しはじめた。


 無意味な抵抗だったな、チューリよ。


「ぐぅ、ぅ、俺の聖域があの堅物女に荒らされてる……そういうおきてなのに、掟は守んないといけないのに……」

「チューリ、強く生きろ。俺は好きだったぞ。うんうん、掟は大事だよな」


 我が竜学院きっての相棒をなぐさめつつ、俺たちは学院内につながっているという隠し通路にむかう。



 ー



 暗く長い道のりをぬけて、光のもとへ帰ってくる。


「存外に整備された道だったな」


 軍服のすそをはらいコートニーが、伸ばしてくる手をとり、俺もまた地面下の隠し通路から引き上げてもらう。


 そうして俺が最後に引き上げられると、地の四角扉は閉じられ、横にはけていた巨大な花の植物がうえに覆いかぶさることで見事に隠した通路は隠蔽された。


 毒々しい模様をした、常なら近づくことも考える花は、ツタを使って丁寧に隠し通路のうえな土を持ってくる姿は、洗練された門番のようだ。


「この花は?」

「イグナ・ラフレシアだな。太陽の光と、空気中に指向生の粉末を散布して、ふきんの魔法生物から魔力をたべて生きている。魔術師が自身の魔力の味を覚えさせれば、手なづけることが出来ると聞いたこたがあるな」


 コートニーが俺の疑問に答えてくれた。


 魔法植物という事は、ここはドラゴンクランの裏手に設けられた、特別区画群のひもつ魔法植物区画ということになるか。来たことなかったけど、俺が小学生の頃にいったイチゴ狩り体験、そのビニールハウスみたいになっている。


「クク……流石は我が学院きってのエルデストだ。俺が説明しようとしていた内容すべて先に話すとは、なかなか、いや、ほんとうによく学んでいるな!」

「ああ、私は勉強するために、苦労してここにいるのだからな」

「……ぅ」


 コートニーは静かに答え、チューリは目を細め「そ、そうだな……」と彼女の境遇をかえりみる表情で、静かにそう言った。


 さまざまな魔法植物が見られる魔法植物区画をぬけて、ドラゴンクランの校舎へはいる。


 校舎内は閑散としていて、人の気配はほとんど感じられない。


 剣知覚を使用すれば、校内の異様すぎるほどの静かさが手に取るようにわかり、それはひどく不気味な印象を俺に与えた。


 来たことのない通路を、ここらへんの構造にくわしいチューリの案内に従って歩く。


「ん、皆さん、止まるのですよ!」

「言われんでもわかる。気をつけろ、お前たち」


 注意をうながすシェリーとコートニー。

 皆が警戒を新たにして、杖を手にとった。


 それは、俺たちは廊下の中央に生える、等身大の蒼花に出会うことになったゆえだ。


 この学院は、いまだ恐ろしき呪いの術中にあるようだな。

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