第167話 旧校舎
倒壊の危険思われる古い建物を進む。
禁止区域境界線からまっすぐ歩いていくと、左右の厳かな木製壁と天井の装飾に目をひかれた。
「このドラゴンクラン大魔術学院の始まりは、すなわち人間と魔術の出会いなのさ、ゆえにこの古い校舎は神秘の黎明期に生まれ、支え、築かれた、当時の人間にとって最たる価値ある建物のひとつだったはずだろう。クク……もっとも、今もそうであるが。魔術出現のころの衝撃は凄まじかったはずだ」
なるほど、たしかに今となっては朽ちて、終わる時を待つばかりだろうが、当時は相当に格式の高く、威厳ある校舎だったに違いない。
短杖の先で火が建物に燃え移らないよう気をつけながら、廊下を歩く。10メートルほどゆっくり直路を進んだ先、突き当たりの重厚な木扉を押し開けると、そこは広々とした講義室となっていた。
何段にも分かれたゆるい曲線をえがく横長机が、やや段差高くなっている黒板を背負う教壇を囲むようにしてあり、かつてこの講義室で、さかんに教授と生徒による授業が作られていたのだと思わせてくれる。
「でかい」
「おおきめの講義室、今のドラゴンクランでは見ないタイプなのです」
「8席、5列……7段、ふむ、300人くらいは入るか」
俺たちはそれぞれ自由に講義室の座席間を歩きまわり、おのおのが納得いくように部屋を見てまわった。
普通の講義室にしては、いたく装飾の凝った木柱が気になる。
かつての学び舎とは、今以上に貴重だったのほ明白。そうすると、この人類初めての魔法学校とは、それだけで特別な意味と目的を与えられた場所だったのかもしれないな。
ひとり納得しながら、壁から目を離し、後方座席群の中央へ視線をむける。チューリもクラストマスも自然と講義室の中心ーー座席と机が取り払われ、
そこには座席と横長机が数段に分かれて置かれていたはずだ。
手頃なスペースが欲しかったから、取っ払ってしまった、とでも言いたげな雑な空間づくりが見て取れる。
席と机がどかされている、か。
チューリは顎に手をそえて、シェリーは「んー」と首をかしげて、俺は講義室の他の床との違う色をしている目の前の床をジッと眺め、それぞれ思考にはいった。
「フム、物をおくにしては、この中途半端な段差は、いささか場所が悪いように思えるがな。いや、そうか、クク、なるほどなるほど」
「見てください、2人とも、やんわりだけど
「クク……そうか、見えた。完全に見えた!」
顔を手のひらでおおい隠し、五指のあいだから蒼い瞳を覗かせてくる男へ、「なにが見えたんだよ」とあまり期待せずきいてみる。
「それは……、クク、まだ、語る時ではないな。ここでうかつに我が賢明の推理をさらすことは、お前たちに予断を許すことにつながる。……すなわち、とりあえずは奥の部屋を調べようではないか」
「あい、厨二乙」
患者の親指で指し示す背後、俺たちが来た扉と遠く向かいあう位置にある扉のことか。
この講義室に入ってくるなり、最初に目についたその扉のまえに集まる。俺たち3人はそれぞれ杖を軽く構えながら、ゆっくりとその重厚な扉を押し開けた。
扉の先は書斎のような雰囲気をかもしだす部屋となっていた。絨毯があり、来客用に小机と椅子ももうけられている。どれも古びていて、色あせているせいか、手のこんだ木彫りの彫刻たちに裏付けされるかつて華やかさはまるで感じない。あるいは元から殺風景な部屋のレイアウトだったのだろうか。
薄暗い、小さな灯りに照らされる青白い世界で目をひくのは、空の本棚。本来は分厚い書籍がたくさん収まっていてもおかしくないのに、今となっては役目をあたえられず朽ちているばかりだ。
「講義室に部屋がくっついているなんて、おかしな作りだな。授業準備でもしてたのか?」
「いいえ、おかしくもないのですよ、アルドレアくん。この部屋の主人はずばり教授でしょう。かつての講義は先ほどの講義室でのみ傍聴できる、一教師一教室のような制度が、この学院にはあったらしいですから。今は教師の数と生徒の数が増えたせいで、柔軟に授業教室をやりくりしないといけなくなったから、贅沢なこと言えず、その制度はなくなったらしいのですがね」
ほう。
ともすれば、大きい教室は教授の格に関わっていたのかな?
本棚や書斎机が置かれたままの書斎のどこかに、当時の面白い文献などがないか調べる。
ーーしばらく
部屋中ひっくり返しても紙切れ一つ出てこない徹底した掃除っぷりに、俺たちは敗北を確信していた。
「ぐっ……! ダメなのですよ、やっぱり魔術的な知識をふくんだ本なんて、こんなところに野放しにされてるわけがないのですよ。古い時代のものは特に貴重なのですから。はぁ、まったくの徒労でした……」
「フッフ、黒歴史は抹消済みというわけか! やるじゃないか、ドラゴンクラン、面白い……ッ!」
「お前もいつかこの歴史を抹消したくなるんだぜ」
遠い未来でこの男と付き合いがあったなら、何度でも今日という日のことを掘り返してやろう。
「ん? これは……?」
ホコリかぶる壁に
「む」
すぐに肌をなでる淀んだ空気に流れを感じる。
どうやら背後の壁が仕掛け扉となっていて、その先の空間とが、この空気の流れを作りだしたらしい。
「どうしたのですか、アルドレアくん?」
「魔剣の英雄、どうやら気づいたようだな、ここに息づく黒き予感に……ッ!」
「ここ、ここです。この壁の向こうに広い空間がありますね」
力をくわえて仕掛け扉となっている壁を押しこむと、近くで「ガチャッ」と音が聞こえた。
直感に従うままに、ちょうどよい位置にある壁の彫刻に手をかけて横にスライドさせると、そのさきに明るさを見つけた。
「こ、これは……」
仕掛け扉のさき、ドラゴンクランの大廊下に匹敵するほどの大きな吹き抜けの空間。二階まで高さがあるらしく、明かりが灯っているシャンデリアが等間隔で二階から照らしてきている。
廊下の左右に像と扉が設置されており、俺たちの仕掛け扉は、廊下の中腹、木像と木像の間に通じている。
「うぉ、おぉ! な、まさか、こんな空間があったとは! もしや本当にドラゴンクランの陰謀に踏み込んでしまったのか、俺たちはぁあ!?」
「落ち着くのですよ、チューリ! あ、こら飛び出さないのです!」
大興奮のチューリの首根っこを押さえて、気道を塞いで声を殺させる。
テンション上がるのは仕方ない。
だが、いつでも冷静にあることだ。
「静かに……
俺は自身の心を諫めながら、そっと剣知覚の精度をあげた。
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