第八章 蒼花を祀る者

第157話 ひとつ進む

 


 薄目うすめを開けて、窓の外をみる。

 陽光が緑葉を透かして黄色く輝かせる。

 呑気さへ目をつむり、肌で暖かさを楽しでみたり。


 ああ、なんと心地よい日差しだ。


 最悪の気分が温かさに癒されていく気がする。

 いつまでも寝ていたい気分だ。


 昨日は慣れない飲酒をしすぎた。

 別に美味しくもないし、好きでもないのにノリで仰ぎ続けるとか、本当にバカなことをした。


 ーーガタガタ


 部屋の外から足音が聞こえる。


「起きるか……オェ、やっぱ気持ち悪い」

「″よしよし、仕方のない相棒だねぇ。まったくまったく。このアーカムお姉ちゃんが、背中をさすってあげようなのだよ〜″」


 甲斐性な霊体に介抱されながら、ふらりと立ちあがる。


 転生前後、ふたつの人生あわせても初の二日酔いで気分が悪いとて、今日はこのまま寝ているわけにはいかない。


 ーーガタっ


 足音がすぐ近くで止まる。


「アーカム」


 部屋の入り口、ノックもなしに入ってくるたくましい男を、それ以上近寄るんじゃない、の眼差しで迎え撃つ。


「……入っていいなんて言ってないが」

「ダメとも言われてない」


 金髪、碧眼、筋肉質で、軍人然とした堅そうな男。彼の名は、ジョン・ハンセン。昨晩、冒険者ギルドのテラスで木杯を片手に同盟者となった超能力者だ。


 やつが洗脳系能力で築いていた生活基盤は、本人に能力を解除をさせたことで、すべて失われている。見当もつかないほど多くの人間に影響を及ぼしていた、チカラは確かに払われて、彼のいた痕跡は抜かれ、そこには誰も違和感をもたないようなのみが残っている。


 そのため、コイツを俺の友として、客人扱いでクラーク邸に泊まらせる事にしたのだ。


 結局、この軍人はコートニーの兄貴の部屋をつかっている。

 仕方がない。

 それに、その意味合いは大きく違う。

 だが、あまりにも度し難いと言わざるおえない。


 本当に反省してるのだろうか、このアメリカ人。


「ジョン、おまえ、日本だったら切腹して詫びるくらい不誠実ってもんだぜ」

「いきなりジャパニーズセップク案件とは、これいかに。まだ酔ってるのか? というか、私は日本において、とっくにその文化が消え去っている事は知っている。やれ、昨晩は永遠のトゥルーブルーフレンドみたいに、私たちはいい雰囲気だったであろうに」

「気のせいだな。ほら、食っちゃっべってないで、行くぞ。今日はいろいろやる事があるんだからな」

「アーカムがはじめたはずだが……まぁいい。同感だ、私は、おおくを失った。運命にあらがうにしても、取っ掛かりがなければ、どうしようもない。さぁ、まずは冒険者ギルドへ行こうではないか」


 この日より、俺たちの同盟は始まるのだ。

 本格的な「異世界転生事件」の究明は、おそらく長い戦いになる。


 あせらず、一つずつ詰めて行こうじゃないか。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー数日後


 街中のカフェで茶をしながら、同盟者と今後の方針を練る。


 俺の同盟者、ジョン・ハンセンに改めてソロ猫級冒険者となってもらったのには訳がある。

 俺たちの目的のため、彼には正規の手段でより高い等級にいってもらう必要があったからだ。


 俺たちハンセンーアルドレア同盟の目的は、異世界にて現界ーーつまり地球へいたる、あるいは地球にいたころの記憶へ通ずる手がかりを追求することにある。


 そのためには、この俺たちがすむセントラ大陸の隅々まで調べつくすことも要求されてくるかもしれない。まだわからない、だが、可能性がないわけじゃない。


 ただ、もしそうだったとしても、たった2人の足で調べるわけにもいかない。


 やりたい事もある、やらなければいけない事もある。

 すべてを放り出して、ただ地球への手がかりを追い求められれば、記憶の探究者としては最善だろう。


 だが、この世界に生まれ落ちて早いもので10年。

 ずいぶんとしがらみも増えた。

 そのせいで、これまでに、地球への道標となってくれそうな場所の目処はたっていても、自分の足で調べる機会がなかったこともあった。大学も狩人としての責務も嫌いじゃないし、むしろやりたくてやってるわけだが。


 忙しさによる不都合は、すべて俺がひとりでいたからだ。


 俺には、この世界にほとんどしがらみを持たない、極めてフットワークの軽い同盟者ができた。


「情報網はわけあって、とても強力なものを俺は使えるんだ。可能な限り俺の閲覧権限で獲得した情報も共有する」


 秘密結社・狩人協会のデータベースは異世界最高と見て間違いない。

 有益な情報はだいたい集まってくれるはすだ。


「ほう、さすがはポルタ級冒険者といったところか。では、やはり私がわざわざ冒険者になる必要はないのではないか?」

「この世界にスマホがあったら、なんでも情報を融通してやれるけど、あいにくと剣と魔法の大陸では、まだまだ手紙やら、人伝えの噂話が現役だ。グローバル企業みたいな冒険者ギルドの本部間でさえ、ほとんど人力で情報をやり取りしてる。地域によっては、新しいニュースが届くまで時間もかかる」

「ふむ、ともすれば、やはり私自身が足をつかって情報収集・調査・報告、その他できるようにならないと、という訳か」


 ハンセンは口をへの字に曲げて、文明の利器にたよれない不便さを嘆いた。


 秘密結社・狩人協会の技術に解決策を求めれば、便利な手段はありそうだが、あいにくと彼にそのことを言うわけにはいかない。


 俺が彼が同盟を組んでいるのは、あくまで利害の一致から、そしてお互いに敵対することを望んでいないから。


 現状、超能力者ジョン・ハンセンの存在は古代竜であるゲートヘヴェンだけが認知しており、狩人協会には知れていないはすだ。


 ちなみに、狩人協会は竜神会議が観測した未来とやらは認知してないらしい。


 アーケストレスのギルド顧問インファ・メス・ペンデュラムに、それとなく古代竜が消えたわけなどを尋ねてみたが、彼女……いや、彼が本当の理由を答えることはなかった。


 竜神会議と狩人協会は連携を取ってないらしい。


 どうりで、ドラゴンたちが何年も飛び回っているわけだ。

 それにしても、竜たちは狩人協会と連携すれば、もっと効率よく探索できるはずなのに、なぜそうしないのだろうか。ゲートヘヴェンはスカラーのペットだったのなら、かの秘密結社のことを知らないわけでもないだろうに……。


 話を戻そう。


 いちおう、ジョンの存在は狩人協会から隠す。


 協会が彼の正体を知ったのなら、まず外敵として殺そうとするか、新種の怪物として捕獲・解剖でもしそうな気がするからだ。


 実際のところ、本部に行ったことすらない、狩人(仮)の俺には、協会がどんな性質をもってるのかは判断しかねる。


 だが、まぁ、周知の危険因子を放っておくことはないのは確実だろう。


 こいつは放っておいたら、自身のチキンな性格と興味のために都市ひとつを洗脳するくらいには危険な男。


 さらにこの数日、いろいろ話を聞き出したところ、かなり恐ろしい能力を多数所持していることがわかっている。


 いつか、人類の守り手としての対応を求められる時が来るかもしれない。彼の能力が再び敵に回るかもしれない。

 それゆえ、俺は彼に自身の情報を開示し、狩人であることを話す気にはなれないのだ。


「どうした、アーカム」

「いや、なんでもない。それより、さっき話してた件だが」

「ああ、過去への手がかりとやらか」


 俺は、かねてより準備していた、整理した情報を記した羊皮紙を机のうえに置いた。


「侵食樹海ドレッディナ、ローレシア……あぁ、思い出した、あの森全体が動いているとかいう不気味なアレだろう」

「そうだ。俺の見立てでは、そこにお前や俺と同じ超能力者がいるはずだ。もうずいぶんと前の話になるが、あの森では生物の強大化現象が起こっていてな、その状況が、エレアラント森林で宇宙船、NEW HORIZON号が森にあった時とよく似てる」

「超能力者の存在、あるいはそこから類推される事象が森になんらかの影響をあたえている、か。興味深い仮説だ。調べる価値はありそうだ」

「そういうわけだ。魔術の勉強してたところ悪いが、まずは最初のミッションとして、この侵食樹海の調査にいってきて欲しい。超能力者がいたとしても、ビビって攻撃しないようにな」


 からかうように釘を刺すと、ジョンは苦笑いして「掘り起こさないでくれ」とお手上げポーズをした。


 よし、これでひとつ進む。


 かねてより気になっていた侵食樹海の調査。

 修行で、何度かおとずれたりしていたが、いかんせん巨大すぎる森だ。干し草の山から針をさがすわけではないが、それに匹敵する多大な労力と時間が、アテのない調査のためにはかかる。


 昔、師匠がエレアラント森林の調査に3ヶ月もかけた理由がこれでもかと、わかろうと言うものだ。


 カップの残りを仰ぎ飲み、ハンセンと共にカフェをあとにする。


「では、この後の予定だがーー」


 通りにそって街を歩き、調査活動の準備ための予定を詰める。


「とりあえずギルド本部で必要な物はすべて買いそろえる……ん?」


 隣たって会話していると、ふと、おかしな直感が働いた。


 肌表面のうぶ毛の導く感覚にさそわれて、俺はなんとなしに天空を見上げる。


 そして、気がついた。


 ことに。


「ッ!」

「ん、なんだアーカ……どぅわ!?」


 自慢の脚力、石畳に亀裂と足跡を残して、ジョンの体を肩にかつぐようにタックルでさらう。


 すぐのち、俺と彼がいた地面を、直上の巨大質量が叩き潰す。


 胃を浮かせる爆発音とともに吹き飛ぶ、風圧と巨大な石礫にレンガ、カフェの机椅子、そうした危険鈍器のあられが、周囲を巻き込んでアーケストレス第1段層の平穏な街に破壊の波を広げていった。

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