第140話 あくびが出るぜ
王都を貫く特殊機関路。
そのうえを
それは、縦横無尽に広がりつづける、アーケストレスの王都を支える、重要な公共交通機関の名だ。
知識では持っていたが、じつに面白い交通機関だった。
俺は遠ざかる金属製の球体から目をはなし、火照った特殊機関路に視線をおろした。
使い方の要領はまったくもってJRーーJapan Railwaysーーと同じだが、街の中を風属性魔力全開で、
直径10メートルの石の球が斜面すら駆け登っていくさまは乗っても、眺めても電車よりずっと楽しめた。
アーケストレス1階層から伸びるそんな魔球列車が、上の階層へと登っていくのを見届けて、
俺はたくさんの黒ローブたち向かう、ひとつの方向へ向き直った。
「何をしている。貴様は修学のために留学していながら、登校初日から遅刻する気か」
「今、行くんで、急かさないでください」
数メートル先で睨みつけてきてた金髪碧眼少女は、ローブを翻し、さっさとまえへ歩いて行ってしまった。
彼女の背中よりすこし視線を上げれば、奥には威風堂々たる超大な赤茶けた要塞がみえる。
豆腐型のブロックがいくつも積み上げられ、それぞれの上には、7体の巨大な竜の彫刻が設置されている。
見上げる高さの門、天を衝く摩天楼のあまた、来るものを全てうけいれる魔法魔術の最高峰。
人類史始まって以来の最古の魔法学校、それがドラゴンクラン大魔術学院だ。
俺は息をのみ、肌が泡立つのを感じながら、竜の大魔術学院へむけて足を踏みだした。
ー
小柄なドラゴンの彫刻たち並ぶ、横も縦も奥行きも長い、開放的な廊下をコートニーと歩く。
先日もらった、学院制服である竜の校章入りローブをはためかせ胸を張る。
左手の手袋をはめなおし、火傷をキチンと隠す。
アディゆずりの短い黒髪を撫で下ろす。
シャツの襟を正し、指を鳴らす。
ふふん、準備オーケーだ。
「″大丈夫、後ろ髪ハネてないよっ″」
第一印象は大事だ。
俺はレトレシア魔術大学を背負って来てるんだから、あまりふざけたことは出来ない。
ここのやつらは、自分たちだけが魔術の本場だと自負し、魔法王国ローレシアを舐め腐ってるかもわからないんだ。
レトレシア杯でのコートニーを見るかぎり、十分にありえる。
だからこそ、交換留学生として、魔術師として、レトレシア生として、エリート柴犬生として、舐められるわけにはいかない。
「皆、アーカムに興味が湧いてるようだな」
コートニーはポケットに手を突っ込み、大きな廊下を
俺は見栄えを意識しながら、流し目を竜の学院の生徒たちにむける。
「クラーク先輩が男の子連れてる……」
「まさか先輩に限ってそんなこと……」
「あんな道端の物乞いみたいな奴を連れるなんて……」
「ついにコートニーちゃんに男が……」
聞こえてくる声を聞く限り、こいつらコートニーにしか興味がないことがよくわかった。
というか、そんなに俺ひどい格好してるかな……。
「コートニーさんって結構有名なんですね」
「否定はしない。ローレシア杯への使節団を決める選考会で、それなりに名が知れた自覚はある」
「なんか良からぬ噂が立ってますけど」
「不利益をこうむることがあったら、アーカムが対処しろ。私はくだらん時間を過ごすのが嫌いだ」
いまいち噛み合わない文脈。
噂なんて消し去るのは、面倒で不毛なくだらない手間だから、お前で全部やっておけ……ってことかな。
コートニーは足を止め、たくさんの生徒たちが流れ込んでいく扉の前で、こちらに向きなおった。
「ここが決闘場だ。アーカムはレトレシアで言う子犬2年生。本来なら『ヤンガー』の下級生との決闘が望ましいが、もちろんそれでは不満だろう」
コートニーは肘を抱きしめ胸を張って薄く笑顔を作った。
笑ってくれれば可愛いのに……もったいないな。
「緊張する必要はない。とりあえず流れに任せておけばいい。それではな」
コートニーはそう言い残し、スタスタと上階へ歩き去って行ってしまった。
「成るように成る。当たって砕けろってか」
助言通りまわりに任せようか。
生徒たちの波に乗り、俺も決闘場の中へと入った。
決闘場の中はレトレシアのような円形にはなっておらず、ただ奥行きの尋常じゃない、豆腐型の体育館となっていた。
どうにもこの国は豆腐型の建築が好きらしい。
見覚えのある魔法陣が、体育館のゆかに規則正しく、足の踏み場もないほどに敷き詰められ、
生徒たちはそのなかで魔法を掛けあって、歓声を上げて、盛り上がっている。
フリーな感じで、すでに授業ははじまってるらしい。
「戸惑われている様ですね」
かけられた渋めの声に振り返れば、白髪のおじさんがこちらに歩み寄ってきていた。
「ようこそ、ドラゴンクランへ。私は副校長のモンラッツェ・ルフレーヴェです。1年間よろしくお願いしますね」
副校長先生か。
直々に迎えてくれるとは手厚い待遇だ。
それなりに歓迎されてるらしい。
俺は差し出される手を取り、笑顔で握手をかわした。
「噂はかねがね聞いています。凄まじい天才だと」
「いえ、けしてそんなことはないですよ。少し神秘魔法が得意なだけです」
「神秘魔法を一定の練度で修めるだけでも、我が学院ではエルダー級ですよ」
「エルダーですか。コートニーさんも言っていましたね。それって何かのランク付けですか?」
「おや、聞いていませんか。そうですね、まだアルドレアくんには、馴染みがないかもしれませんね」
ルフレーヴェ副校長はうしろで手を組み、ゆっくりと決闘場を歩きながら話しはじめた。
俺も彼の隣をはなれないよう歩調を合わせる。
ルフレーヴェ副校長によると、ドラゴンクランにはレトレシアと似た成績別待遇が存在するらしい。
入学より2年目以降、生徒たちは年間の成績に応じて「ヤンゲスト」「ヤンガー」「エルダー」「エルデスト」の4種の評価に、毎年のように振り分けられる。
・エルデスト……極めて成績が優秀な者
取得する授業に制限はない。
本人の望むところへ、たどり着くための学び。
・エルダー……成績優秀者
必修科目のほとんどが免除。
自由なカリキュラムを組める柔軟な学び。
・ヤンガー……順調に学を修めている者
必修科目の免除は無し。
無理のない修学計画による学び。
・ヤンゲスト……成績不良者
必修科目の免除は無し。
ドラゴンクランに在籍し続ける事が困難な状況。
成績の改善の見込みが見られない場合、ヤンゲスト2年継続した段階で除籍処分の対象となる。
厳しいようだが、成績不良者はふつうに勉強してれば、まずならないのでそこまで心配する必要はないそう。
レトレシア魔術大学で「柴犬生」の肩書きを持つ俺は、言わばエルダー、エルデストあたりと同じノリでいていいという事になる。
「アルドレアくんは、レトレシアでの学問魔術の成績がとても優秀だと聞いています。あなた自身は自覚がないかもしれませんが、
神秘魔術分野をあつかった、アルドレアくんの研究レポート『純粋魔力による還元破壊効果と、魔力の属性化現象』は、
カービィナ・ローレンス先生が、学会に持ち込んだことで一躍有名になりました』
「あぁ、先日書いたレポートですか。あれって学会で話題にするほどの事ですかね?」
秋学期の純魔力学の授業で、最終レポートととして出したやつだったかな。
たしか、寒色の輝き、純粋魔力が空気に触れて、指向性を与えられず破壊エネルギーと変わってしまう際に、
人が手を加えなくても、部分的に属性魔力に変化している、という「現象」についてまとめたものだったはすだ。
まさか学会に持ち込まれていたとはね。
カービィナ先生、ちゃっかり自分の研究として紹介してるタイプの悪い学者かと思ったら、
ちゃんと俺の名前で出してるあたり、ますます好感度上がっちゃうよ。
ルフレーヴェ副校長による賞賛の言葉の数々に、気分良くなったところで、
彼は俺を引き連れたまま、決闘する生徒たちを監督する、ちかくの先生に声をかけた。
「ミズーリ先生、ミズーリ先生、ちょっとよろしいですか?」
「あ、ルフレーヴェ先生、どうしたんですか?」
ミズーリと呼ばれた若い女性の先生は、腰を低く伺うように振りかえった。
水色のまんまる瞳が可愛らしい。
「彼は今回の交換留学制度で、レトレシア魔術大学からきたアーカム・アルドレアくんです。
柴犬生であり、決闘魔術に
だれか、彼の決闘相手にふさわしい生徒を見繕ってくれますか?」
「彼が留学生ですか。こんにちは、私はミズーリです、ドラゴンクランでの時間を存分に楽しんでくださいね」
先生は笑顔でこちらにそう告げ、副校長と生徒相談をしはじめた。やっぱ可愛い。
「決闘だとしたら、やっぱりチューリですね。彼はずば抜けて強いですから」
「チューリですか。ふむ、『ドラゴンクラン四天王』なら相手に不足はないでしょう」
ルフレーヴェ副校長とミズーリ先生の話がまとまったらしい。
ミズーリ先生は遠くの生徒に声を掛け、手招きをした。
すると決闘魔法陣の中に立っていたその男子生徒は、自身を手で指し示して、
自分が呼ばれてるのかを確認した後、ポケットに手を入れたまま面倒くさそうにでこちらに歩いてきた。
「チューリ、彼を覚えていますか?」
「……この男のことを覚えているか、か。いいだろう、答えてやる。覚えているとも、モッツァレラ・ルーヴル副校長」
「私の名前はモンラッツェ・ルフレーヴェですよ、チューリ」
半眼で訂正するルフレーヴェ副校長。
しかし、チューリは片目をおさえてうつむいて、彼には構わず話はじめた。
「そう……あれは確か4ヶ月ほと前だ。とある魔法王国での催しの際だったか、な。ふふ、今となっては定かではないがな。
俺は仲間たちと共に、席につき催しが始まるのを待っていた。
その時さ、その男が何を血迷ったのか、自身の隣に座る仲間に向けて、暗黒魔法を叩きつけたのはな……っ!」
目をカッと見開くチューリ。
迫真の表情で指をこちらへ突きつけてくる。
「つまり、覚えているということですかね、チューリ」
「……あぁ、忘れない、あの日のことはな」
最後に短くそう答えるとチューリと呼ばれた男子生徒は、その銀色の髪をかきあげ、蒼穹のごとき青い瞳で俺を射抜いてきた。
俺もまたまっすぐに彼の目を見つめかえす。
それにしても、どこかで見覚えがあると思ったが、どうやらレトレシア杯の使節団にいたらしい。
しかも四天王とかいう肩書きもってる感じ、相当強そうだ。
さっそく
ルフレーヴェ副校長は、すぐちかくの決闘魔法陣の生徒をどかし、俺とチューリを中へといざなった。
「アーカム・アルドレア、お前に混沌を見せてやろう……
キャラのブレない奴だ。
いいだろう、俺もお前の策に乗ってやる。
竜校章のローブをはためかせ、片目をおさえて迎えうつ。
「実に面白いよ、チューリ。受けてたとう……このカオス・ブラッドキングの前で、混沌を語ったことをすぐに後悔させてやる」
髪の毛を撫でおろし、個人的にカッコいいと思ってる澄まし顔でセットポジションにつく。
「見ろよ、チューリが誰かと決闘するみたいだぞ」
「あれ誰? 私、見たことないんだけど……」
「片方は四天王のチューリだとして、あっちの白手袋した方は誰だ?」
「チューリがやるのか」
「副校長が連れてきた生徒とチューリが戦うぞ!」
「チューリじゃない方の男子、すこしイケメンじゃない?」
「そうでもないよ、あんた趣味悪いね」
「片手手袋、透かした表情……あれはチューリに匹敵するレベルの思春期病の重傷者かもしれないぞ」
わらわらと集まってきた、竜校章のローブを着た生徒たち。
気がつけば、俺とチューリの決闘魔法陣の外は、隙間がないほどに囲まれてしまっていた。
チューリはそんなたくさんの視線に慣れているのか、特に緊張した様子はなく、すかして常にダルさをアピールするだけだ。
ふと、チューリはロープの内側を大きく開き、こちらへ見せてきた。
そこにはいくつも短杖があった。
「さぁて、お前の魂を喰らうのはどの子かな……くく」
チューリは楽しそうに杖を選んでいる。
時折、こちらへ視線をチラチラむけてくることから、なにか俺のリアクションが欲しいと見える。
よって、俺はあえてなにも言わない。
驚いたら負けというやつだ。
「さぁてと、レトレシアの三大魔皇を相手にするんだ……お前の魂を喰らうには、やはりこの『
チューリはふところの赤黒い杖とホルダーの杖を交換して、セットし直すと不気味に微笑んできた。
「よし、俺のターンだな」
「なに? 貴様のターンだと?」
うろんげな声をあげるチューリ。
俺はそれをみてほくそ笑み、腰裏に隠し持つ、2つの杖のうち、
所持する杖の中で最強の「
「ほう、貴様もマルチホルダーか」
「はじめて聞いたな、その単語」
準備は整った。
ドラゴンクラン四天王の真蒼の瞳をまっすぐ見つめ、視線をそらさない。
向こうもまたしかり。
絶対に勝利をものにするという、確固たる自信を宿して見つめてくる。
ざわめく周りの学生たち。
俺はゆったりと腰を落とし構え、指先をホルダーに収めた短杖のグリップにそえた。
ミズーリ先生が手をまっすぐに伸ばしてあげる。
緊張した面持ちで俺とチューリの顔を確認。
すぐに彼女の手は振り下ろされた。
「はじめぇっ!」
「ッ」
「はっ!」
合図とともに、チューリは手首をひねり一瞬で抜き撃ちしようとする。
一握の無駄もない目にも留まらぬ早業を認めーーなお、俺はより早く杖を抜く。
サテライン・エルトレットと初撃を奪いあえるようになった、狩人アーカム・アルドレアの前で、この俺より早く杖を抜ける者などいないのだよ。
消し炭になれ、チューリ。
ーーハグルッ
撃ち出す速攻、≪
当たった。
俺の魔法がチューリに命中した。
だが、ふき飛ばされるより早く魔法を放った。
極めて短い時間のやりとり。
相打ちな狙いか。
だが、俺は相打ちが嫌いだ。
勝負は白黒はっきりさせたい。
剣圧をあげて、杖の先端を、向かってくる魔法に対して筋肉で合わせる。
使うのは俺の
「ーーッ」
チューリは、だるそうにしていた顔に驚愕をのこしたまま、刹那の時間に2発の魔法を受け、後方へ飛んだ。
一瞬で決闘魔法陣の外までふっと飛び、副校長にキャッチされる。
白髪の彼は、手に抱くチューリがすでに気を失っていることに気づくと、俺の方を目を見開いて見つめてきた。
ジェントルマンな彼の驚く顔が見れて満足だ。
俺は不敵に笑い、「
そうして言ってやるのさーー、
「やれやれ、あくびが出るぜ」
ってな。
「負けたぁぁあ!?」
「いま、いま、2発! 絶対、2発撃ったよ!」
「あぁあ! チューリが飛ばされたぞ!」
「チューリが負けた!」
「あのチューリがッ!?」
「てか、なにが起こったんだ!?」
「瞬間二発……いや、1発はカウンター魔法で返したのか……?」
「ありえない、早すぎるだろっ!」
「まさかドラゴンクランの四天王を、こうもあっさりとやるとは……」
「なるほと、我々の知らないところで魔術は、異国の地によっても練り上げられてきたわけだ」
「これがレトレシアの魔皇……アーカム・アルドレアーー」
決闘場に広がる驚きの波は止まるとこを知らず。
最前列で瞬間のやりとりを理解した者は戦慄し、魔感覚に残る「現象」の速さに、身震いしているようだった。
この日より留学生アーカムは全校生徒の話題となり、大魔術学院の生徒は隣国の似た国のことを、すこし意識するようになった。
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