第58話 狩人との「距離」
春休みを満喫している女子学生たち。
母親不在で子供をあやすのにてこずっている父親。
上司の愚痴をたれる魔術協会の職員。
クエストの打ち合わせをする冒険者パーティ。
みんな気を抜いて楽しそうにしている。
しかし、そんなにぎやかな店内で一箇所だけ静かな場所がある。
当然のように会話の種が見つからないで沈黙を貫くアヴォンと俺の座る席だ。
気持ちよく分かれたかと思ったら、同じ店に入店するなんていう秘密結社の構成員としてあるまじき失態。
しかもよりによって俺もアヴォンも「アンパンファミリ」ユーザーだなんて、本当勘弁してくれ。
俺も恥ずかしいし、アヴォンにいろいろ文句を言ってやりたい気分だ。
ことごとく「お約束」を守れない、このわかってない系狩人を叱ってやりたい。
「アーカム」
「ぁ、はい、何でしょうか!」
心の中で気まずさに愚痴っていると、アヴォンは突然口を開いた。
青い瞳でこちらをまっすぐ見据えてくる。
「お前と師匠の話を聞かせてくれないか?」
アヴォンは優しい笑みを作って静かに言った。
なんだろうか、懐かしい気分だ。
先輩が後輩の面倒を見るような、優しい気遣いのような温かいものをアヴォンから感じる。
「はい、わかりました!」
俺はアヴォンに、俺と師匠の出会いからここに至るまでの経緯を話した。
俺が8分の1吸血鬼だということや、実家に柴犬がいることなどは伏せながらいろいろ話した。
アヴォンは遠い記憶を探るような、どこか懐かしいものを見るような表情で、カルボナーラをほほ張りながら俺の話を聞いていた。
逆にアヴォンからもなにか聞けるかと思ったが、彼はなにも教えてはくれなかった。
ただひと言「お前にはまだ早い」と言うだけだったのだ。
ー
王都ローレシア南第2区。
ここグレナー区には「遺跡街」と呼ばれる地域がある。
読んで字のごとく、古代遺跡が広い範囲で残っている、王都の中でも特に古い街だ。
ローレシアの歴史に名を残すような有名な遺跡から、庶民の家として今でも使われている古代の石造建築の家まで、さまざまな遺跡が立ち並び密集している。
王都民からの人気が高く、この街に住みたがる住民は多い。
また王都ローレシアの観光スポットとして真っ先に名のあがる場所でもあり、王都に住むものなら誰でも知っている観光地としても有名な地域だ。
春休みを使って遺跡街に遊びに来ている学生たちの集まっている広場を横断しながら、アヴォンから街の説明を受ける。
「へぇ歴史ある街なんですね」
「そうだ。ここはかなり古い。それこそ神代の時代からあるといわれてるくらいだ」
「神代ですか」
この世界にも神様のお話があるのか。
日本のようにイザナミとイザナギが大地を作ったとかっていうタイプだろうか?
それともノウ・トニーなんてのがいるくらいだから、キリスト教の奇跡についてうたったようなものだろうか?
まぁどちらにしろ、宗教や神話に興味がない俺にとってはあまり気になる事ではないんだけどね。
アヴォンにつれられて遺跡街を歩く。
ひたすら人気のないほうへ、ないほうへ歩いていく。
かつては水路だったという地下通路もどんどん進んでいく。
建物の隙間だってくねくね進む。
ついには「え、そこ道なの?」ってところまで入っていく。
「うぉー」
「楽しいか?」
「えぇ楽しいですよ」
古代遺跡の街というだけで興奮ものなのに、こんなファンタジー要素あふれる暗くて「遺跡、遺跡!」してる場所なんて楽しくないわけがない。
今度サティやゲンゼにも教えてやろう。
あ、狩人の拠点だからダメか。
「はぁ」
「……?」
こちらが勝手にはしゃいで勝手に落ち込んでいる間も、アヴォンは水の流れていない下水道のような地下通路をずんずん進んでいく。
そうして地下通路に入ってから数分進み、修練場とやらの入り口に到着した。
「ここだ」
「ここですか」
アヴォンは立ち止まって遺跡の壁に手を添えた。
指輪がはまっているほうの手だ。
「修練場にはいくつか出入り口がある。こうして指輪のはまった方の手で壁か床をなぞるだけでいい。どの出入り口も入り方も出方も一緒だ。よく見ておけ」
アヴォンが指輪はまった右手で通路の行き止まりとなっている壁をなぞる。
すると、壁一面に青い記号が浮き上がった。
黒い指輪に刻まれていた青い文字とよく似た模様だ。
青色の明かりが薄暗い地下を怪しく照らしだす様は幻想的の一言がふさわしく、青い文字の浮かんだ壁は、不思議な事に勝手に横にずれていき通路の続きを作り出してくれた。
「すごいですね」
「ふ、そうだろう」
アヴォンはどことなく自慢げな様子だ。
寡黙にみえて案外表情のわかりやすい男だな。
自慢げなアヴォンとともに開通した暗い道を進んでいく。
アヴォンは少しすすんだ場所でおもむろに杖を取り出すと、黙ったまますばやく杖先に灯りをともした。
たぶん≪
アヴォンの灯りを頼りにしばらく歩くと、再び通路は行き止まりになった。
先ほどの壁と同じ要領で再びアヴォンは壁をなぞる。
壁がまたしても勝手に横にずれていき、今度は通路ではなく大きなドーム場の空間が現れた。
「うぉお!」
「ふん」
これはすごい。
東京ドームにも匹敵するんじゃないかと思えるほどの大きな空間がそこには広がっていたのだ。
地上からぶっとい柱が何本か天井に伸びており、その天井からは日の光が差し込んでいて幻想的な雰囲気を作り上げている。
なんかの映画で見たことある感じのやつだな、
ドームの中央には大きな円状のスペースが確保されており、このドームがかつて闘技場として使われていたことが伺える。
「いちいち地下を通ってくるのが面倒だったら天井の入り口を使え。地上から近い位置の出入り口だ」
アヴォンはドームの内周の天井付近を指差しながらいった。
そこには天井から階段が壁に沿うように伸びていて、一気にこの地下ドームに下りてこられるようになっているのがわかった。
「先生も普段はあそこを使うんですか?」
「そうだな。ここには滅多に来ないが」
それなら初めから天井の入り口使えばよかったんじゃないですか、と言いたくなったがやめておいた。
これは推測だが、たぶんアヴォンはわざわざ地下の通路をつかって来てくれたのだ。
俺を楽しませるために。
先ほどの自慢げな顔を思い出せばわかる。
きっと俺が8歳だと聞いていろいろプランを考えてたんじゃないだろうか?
わくわくするような秘密基地感を演出するため地下通路を通ってきたり、なかなかアヴォンは俺の好みがわかっている。
存外に良い先生なのかもしれないな。
アヴォンと共に観客席を縦断しリングの中央まで下っていく。
「アーカム、組手を始める。準備しろ。お前の使える技術を全て使ってかかって来い」
アヴォンは右手でリングの脇にある台座のようなものを撫でた。
するとドームの壁や観客席の階段部分に青いラインが走り、それらはすぐに淡く光り始めた。
光りは次第に強くなっていき、ドーム全体を、特に中央のリングを明るく照らしだしていく。
「すごい……」
「ふぅん」
アヴォンはまたしても自慢げな顔をしている。
性格的に人が驚いているのを見るのが好きなんだろうな。俺と一緒だな、先生。
どことなく共感を得ながらアヴォンに言われた通り組手の準備に入る。
外套を脱ぎ、金貨の入った重い革袋などは全てリング脇だ。
装備は鋼の長剣と短剣「カルイ刀」そして袖に仕込んだ「
装備を確認して、特に袖の中に仕込んであるタング・ポルタが落ちて来ないように確認しながら、リングの中央へ向かう。
アヴォンは既に準備を終えて闘技場の中央に立っていた。
黒のレザーコートを脱ぎ下のシャツを袖まくりして筋骨隆々な前腕をあらわにして佇んでいる。
「先生、真剣でやるんですか?」
「ああ」
「寸止めとかしたことないんですけど」
俺は真剣でやる気マンマンのアヴォンがちょっと怖くなってしまう。
師匠との実戦形式の地稽古では、いつも木剣を使ってやっていたので、実際に当たってもなんの問題もなかった。
そのため真剣での稽古で使われる寸止めなんかはやったことがない。
普通の長剣ならまだしも、カルイ刀やタングポルタなどの魔力武器は流石に危ないんじゃないだろうか?
恐る恐るアヴォンの腰についている剣を注視する。
「うっわ」
隠蔽されてはいる。だが集中してみればアヴォンの持つ2本の剣のうち、短剣の方に恐ろしい程の魔力が宿っているのがわかった。
間違いなく魔力武器だ。
やっぱり危ない気がしてきたぞ。
「ふん。お前は寸止めなんか考えなくていい。私は実際に当てないよう止めれるように斬るから、こちらの心配もしなくていい」
「……そうですか」
言外に俺の攻撃なんか当たるわけがないと、たかをくくっているように聞こえたな。
こっちが心配していると言うのに、傲慢な男だ。
いいぜ、その傲慢の鼻叩き折ってやる。
こっちだって5年も修行を積んできたんだ。
兄弟子であるあんたに勝てないまでも、俺が出来る奴、だってこと教えてやろうじゃねーか。
こちらと面と向かい合ってなお、まったく剣気圧を発しない余裕っぷりを見て舐められると確信する。
「先生、ケガさせたらすみません」
「笑わせるな」
アヴォンは尊大に腕を組み鼻を鳴らした。
こちらの闘争心を誘っているとわかっていても、なかなかにイライラする態度である。
おかげで躊躇なくぶった斬れそうだが。
「私がやめの合図をするか、アーカムが一撃私に入れるまで続ける。いいな?」
「すぐ終わっても知りませんよ?」
「お前は冗談が下手な奴だな」
アヴォンは腕を組んだまま言ってきた。
俺は腰から長剣を抜き正眼に構える。
一番慣れてる構えだ。
比較的最近習った「
そんな付け焼き刃が通じるような相手じゃないのはなんとなくわかっている。
魔法も同様の理由から積極的に使うべきじゃないだろう。
ただ魔法に関しては、時と場合を見て使うのはありだ。
体術はもちろん使う。
俺は魔術を覚えたことにより、4科目それぞれを適切な場面で使う戦い方が本来望ましいと師匠も言っていた。
師匠の理想とする狩人の戦い方は、1つの戦い方に傾倒しないことだ。
師匠いわく魔法抜きで考えた場合で、俺は師匠の弟子たちの中でも歴代で一番バランスよく剣・拳・柔を収めることが出来ていると言っていた。
俺の強みはこの「引き出しの多さ」なんだ。
使えると思った技術は全部使っていくぜ。
「いつでもきていいぞ」
アヴォンは相変わらず腕を組んだままだ。
俺とアヴォンの距離は6メートル。
全然届く距離だな。
「どうした、怖気付いたか?」
「チッ」
煽りを忘れずに入れてくる。
いいだろう。
アヴォンはどうせこちらから動かないと動いてくれないんだろうし、とりあえず攻めるか。
足に力を入れて、バネを縮ませ爆発力を一瞬で足裏に溜め込む。
今まで幾度となくお世話になっている基本移動術の「縮地」だーー。
「それじゃダメだ。わかりやす過ぎる」
「……っ」
は?
あれなんで目の前にアヴォンがいるんだ?
眼前6メートルの位置に捉えていたのに。
どうしてアヴォンは左手で俺の手首を抑え、右手を俺の首に当てているんだ?
わからない。わからない。移動したのか?
「わからないか、恐いか?」
そんなわけがーーあるか!
「ふっ」
傍らに立つアヴォンと目が合い、恐ろしくなって一気に後方へ、剣で斬りはらいながら飛びのく。
「はぁ、はぁ……ッ!?」
額から一気に汗が吹き出てきた。
まだ何もしてないのにも関わらず、冷や汗で背中までびっしょりになってしまう程の恐怖を感じている。
本能が退けと叫ぶ。
今、俺の命は間違いなくアヴォンの手のひらの上に乗せられてしまっていたのだ。
目の前の敵を、目を見開いておきながら見失った。
ありえない事態と、それを可能とする眼前の狩人に畏怖と畏敬の念を抱かずにはいられない。
「さぁ、どうしたんだ。私にケガさせるんだろう?」
「はぁ……はぁ……」
アヴォンはひょうひょうとした態度でこちらを挑発してくる。
「はぁ、はは……っ」
「ん、何か面白いか?」
たまらず笑いが出てしまった。
なんという「距離」だ。
俺と目の前にいるアヴォンとの距離。
それがたった1回脅かされただけでわかってしまった。
この男のいる場所は俺から果てしなく遠いい。
「はは、いや、先生強いなぁって思って。もしかして師匠より強いんじゃないですか?」
「師匠はお年だからな」
アヴォンは遠い目をして、ただ静かにそれだけ言った。
「お喋りをする余裕はないだろ。ちゃんと動き見ておけ。敵から目を離すな」
どこか遠い目をしていたアヴォンは俺へキリッ、とした視線を向けて今度は俺の見える速度でまっすぐ突っ込んで来た。
アヴォンの足場が爆発するように弾け飛び、現役の狩人の「縮地」が繰り出される。
目の前に現れた影に向かって剣先を突き出す。
「ハッ!」
アヴォンはいつの間にか抜いていた左手の短剣で軽く突きを受け流す。
流れる動作。
これまたいつの間にか抜いていた右手の長剣を横合いからこちらの首筋へ斬り込んだくる。
俺は首を捻って長剣を避ける。
そして首を傾けた勢いそのままになった空中側転しながら剣を振る。
ちょうど肩が地面と水平に逆ささまになったところで、こちらも「横一文字」になぎ払う。
アヴォンは上体をわずかに反らし紙一重で避けて見せた。
背中の逸らしを無駄にせず今度はすかさず足を蹴り上げてくる。
これは避けられない。ガードだ。
逆さまに状態の俺の脳天めがけての、殺人ヤクザキックを「
ーーゴギィンッ
「イッタァアッ!?」
「ふっ」
逆さまのまま空中をさまよいながら、とんでもない威力のキックに悶絶。
頭蓋骨割れてるんじゃないか? と疑うほどの衝撃だ。
なんだこれ。
人を殺せる攻撃力じゃん。
本当に手加減してますか、アヴォンさん?
文句を吐き散らかしたいところだが、先ほども言われた通り、お喋りをする余裕なんかない。
俺は涙目になりながら、打ち上げられたことによって得た位置エネルギーを無駄遣いすることなく、空中で姿勢制御して、かかと落としを仕掛ける事にした。
さらに威力を上げるため空中前転をする。
回転力をと高さのエネルギーを加えた渾身の一撃だ。
「オラッ!」
アヴォンは剣の刃でガードするという、
ーーガァン
火花を散らして甲高い金属音を、かかとと手のひらで打ち鳴らしたと思った次の瞬間ーー。
ーーぼごっ
「ウォオっ!?」
俺の体は再び空高く高速で打ち上げられていた。
そしてリングを飛び越え、観客席すら追い抜き、ドーム端の天井付近壁に勢いそのままに突っ込む。
ーードガァァッ
「ぅ......ぐぅう」
ぎりぎり見えた。
何をされたかは、わかる。
「ぅ、ぐぅふ、おへッ!」
かかと落としを受け止められた瞬間、すぐに胸に1発打ち返して来た。
次の瞬間には凄まじい衝撃を受けて、俺の体は空中を舞っていた。
遺跡ドームの崩れた石壁から、腰を上げて立ち上がりリングの中央を見据える。
「うわぁ、やっば」
アヴォンはリングの中央で腕を組み、俺が復帰するのを持っているようだ。
しかし、その姿は豆粒のように遥かに小さい。
目測150メートルくらい飛ばされたんだろうか?
さらには俺の体にダメージが入りにくいように「鎧圧」にインパクトを逃しながらの情けに満ちた一撃だった。
半端じゃない技量だ。
この鎧圧に衝撃を逃す技術は「
もちろんレザー流独自のものではない。
衝撃操作としてレザー流以外の他流派でも広く体系に組み込まれている。
この一般に衝撃操作と呼ばれる技術は、自分の体へ来た衝撃を自分の鎧圧へ流すだけでも、極度の集中力を必要とする。
俺がもし冬の寒い季節に使ったりしたら、凍え死ぬくらい汗をかく程集中しなければいけない、高級技術だ。
それなのに、アヴォンは俺のかかと落としの威力を自分の鎧圧に流しその威力を右手の拳に乗せて、俺の
神業すぎる。
一体どんな修練を積めば、そんな芸当をこなせるようになるんだろうか?
アヴォンは剣ばかりしか出来ないと、師匠から情報を貰っていたのだが、完全にデマ情報じゃないか。
俺なんかより100枚くらい上手の体術、特に柔術を使ってくる。
「チッ、クソ」
俺は小走りにリング中央に戻る。
圧倒的な差を見せつけられているようで癪に触る。
俺の5年間がこの男に全く届いていない。
「戻るのが遅い。どこに吹っ飛ばされても3秒で戻ってこい。気絶は論外だ」
「ぅぅ、はい……」
長剣を正眼に構える。
アヴォンは組んでいた手をほどき、再び俺に見える速さでの「縮地」を行なって来た。
俺は剣を引き絞り迎え撃つ。
アヴォンと俺の距離が一瞬でゼロになるーー。
「フア!」
「っ」
かと思われたが、距離がゼロになるのは想定の一瞬よりも早かった。
俺も「縮地」を行なったからだ。
目測であらかじめ距離を決めて使用する「縮地」の距離を乱すのが俺の作戦。
わずかに50センチだけの「縮地」、正確には極めて短い距離をつま先で移動する「
すかさず引き絞っておいた剣を真っ直ぐに突き出す。
ーーキィ
「ハイィッ!」
しかし、アヴォンは突き出した剣を短剣で軽く流し、こちらの上体を崩しにかかってきた。
アヴォンの右手には長剣。左手には短剣。
間違いなく斬撃がくる。
俺は先の流れでそのことがわかっていた。
この突きは捨てるあめの突きだ。
先ほどと同じように首めがけて振り抜かれるアヴォンの長剣を前に倒れこむようにして避ける。
そして倒れこむ体を、右足で踏ん張り、下段から一気に剣をアヴォンの上体目掛けて斬りあげる。
「ハァッ!」
アヴォンは後方へ僅かに体を移動させて、剣の間合いから髪の毛一本分離脱した。
「ぅうッ!?」
「ふぅん」
まったくとんでもないモノを見せてくれる。
見せつけてくるような戦いだ。
「うぉ!r
浮いた俺の上体へアヴォンは再び蹴りを放ってきた。
ーーガァン
「くっ!」
腕のガードを間に合わせなんとか凌ぐ。
蹴りの衝撃で土埃をあげながら、数メートル後退させられる。
アヴォンは後退する俺に追撃を仕掛けるべく「縮地」で間合いを再び詰めて来た。
間合いを一瞬で消されて、上段から長剣を振り下ろされる。
ーーギィィィ
俺は長剣を斜めに傾けて、脳天直撃コースの上段からの斬撃を頭から片口は流した。
だが、同時に腹部へは短剣も迫ってきていた。
「おっ!?」
「ふっ」
慌ててアヴォンの長剣を受け流した長剣を上から下に振り下ろし、アヴォンの短剣による地味に鋭い斬撃を叩き弾く。
ーーカンッ
「ウァッ!」
アヴォンの長剣ほ流れ、短剣も一旦離した。
ここだ。
俺は振り下げた長剣を自然な動作で
「ポルタッ!」
「ん?」
本来「アオノ・コツ・ポルタ」の詠唱が必要な蒼骨剣は変形を始める。
今はこの変形にかかるコンマ1秒にも満たないわずかな時間が惜しい。
変形の際の飛び出す骨の刃が俺の秘策だ。
アヴォンの腹部を撃ち抜こうと狙いつける。
そして刃がアヴォンの身体を貫通するべく突き出した。
「どだッ!」
「……」
アヴォンは無言で半身になりなんともないようにタング・ポルタの変形攻撃を避ける。
「クソッ!」
秘密兵器が不発に終わったことにイライラしながら、タング・ポルタで上段からアヴォンに斬りかかる。
だがーー、
ーーゴンッ
「ぐぅはッ!」
こちらの上段斬りをかわした際にカウンターを合わせられて、アヴォンの拳に顔面を打たれてしまった。
グラグラと揺れる視界でなんとかアヴォンを捉えようとするが、
正常時でさえ満足に追いつけていないのに、脳の処理能力が落ちたこの状態でアヴォンについていけるわけがない。
「ぁ、あぁ」
ーーバゴン
視界がぐちゃぐちゃになった刹那の後、しっかりと衝撃が身体を包み、再びドームの端まで吹っ飛ばされる。
ーードガァォ
「ぐ、ぶへ、ぇ……」
150メートルの距離を飛んだ実感は全くないのに、たしかに俺はドームの石壁に突っ込んでいた。
まだ脳が揺れている。
「ぁぁ、また胸か……」
かろうじて打撃を受けた部位だけ確認する。
やはり外傷はなく、特に体にダメージ入ったような気もしない。
またしても
脳が正常に動き始め、再び崩れた石壁から這い出て、リング中央へ目をやる。
先ほどと同様にアヴォンは腕を組んで尊大な態度で俺のことを待っていた。
「つぅぅえぇな」
アヴォンを遠くに眺めながら気がついた時、俺は無意識に呟いていた。
始めの接触でアヴォンが果てしなく強いことはわかっていたが、ここまで完封されると脱力してしまう。
リング中央に見える豆粒みたいな大きさのアヴォン。
まるでドームの端からアヴォンまでが、俺とお前との実力の距離だ、とでも言われているようだ。
間違いなく狩人アヴォン・グッドマンは強い。
それもとんでもなく強い。
この距離は気が遠くなる。
俺の5年がなんの意味も持っていなかったという無力感、徒労感も襲ってくる。
だが、そんなことは些細なマイナス感情である。
こんな強い先生が俺についてくれるなんて、素晴らしい幸運だ。
「よしっ!」
俺はダッシュでリング中央へ戻る。
「遅いぞ。3秒で戻ってこい」
「はいっ!」
アヴォンは不機嫌そうな顔で「3秒、3秒」と言っているが、俺の元気な返事を書くと、口角を釣り上げて浅く笑ってくれる。
その後、俺はアヴォンに自分の持てるあらゆる技術を試すべく何度でも、戦いを挑んだ。
何度もドームの端に吹っ飛ばされながらも、ほん少しずつ、僅かながらアヴォンの動きを追える事が出来るようになっていった。
そうして何時間もアヴォンとの組手は続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます