第12話 剣気圧
想像の斜め上を行く強烈インパクト。
体がいとも容易く浮き上がり、加えられた運動の方向を正確に冗談のように吹っ飛んでいく。
眼前に壁が迫る。
認識の直後、視界は真っ暗に、顔面は木壁にめり込んだ。
「ガハァッ!」
壁に突っ込んだだけでは終わらない。
何かが上から落ちて来て追い討ちをかけて来る。
近くにあった本棚が支えが壊れたらしい。
「うへぇ、うへぇ!」
吹っ飛ばされて。
壁に叩き付けられ。
本棚に押し潰される。
俺が何をしたって言うんだ。
頼んだのはこっちだけどここまでするなんて。
どう考えてもやりすぎだろうジジイ。
「ほほう、やはりすごいのぉ」
「うへっ、うわっまだ落ちてッ、どうなって!」
「わふわふッ!」
ふぅ、ようやく頭に本が落ちてこなくなった。
と、その同時に俺は自身の体がやけに
「あんな攻撃受けて、全然、痛くない?」
「うむ、見た感じ厚い『剣気圧』じゃと思っておったが……やはり恐ろしく硬い『剣気圧』じゃ。わしの拳では歯がたたんレベルとはの」
タングじいさんは先ほど使用した、拳という名の凶器をまじまじと見つめながら言った。
壁際で起きている大惨事のことはあまり気にしてないようだ。
「普通は『剣気圧』を用いた攻撃は『剣気圧』の防御力に有効なんじゃが……坊主のソレは特別製じゃの。厚すぎでわしの圧じゃ防御を超えられんかった」
「防御超えてたらどうするつもりだったすか……」
拳観察をやめてタングじいさんは鋭い視線をこちらに向けて来た。
品定めでもするかのような注意深い視線だ。
「じゃが、これは本当に驚いたの。ポテトデテステンの時は圧を纏ってなかったと思ったんじゃがな。
やはり坊主は天才じゃったということかの。末恐ろしい子供じゃ」
「へへへ、そうですかね。やっぱ天才ですかね? うへへ」
「さっそく浮かれておるの」
「あれ? わかります? うへへっ」
浮ついた心はバレバレだったようだ。
「自惚れるのも仕方ないレベルのことじゃが……しかしの坊主、才能に飲まれてはいかんぞ? なんでも上手くできるからと他者を蔑ろにしたりなどもってのほかじゃ」
「うへ、へ……あぁ、才能、ですか」
才能に飲まれてはいけない、か。
はは、俺は飲まれたかったんだけど……ね。
「なんでも上手くなんて行ってませんよ……僕は何にもできない無能なんです。自分を過大評価し過ぎて、もうたくさんの時間を無駄にしてしまいましたし」
タングじいさんの「何でも上手くできる」
その言葉を聞いて魔法を勉強した日々を思い出していた。
自分の理想を追い求め続けて、自分の出せる最大の熱意を持って勉強に取り組んだ日々。
それだけの熱意と気力、多大な時間をかけて何も得られなかった悔しさ。
思い出すだけで浮ついた気持ちは一気に冷めていく。
「うむ、魔法のことはアディから聞いておる。坊主、お主は少し要領が良すぎるから勘違いしておるかもしれんが……人間なんてものはの、なんでも上手くこなす必要なんて全く無いんじゃよ」
「そんなのわかってますよ」
「いや、坊主はわかっておらんな。人なんて自分の好きな、あるいは得意な、これだ、ってやつがあればそれでいいんじゃ。
わしなんて鉄を打つしか脳の無いジジイじゃしの。こんな1つのことしか出来ないわしを坊主はバカだと無能だと思うか?」
「だって……タングさん鍛冶屋ですし」
タングじいさんは鍛冶屋だから鍛冶の腕が一流ならそれで問題なんて無い。
「そうじゃな、わしは鍛冶師じゃから鋼を打てればそれで良い。じゃが生まれた瞬間から鍛冶師だったわけじゃない。
いろいろやって、それこそお主が言う無駄な時間をたくさん過ごして今のわしがある。
若いころは圧を纏えるくらいには剣を振っていたが今じゃせいぜい鍛冶場で怪我しないくらいにしか役立っておらんしの」
老人の言葉には力が宿っていた。
自分よりずっと長く生きて、多くの経験を積んできた、年長者特有の貫禄というのだろうか。
「たくさん寄り道して、たくさん
剣と同じじゃ。人は人生に打ちのめされて強く丈夫な粘りのあるものへ鍛え上げられていくんじゃ。それを3歳のガキんちょが『時間を無駄にしました』などと……はんっ、笑わせるでないわ。何も無駄になどなっておらんではないか。
今まで勉強して学んだ知識は自分が使えなくともきっと役に立つときが来る。
今じゃなくてもきっと役に立つ、無駄じゃない。坊主のやってきたことの全てがお主……
「
言葉が心に深く染み込んでくる。
不思議な高揚感が身体中を駆け巡るのがわかる。
「そうですよ……ね? 俺の勉強した詠唱も魔術言語も魔法陣も無駄なんかじゃない」
タングじいさんの言葉は俺の中の伊介 天成のこともを肯定してくれているようであった。
エヴァやアディ、両親に感じていた負い目。
自分が純粋な彼ら赤子ではなく転生者であるという負い目。
もしかしたら俺が転生しなければ、本当のアーカムが生まれていたかもしれないのにという負い目。
それを元の世界を生きてきた伊介 天成を含めて、俺は「アーカム・アルドレア」であるんだと認められたような気がしたのだ。
全ては俺の勘違いで、俺が転生したことは道徳的に非難されるべき大罪なのかもしれない。
両親に告白せずのうのうと生きるのは間違いなのかもしれない。
それでも俺はもう迷わない。
伊介 天成の18年間は全てアーカム・アルドレアが引き継いだのだから。俺はもう伊介 天成ではなくアーカム・アルドレアなのだ、と俺は本当の意味でようやく気がついたのだ。
俺と僕がアーカム・アルドレアなのだ。
「じゃからの、もう何も無駄だったなんて考えなくていいんじゃ。まだまだ先は長いぞ? 人生の大先輩が言ってやってるんじゃ。黙って信じておけい」
なんだよ筋肉ジジイのなのに……。
いいこと言いやがって。
「そうですよね。何も無駄じゃない……それにいままでの
「……? まぁそういうことじゃ。だから気を落とすでないぞ? 下を向かずただひたすらやってみればいいんじゃ」
「ええ、わかりました!」
俺は席に着きどでかい老人にぺこりとお礼をした。そうして熱く吹き抜ける新鮮な風を胸に、ぬるくなってしまった紅茶をいっきに飲み干した。
ー
その晩、アルドレア邸の食卓は久々に明るい雰囲気につつまれていた。
きっと愛しいひとり息子の俺が、2年間の呪いに終止符を打ち、外の世界へ興味を持ち始めたからだ。
明るい空気。
美味しい夕食を口いっぱいに頬張る。
なんとも幸せだ。
会話の流れに乗って、タングじいさんと話した
「うーん! よしよし!」
「わふわふっ!」
「父さん」
「どうした、アーク?」
シヴァを撫でる手を止めるアディ。
俺は両の手を広げ全身をアピールして父親に問いかける。
「えへへ、何か気づきませんか?」
「ぇ、何かって、うーん。何か、か……あぁなるほど、今日はお母さんが3割り増しで可愛いな!」
「いや、そうじゃなくてですね」
息子が剣気圧を纏っているということに言及してほしかったのに、エヴァの可愛さへ話が流れてしまった。
またイチャつき始める口実を作ろうってんだろ?
もう知ってるよ。
「ふふ、そんな当たり前のこと言われても全然嬉しくないから!」
エヴァは頬を朱色に染めて実に楽しそうに言った。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「母さんが可愛いのはいつものことでしょう。そんなんで点数稼ぎしないでください。僕自身のことで何かありません?」
エヴァがもっと嬉しそうになったが構うと面倒なので放っておこう。
「うーん、アークのことでかぁー。身長伸びたー?」
「適当すぎです。そんなの毎日伸びまくってますよ」
なんだこのアディは。
俺のことに限定した瞬間から適当になりやがって。
「って言ってもなぁ……見えるところの変化か?」
「それは、どうでしょう.……ちょっと僕にもわかりませんね」
「なんだそれ?」
言われてみれば剣気圧は目に見える物なのかは不明である。
タングじいさんは見た瞬間わかったと言っていたが、それが
剣気圧を纏える者は剣気圧を纏っている者がすぐわかるらしいが、俺自身には自分の纏っているという剣気圧は見えないのだ。
「目に見えるかわからないのか。そんじゃ何かヒントくれよ」
「ヒントですか。そうですね纏うとか纏わないとかって話です」
「纏う、纏わない……か」
「そうです」
大ヒントだろ、これ。
剣気圧のことを少しでも知っているなら、そろそろひらめいてもいいんじゃないかい?
「あ! もしかして!」
来たか。流石にデカイヒントをあげ過ぎたか。
「魔法が使えるようになったとかか!?」
「ぁ、」
「あ、ちょ、アディ!」
殺されてーのか、この親父は。
まったくそこだけは触れて欲しくなかったのに。
「はぁ……違いますよ」
これは本格的にわかってないな。
アディはたまに調子に乗るが、魔法にコンプレックスを持ってる俺に対して傷口をえぐるようなことはしない男だ。
なので今回はシヴァをけしかけるのは見送ってやろう。
「ぁ、やべ.……」
「ちょっと、ほんとにバカ!」
「わふわふ」
うーん、俺が剣気圧を纏ってるかわからないってことはアディは剣気圧を纏えていない?
となるとアディは剣士としてタングに劣るのか?
鍛冶屋のおっちゃんに負ける冒険者の父親とか見たくないんだけどなぁ。
そういうのはダー◯ソウルだけでいいよ……もう言っちゃうか。
「ごめんなアーク。お父さん調子に乗ってたよ。この通りだ。許してくれとは言わないからーー」
「正解は剣気圧です」
「ん?」
「ぇ……?」
食堂が静まり返る。
と、
いいや、ここは場面を置き換えて、
と、なかなかうまく行ったかな?
恥ずかしい、駄作にもほどがあるだろ。
なんか火災現場みたいな俳句になってるし。
弾ける薪の音に耳を傾けていると、静まり帰った居間に時間が戻ってきた。
「剣気圧って、あの剣気圧のこと?」
再起動後の第一声はエヴァの要領を得ない質問だ。
俺はタングじいさんからの情報を頼りにざっくり答える。
「剣士の方たちが使ってるって言うやつです」
「あ、そうなの……」
エヴァは再び静かに考え込むように黙ってしまった。
「え、それって今アークが剣気圧纏ってるってこと?」
「そうです」
「…………なんで?」
「それは僕も聞きたいです」
「そういう感じか。それじゃあ……なんで剣気圧なんて纏ってると思ったんだ?」
「タングじいさんに剣気圧で殴って確かめてもらいました」
「ぇ……タングに殴られたの?」
アディは意味がわからないといいった雰囲気で、天を仰ぎ顔を両手で覆ってしまった。
混乱すること言い過ぎたかもしれない。
タングじいさんに殴られた話は後回しにするべきだったか?
両親の反応を待つ。
再び訪れた静寂を黙って耐えていると、途中アディから「そっちの才能があったかぁ~」と薄く聞こえてきた。
が、それでも俺はじっと両親のアクションのを待った。
やがてアディが痺れを切らしたように口を開いた。
「なぁ、アーク……剣士とか興味ないか?」
「まぁ……そうなりますよね」
どうやら事態は概ね予想通りの方向へ向かうらしい。
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