第35話 朝の目覚めとお別れ
心地よい朝の目覚め。こんなに目覚めの良い朝は初めてかもしれない。そんな感想を抱きながら、私はベッドからむくりと起き上がった。
「ふぁ~ぁ。あれ、志穗ちゃんは……?」
ベッドを降りて大きなあくびをしながら、両手を上げて寝ている間に凝り固まった筋肉をほぐす背伸びをする。そこで横に寝ていた筈の彼女が居ないことに気付いた。布団の上に手を当てるが冷たくなっていた。
先に起きたのだろうか、寝室の中には姿が見当たらない。彼女の姿を探しながら、リビングへと向かう。すると部屋の先から味噌の良い匂いが漂ってきた。どうやら、キッチンから漂ってきている。誰かが居る音が聞こえてきた。
「おはようございます、伊礼さん」
「あ、おはよう」
自分はまだ夢の続きを見ているのだろうか。そう錯覚するほどに、今見える景色が信じられなかった。美少女が私の家で朝ごはんを用意してくれている!
「朝食を用意したんですけど、お腹は空いていますか? 食べられますか」
「もちろん!」
ブカブカのパジャマ姿でキッチンに立って朝食の準備をしていたのは、先に起きていたらしい志穂ちゃんだった。
「もう少しで料理が完成するので、先に顔を洗って支度してきて下さい」
「はい、わかりました」
年下の可愛い女の子から、子供のように扱われてしまう。でも私にとっては最高のシチュエーションだった。言われた通り急いで洗面台に向かい、顔を洗う。タオルで強く拭いて気合を入れ直した。朝から思わぬ展開、私にはちょっと刺激が強すぎた。興奮する気持ちを落ち着かせないと。
顔を洗ってダイニングに戻ってくると、テーブルの上に出来上がった料理を並べる志穂ちゃんが居た。
「わざわざ、朝食の準備をしてくれたのね」
「はい。先に目が覚めたんで、昨日の食材も残ってたんで丁度いいかなって」
可愛くて、気が利いて、料理も上手いなんて完璧過ぎる。お嫁さんにしたい美少女ランキングがあればナンバーワンだろう。
席について、手を合わせていただきます。昨日も見ていて思った事だけれど、彼女は食べてる姿にも気品があって綺麗だと思う。見てるだけでご飯がすすむ。
「ありがとう。でも志穗ちゃんが起きた時に、私も起こしてくれてよかったのに」
「気持ちよさそうに寝てたんで、アレは起こせないですよ」
そう言って可愛らしく微笑む彼女。一体どんな感じで自分は寝ていたのか、寝顔を見られたなんて恥ずかしすぎる。でも志穗ちゃんが、笑ってくれたので良しとする。
「朝ごはん、普段は抜くからなぁ。朝に味噌汁を飲むなんて事が久しぶりかも」
「ちゃんと朝ごはんも食べてくださいね」
身体に染み渡る朝食らしい味、美味しいお豆腐の味噌汁だ。確か家に味噌は置いてなかったから、昨日の買い出しの時に購入していたという事か。つまり昨日の時点で朝食を作ることも視野に入れてくれていたのかな。
「実は、残った食材を使い切って作り置きしてあるんで。お昼に食べて下さい」
「本当にありがとう」
正直、冷蔵庫の中に食材を残されても料理するかどうか分からない。普段から料理をしていないし、残された食材は使わず腐らしてしまう可能性が非常に高い。それを見越して残った物を作り置きしてくれているだなんて、感謝しかない。御礼の言葉を伝えると志穗ちゃんは恥ずかしそうにして話題を変えた。
「そういえば、このパジャマは伊礼さんのですよね。昨日の夜、私はお風呂上がりに気付いたら着せられていたみたいなんですけど。これを着せてくれたのは、伊礼さんですよね。ありがとうございます、私途中からほとんど寝ちゃってて」
「大丈夫だよ。逆にありがとう」
「?」
ブカブカのパジャマ。袖と裾を折りたたんでなんとか着ているが、私と彼女とでは身長差があって致命的にサイズが合っていない。だけど可愛い子なら何を着ていてもカワイイ。
昨日のおねむで甘えん坊の志穂ちゃんを思い出してしまって、再び幸せな気持ちになる。ゲーム内でのキリッとした態度とか、今の家庭的で凛とした姿もいいけれど、昨夜の様子と比べるとギャップがあって素晴らしい。いろいろな志穂ちゃんを、見ることができた。
お風呂に入った時なんか誰かと一緒に入るということに慣れていないのか、ずっと恥ずかしがっていて可愛かった。一生の思い出だ。
とても美味しい志穂ちゃんお手製の朝食を食べ終わって食器の後片付けをしていると、また気付いたことが一つ。
「もしかして、部屋の掃除もしてくれたの?」
「あ、はい。簡単な片付け程度ですけどキッチンとリビングを。勝手にやっちゃってスミマセン」
「いやいや、むしろ助かったよ。本当に」
明らかに、昨日の夜と比べると綺麗になっているように見える。そして、仕事部屋等には配慮して立ち入っていないようだ。本当に気が利く子だった。ぱぱっと朝食の片付けを終えて、来たときよりも美しい状態になった私の家。整理整頓されていた。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
「え、もう?」
帰宅の支度を終えると、あっさりとした感じて告げられた志穗ちゃんからの言葉。それを聞いて私は急に寂しさが込み上げてきた。もう一泊していく? と馬鹿な言葉が口から出そうになったが押し止める。
「多分、ママが心配してるんで早めに帰ろうかと」
「ごめんなさい、昨日は無理に引き止めて一泊させちゃって」
「いえいえ全然! 大丈夫ですよ、すごく楽しかったです。むしろ私もお泊りしたいと思ったんで」
駅前まで見送ろうかと言うと、ここでお別れして大丈夫ですと言われてしまった。私も、駅まで付いていったら別れが更に辛くなりそうで、ココで別れたほうが良いと思って自宅から見送ることに。
「それじゃあ、次は打ち合わせの時に」
「ゲームの中でも会えるよね」
「あっ! そうですね」
名残惜しいが、もうお別れだ。昨日一日は、とても楽しかったし今朝も夢のような時間を過ごさせてくれた。一気に彼女との親密度も増したと思う。顔合わせができて本当に良かった。
「じゃあ、もう行きますね」
「うん。バイバイ」
私が手を振って見送ると、志穂ちゃんは振り返ることもなく颯爽と帰っていった。彼女が帰った後、自宅がいつもより広々と感じて、ちょっとだけ寂しくて泣きそうになった。
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