第52話 アリサ救出..そして

「ま、護ぅ、い、伊織ぃ...」


 ネウロを撃破したと同時にガブリエルが意識を取り戻した。

 その瞳からは何か切なさとやりきれない自分を物語っている。


「おっ? 気が付いたか?」


「ガブリエルちゃん大丈夫? 怪我の具合は?」


 気遣う二人に、ただ黙って頷くガブリエル。自然と涙がこぼれだした。


「た、頼む。アリサちゃんを助けてくれ..あの大木にアリサちゃんが..このままだとアリサちゃん死んじゃうよぉ」


 あの強気で負けん気なガブリエルがここまでして二人に頼みこむ光景を目の当たりにし、いてもたっても居られずにいた。


「しょうがねーな、この借りは高くつくぞ!」


「わかったぜ! 護」


 急に喜びの表情を見せたのだが、妙にガブリエルの視線が熱い。伊織にはガブリエルが護にときめいているようにしか見えていない。


「まさかね..」


 この時までは疑問だけだったが後に確信なるとは伊織はまだ知らない。


「さて、どうしようかな..この木燃やせば早いんだが中にアリサちゃんがいるとなると」


 アリサを無傷の状態で救出するために難題が押し寄せる。万が一アリサに傷を負わせれば、全国の、全世界のアリサファンを敵に回す事になる。護に焦りとプレッシャーがのしかかる。


 考えろ! 考えるんだ! そう頭の中で言い聞かし、足りない頭をフルスロットル。護の中で再び紫音とのイチャラブ妄想が走り出す。


「紫音ちゃん、俺、どうしたら...」


「まも君、そんなに気を張らなくてもいいよ。君は頑張ってるじゃん。私知ってるよ、まも君はいつも私を見てくれている。例え世界を敵に回しても、私はまも君の味方だよ」


 その一言で護は救われた。その状況を見ている伊織とガブリエルは何をやっているんだ? こいつはと白けた表情を浮かべていた。二人から見れば、護がただ、ボーっと突っ立っているようにしか見えていない。


「まも君、燃やせないなら切ればいいんだよ」


「切る?」


 何の事やらさっぱり、紫音の声が段々と薄れていく。


「いつも...まも君を...見守ってるからね...」


 しばらくして、護が動いた。魔力を剣として具現化させる事に気がついたのだ。しかし、コキュートスと戦った時は魔力増幅アイテムがあったが、今はない。


「ねぇ、宮本さん、今の俺に魔力の具現化できるかな?」


「えっ?」


 しばらく黙り、重たい口を開きだす。


 魔力の具現化は、本来B級クラスからじゃないと扱いが難しい技。D級の護がそんな事をしたら護の身を滅ぼし兼ねない。


「か、神里君は、まぁ、その、そこそこ強くはなって来ているし、だ、大丈夫じゃないかな?」


「ありがとう、やってみるよ」


 アリサを助けるためとは言え、無責任な事を言ってしまった。神よ許したまえ。心の中で懺悔する伊織。頼むから失敗してくれと祈るばかり。


「我が魔力、剣となりて具現せよ!」


 手を上に掲げ、魔力を一点集中。徐々に魔力が剣へと模られていくはずだった。


 ....ボン!!


 魔力をコントロールできず、敢え無く失敗。集中した魔力は暴発し、小規模の爆発を引き起こした。


「だ、だめか...」


「護ぅ頑張れ」


 がっくり膝をつく護。期待を込めて応援するガブリエル。ネウロとの戦いで魔力が残り少なくなってきている。


「諦めるな! 護。アタシがついてるぞ!」


 とは言ったものの、ガブリエルには応援する事しかできない。だが、ガブリエルの期待に満ちた表情に伊織は疑いを感じ始めた。


「もしかして、ガブリエルちゃん恋してる? まさかね..」


 護は目を閉じて再び集中、紫音との妄想に走り出した。


「俺、できるかな?」


「まも君はいつも、追い込まれてからが凄かったじゃん。だから今回も大丈夫だよ」


「だけど、さっきは失敗した。もう魔力がほとんどないよ」


「君はいつからそんな弱気になったのかな? そんな弱気なまも君嫌いだな」


「えっ? ごめん紫音ちゃん」


「もうしょうがないな...」


 妄想の中の紫音が護の顔に手を当て、ほっぺに..チュッ。


「こんな事恥ずかしいんだからね。超レアな事だからね。元気出た?」


「紫音ちゃん!」


 妄想の中で護が慌てふためくが、直ぐに落ち着きを取り戻した。


「紫音ちゃん、君がいるから俺は頑張れる! だから見てて」


 一つまた一つと深呼吸をし、精神を研ぎ澄ます。


「神里君! 無茶だよ! これ以上やったら君が滅びるよ」


 伊織の制止も空しく、護は誰の声も届かずただ一点に集中していた。


 手に集まる魔力の流れが伝わってくる。紫音の温もりが伝わってくる。紫音が背中を押してくれている。今ならやれる!


「我が魔力剣となりて具現せよ!」


 手に集められた魔力が次第に渦巻、徐々に剣の形となって現れた。


「う、うそでしょ?」


「すげーぞ! 護ぅーー」


 伊織とガブリエルは驚きのあまり拍子抜けした。D級クラスの護が魔力の具現化を成し遂げたのだから、驚くのも無理はない。


「紫音ちゃん見てて」


 剣を振りかざし、目の前の大木めがけて一気に振り下ろす。一歩間違えば、アリサごと斬ってしまうのに護には迷いはなかった。


「うおぉぉぉりゃぁーーーー!」


 垂直に振り下ろした剣が大木の真ん中に切り込まれる。


 何も起きないかと思われたその数分後、大木に亀裂が走り真っ二つに裂け始めた。


「やったか?」


 不安そうに見守る三人。裂け目からアリサが無傷の状態でその姿を現すが、意識を失ったままであった。


「アリサちゃんしっかりしろ!」


「いけないこのままだと衰弱しちゃう」


 そう言って伊織はアリサの体に手を当て、自分の魔力をアリサに流し込む。護はと言うと、そのまま座り込み動けない状態で放心状態。はっきり言ってもう使い物にならない。


「お願い! 意識を取り戻して!」


 伊織の魔力ももう限界、このままだと伊織も倒れてしまう。


「アリサ...」


「だ、誰?」 


 意識が朦朧とする中、アリサは夢を見た。温かい温もりと優しくどこか懐かしい温もり。


「お、お母さん?」


「えぇ。アリサもうあなたは自由よ」


「どういう事?」


「ネウロは死んで私の呪いも解けた。もうあなたを苦しめる事もないの。今までごめんなさい...」


「じゃあ、また一緒に暮らせるの?」


「そうね。いつか種族の違いの壁を越えて皆が仲良くできたら良いなて母さんは思ってる。だからねアリサ、あなたの歌を待ち望んでいる人達のためにも行きなさい」


「待って! お母さん」


 意識を失ったアリサの中に現れた母親。それはとても優しく温かい温もりだった。そしてアリサは悟った。母親の呪いは解けたが、母は病と闘い力尽き旅立った事を。魔族でも病気には勝てない事も。


「お母さん、私、天界や人間達と仲良くやっていける事を証明するね! だけど、一部の人間しか私が魔族だって事は知らないけど」


 うっすらと白い光が段々と眩しくなり、アリサは意識を取り戻した。


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