主人公、油断をつかれる 2
「私は準備のために先に戻る。お前達は彼を治療した後に帰還しろ」
わずかに見出せた隙をついて目的の人物に対する襲撃を成功させた後で、男は控えさせていた部下たちにそう告げてから、すぐにその場を離れた。
●
魔女からは手を出すなと釘を刺されていたが、個人で国を動かすことができるような厄介そのものを放置できるほど、自分は悠長な性格をしていないし。
……あれは放置していいものじゃない。
魔女との話が終わった後で状況を再確認し、その後の彼の動向は常に報告させていたから把握していた。
だから、どうやら彼は騒動に巻き込まれやすい体質らしい、ということは知っていたのだ。
報告の中には必ずと言っていいほど、何かしらの問題を解決したという内容が入っていたくらいなのだから、そんな認識になるのも当然のことだった。
……ただ、報告書を笑って眺めていられたのも最初の内だけだ。
なぜならば、巻き込まれる問題とその原因となる相手が徐々に大きくなっていったにも関わらず、彼は変わらずそれを解決し続けていたからだった。
……それが、誰かに協力を仰ぎつつ、仲間を増やしながらであればまだ理解できた。
許容することだってできた。
ところが、彼はただ一人でそれを成し遂げ続けていたのだ。
……そこに加えて、今回の案件だ。
国を相手に戦争をふっかけて勝利するだなんて、一人でやっていいことじゃあない。
そりゃあ、やろうと思ってやれる人間がいることは知っている。
魔女なんかはその代表格と言っていいやつだろうし。
自分でもその気になればやれないことはない、と思ってはいた。
……それでも、彼ほど鮮やかにはできまいよ。
じわりじわりと、布に水を染みこませていくように。
魔術による仕掛けを重ねて、最小限の犠牲で頭を抑えることは、容易く出来ることではなかった。
……必ずどこかで誰かに気付かれるからだ。
おそらく今回も彼の動きに気付いていた人間がいたに違いないと思われるのだが、そういった者達が彼を止めるに至らなかったことを考えれば、魔術だけでなく情報の使い方もうまいのだろうということがわかる。
そして、それらの情報を踏まえた上で最も厄介だと思わされる点は、そんな彼の行動原理が感情的なそれでしかない、ということだった。
――気に入らない状況を解消する。
彼の行動原理はそれだけだった。
……そんなもんで今の安定した状況を崩されるなんて、たまったもんじゃないっての。
あれを楽しく眺めていられるあの女の神経はマジでいかれてる。流石は長生きしている暇人だけあるってもんだ。
でもさ、刺激を求めるにしたって限度ってもんがあるだろうが。
……俺が実際に仕掛けるまで時間がかかった上に、それを直前で気取られたんだぞ?
彼がこの世界に来てからの経緯と時間を考えれば、現時点で既に、その魔術の腕と隙の無さは常軌を逸していると言っていい段階にあった。
このまま行けばあの魔女すら脅かすほどになるのではないかと、そう思ってしまいそうになるほどにだ。
……あの女はそれもよしとしそうではあるけどな。
だが、自分はそうもいかなかった。そうしてはやれなかった。
立場的にも、心情的にも、自分を脅かしうる要素を放置はできなかった。
――だから問題があるとすれば、ふたつだけだった。
ひとつは当然、こちらの行動に対して何かしらの反応を示すだろう魔女についてだが。
これは内容の予測がつかない以上は対症療法的に対応をしていくしかないので、そこまで気にする必要はないと思っていた。
より重要な――不安の残るもうひとつの問題点は、どこまでが彼の想定している状況であるのか、ということだった。
直前に気取られてしまったとは言え襲撃は成功しており、彼の意識が今完全に落ちていることは間違いない事実であったし。
現在進めている処置が完了すれば、彼が自分にとっての脅威となる可能性はほぼなくなることにも疑いの余地はなかった。
――それでも、わずかにだが不安を感じる理由はあった。
「……笑っていたからな」
こちらの一撃が彼に届き――痛みによってか出血によってかは定かではないが――意識を刈り取るその直前に、彼は確かに笑みを浮かべていたのだ。
――その笑みが、してやったりと言っていたように思えてならなかった。
想定通りの展開だと、こちらを笑っていたように思えてならなかった。
「…………」
しかし、仮にそうであったとしても、始めてしまった以上は状況を進める以外に選択肢など存在しなかった。
「……うまく終わらせるさ」
そこまで考えたところで、自分に言い聞かせるようにそう呟いて思考を中断し、対応を進めるための作業に移ることにした。
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