主人公、少しだけ胸の内を明かす 1-1
「秘密主義のあなたが答えを教えてくれるとまで言ったんだから、来るに決まってるでしょうが」
街を去る準備を整え、大事の前だからと、とびっきりの贅沢をしながら寛いでいたところに現れた女に向けて言った挨拶代わりの嫌味に対してそんな言葉が返ってきて。
――そりゃあそうだ、と。
彼は女の言葉に内心で納得しつつ、部屋の外で控える店員に料理そのほかを一人分追加する指示を出した。
●
「――しかしまぁ、別段嫌味のつもりで言ったわけでもないんだがな。
正直な感想でもある」
店員が彼女のための料理や飲み物を持ってきた後で。
目の前に置かれた料理に呆れたような驚いたような彼女の反応に小さな笑みを浮かべつつそう言うと、彼女は一瞬だけ怪訝そうな顔を浮かべてから、こちらを睨むように視線を鋭くしながらこう言った。
「あれが嫌味じゃなかったらなんなのよ」
彼女の視線に、おおこわ、などとおどけて見せた後で、酒を一口飲んでから言う。
「人の話を聞いてなかったのか? 嫌味ではなく正直な感想だったと言ってるだろう。
……今の時間を考えてみろ。
こんな時間まで人を探してる、なんて考えないほうが普通だと思うがね」
こちらの言葉に納得できる部分もあったのか、彼女は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて視線を外すと、自分のコップに注いだ酒を口につけた。
言い返したかったがうまい言葉が出てこず、その悔しさを酒と一緒に飲み込んだ、というところだろうか。
……まぁ俺も彼女の立場だったら、そんな反応しかできなかっただろうけどな。
なぜそうなるのか。その答えは簡単だった。
――この世界における基本的な生活リズムが、日の出とともに起きて日没が来れば眠る、というものだからだった。
生憎と学のない人間なので、元の世界でいつ頃から夜型人間が増えて行ったのか、なんてことは知らないけれど。
少なくともこの世界においては、そんな人間は多くないことを知っていた。
そして夜型人間が少ない理由もまた単純明快で、夜間に活動するためには無駄に金がかかるからであった。
――この世界の人間は、一部の例外を除いて、夜闇の中で昼間と同様に行動することはできない。
したがって、夜に何かをしようと思えば明かりが必要となるわけだが、それらはタダで使えるものではなかった。
……というか、高くつきすぎる。
元の世界であれば、住んでいる場所の社会基盤が整っていると格安で電気が使えた。
だからいくらでも夜更かしできたわけだけども、この世界には電気を用いて何かをするという考え方やそれを実現するための技術などは普及していないのだ。
……まぁこの世界も広いみたいだからなぁ。
探し回れば電気を使って行うようなことを魔術で実現できる人間もいるとは思うのだが、探す労力と貴重な技術を使ってもらうために支払う額を考えれば、どうしたって割に合わないことだけは明白だった。
だから、大体の人間は日が落ちて闇が濃くなれば、活動を控えるというわけだ。
しかしそれは、金の問題さえ解決できるのなら障害にはならないということでもあった。
「……こんなところに居るとは思ってなかったから、探すのに時間がかかったのよ」
特に会話をするでもなく酒と料理の味を楽しんでいたところに、ふとそんな言葉が聞こえてきたので視線を動かすと、つい先ほど見たのと同じ苦い表情のままこちらを見る彼女の視線とぶつかった。
せっかくのうまい酒と料理だってのにそんな表情をしながらじゃ楽しめないだろうと、そんなことを思いながら彼女の言葉に応じるように口を開いて言う。
「最初に伝えた通りの場所に居るつもりだがな」
「……あんたはここがどういう場所かわかってるの?」
こちらの言葉に、彼女は呆れと困惑を滲ませた小さな笑みを浮かべながらそう問い返してきた。
その問いかけの意図は何かと考えてから、
――ただ素直に答えるだけじゃあ面白くないなこれは。
なんて思考が頭を過ぎった。
……我ながら珍しく緩んでいるな
そんなことも同時に考えたけれど。今更それを躊躇う理由もないだろうと思い直して、思いついた答えを口にしてみることにした。
「いい大人が悪巧みをするために作った秘密基地だろう?」
そして、そんなこちらの言葉を聞いた彼女はと言うと。
「――――」
絶句をして身動きを止めて、たっぷり数秒はそのままの状態で固まった後で、全てを諦めるような長いため息を吐きながら項垂れてしまったのだった。
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