主人公、同行者とこれからについての話をする 3
「――それじゃあ、まずはあなたが残した書き置きに関する話から始めましょうか」
女が口にした言葉を聞いて、彼は少し意外なものを見たような表情を浮かべた。
●
……てっきり、もうひとつの話題から始めるものかと思っていたんだがな。
少し相手を見縊っていた部分があったようだ、なんてことを考えていると、目の前に座る彼女の表情にわずかな喜色が滲んでいるのが見えてきた。
――相手が今注視しているのは自分だ。
そうであれば、彼女が見せた反応はこちらの変化が原因で。
つまりは思っていたことが顔に出ていたと、そういうことであった。
……まぁ、それはお互い様だというところではあるんだろうが。
そんなことは慰めにもならないか、と内心で溜め息を吐いてから、表情を平静に戻すよう努めつつ、話を進めるべく口を開く。
「別に何の話から始めてもいいんだが。
……書き置きというのは、俺が部屋に残しておいたやつのことでいいんだよな?」
「ええ、もちろん」
こちらの質問に返ってきたのは肯定だった。
だから聞く。
「……逆に聞きたいんだが。あの書き置きについての何が知りたいんだ?」
これは別に、からかうつもりで聞いたわけでもなければ、うやむやにしようという意図があって発言したわけでもなかった。
あの城から逃げるように飛び出してから随分経っているものの――当時の、時間が全くなかった状況で頭を過ぎった懸念は今も覚えているし。
今であれば、当時のそれとは異なる方向性を持つ推測もいくつか持っていた。
そして、それらを話せと言われれば、別段渋る理由もないので拒否するつもりもなかった。
じゃあ何でこんな聞き方をしたのかと言われれば――ぶっちゃけ何から話し始めればいいかがわからなかったからだった。
……考えすぎだと言われればそれまでの話だが。
そもそも相手がどこからどこまでの説明を求めているのかが不明瞭なままでは、話の始めようがないのだ。
だって、質問をしてくる相手だって人間なのだから考える頭はあるだろうし。
そうであれば、既に自分なりの推論を持っていてその正否を確かめたいだけだ、という可能性だってあるだろう。
要は、相手がこちらから引き出したい情報が何なのかを提示して欲しいと、そういう話だった。
「…………」
先ほどの質問を聞いて、彼女ははじめこそ若干苛立ったように視線を鋭くしてみせたものの、しばらく黙ってこちらを観察するような間を置いた後で、溜め息を吐きながら表情を戻して言った。
「……そうね。これはこちらの話の進め方が悪かったと、そういうことなんでしょうね。
わかった、わかりました。
それじゃあ横着せずに、いちから話を始めましょう」
一息。彼女は言葉を選ぶような間を挟んでから続けた。
「私たちが知りたかったのは、あなたがなぜ城から逃げるように出て行ったのか――そうせざるを得なくなった理由よ。
あの書き置きはおそらくそこに関係しているものだろうと、そう考えたから、あの文面に込められていたであろうあなたの意図を教えて欲しいって今聞いてみてるわけなんだけど」
そうして彼女の口から出てきた内容は、大変わかりやすいものだった。
だから言う。
「わかりやすい説明どうも。
つまりは、あの城から勝手に出て行った理由と、あの書き置きが何を伝えようとしていたのかを知りたい、という理解で間違いないか?」
彼女はこちらの確認に、若干うんざりしているような表情を浮かべながら、吐息を吐きつつ首肯した。
……言葉にして確認することは大事なことだと思うんだがなぁ。
彼女の見せた反応にそんな言葉を思いながら、しかし表にはださないように努めつつ話を続ける。
「あんたらが知りたい部分がどこかは理解した。
別段隠すようなものでもないから、それらの質問には答えよう。
――だが、その話を始める前に、前提として承知しておいて欲しいことがある」
「……なによ」
警戒するような様子を見せる彼女に、軽く肩を竦めてみせながら、おどけるような軽い調子で声をかける。
「そう警戒すんなよ。大した話じゃない。
これから話す内容に確証と呼べるものはない、ってそれだけのことだからな」
「――は?」
今度は我慢できなかったのか、彼女がこちらの方へとわずかに身を乗り出すような動きが見えた。
だからその動きを抑えるように、彼女が何かをするよりも早く言葉を重ねる。
「おいおい、落ち着けって。
質問には答えると言っただろう。それは嘘じゃない。
……俺はな、単に予防線を張っておきたいだけなんだよ。
それすら大人しく聞き続けることができないのなら、本題にあたる部分は聞くだけ無駄だと思うぞ。
拒否反応が出てくるだろうことは、今の反応を見るだけで容易に想像できるからな」
すると、彼女はどことなく納得しかねている表情を浮かべていたけれど――舌打ちをひとつ挟んで浮かせていた腰を椅子に下ろしてから、話を先に進めろと無言の視線を向けてきた。
その視線に対して苦笑を浮かべながら、話を再開する。
「当たり前だと思っていることはつい省略しがちだ、というのはあんたも今しがた口にしたばかりだろう。俺もそれを言葉にしておこうというだけの話さ。
――さて、前置きが長くなってしまったが。
前提として認識しておいて貰いたい点はただひとつ。
今からする話は全て俺の主観による感想みたいなもんだからそこんとこよろしく、ってなところだけだ。
なぜそうなるのかと言われれば、俺の行った判断と選択は、俺の持っている情報を元にしたものだが、その情報には推測の域を出ないもの含まれるからだ。
当然のことながら、俺が必要だと判断した範囲においては、それらの推測が確かであるかどうかの調査もしているがね。
世の中には、どうしたって確かめようのないものもある。
俺は何でも知ってるわけじゃない。
だから、話をしている最中にそれらについての感想を言われても、期待通りの対応はできない場合もある」
そこで一度言葉を切って、面倒くさいこと言いだしたぞコイツ、と言わんばかりの表情を見せた彼女の反応に思わず笑ってしまったところで。
「――ご注文の品、お持ちしましたよー」
聞き覚えのある声とともに、顔見知りの店員が今日の昼食を持ってやってきた。
「あなたがちゃんと品物を注文してくれるなんて、珍しいこともあるもんですねぇ」
店員の姉ちゃんは笑いながらそんな言葉を口にしつつ、料理の載った皿をテーブルに置いていく。
「たまには売り上げに貢献してやらないと、本当に出禁を食らう羽目になるからな」
「現時点でそうなってないのが不思議で仕方ないんですけどね」
「色々あるのさ」
「まぁ深入りするつもりもないんでいいですけどねー」
そして普通に会話を続ける店員の姉ちゃんと俺の間を、対面の席に座る彼女が信じられないものを見ているかのような表情で視線を往復させていると。
「――お客様は昨夜もいらっしゃった方ですよね?
再来店いただき、ありがとうございます。ご注文はお決まりですか?」
商品の提供が終わった姉ちゃんに声をかけられてびくっとなり、
「――ご、ごめんなさい。まだ決めてないの」
「いえ、お気になさらず。
注文が決まったときには声をかけてください」
営業スマイルとともに頭を下げられてさらに困ったような表情になって、店員の姉ちゃんがこのテーブルから離れるやいなや、こちらを振り向いてこう言った。
「……注文するのは話のあとじゃなかったの?」
ついでに非難するような視線を向けられたりもしたけれど。
こちらに全く非はないのでこう言ってやった。
「それはあんたの話だろ。
……俺がいったいいつからここに居ると思ってるんだ?
先に居て待ってたんだぜ。普通に注文くらいしてるっつの」
そしてこちらの言葉を聞いて、何も言い返せなかった彼女は何かを堪えるような間を置いた後で大きなため息を吐いて項垂れるのだった。
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