幕間:ある魔女の干渉
――相変わらず面倒な犬を飼ってるわね、あいつは。
強い警戒心を向けてくる目の前の男を見て、魔女と呼ばれる女は内心で溜め息を吐いた。
●
異世界からの来訪者というのは、基本的に注目を集めるものである。
私も彼がこの世界に来た最初のほうから観察を続けているわけだけれど、私と同様に、彼の存在に気付いていて、観察ないし監視をしている勢力は存在していた。
異界の存在は――良し悪しやその程度は結果が出なければわからないが――少なくない影響を周囲に与える可能性があるものなのだから、そういうものが現れたことに気付いたのならば、多少頭が回る勘のいい人間なら気にかけるようになるのは自然な流れだった。
ただ、彼の行動を見た結果として、どういう判断を下し、どんな行動に移るのかはそれぞれの立場によって変わってくるものだろう。
……彼に注目する理由が違うのだから、これもまた当然の話よね。
私のように個人の好奇心で動いている場合は、それこそ自分の命が危なくなるようなことでも起こらない限り、観察対象である彼に直接手を出すようなことはないだろう。
しかし、ある集団の意向によって――すなわち組織の命令で動く下っ端の場合は別だった。
……こいつらほど、余計な手出しをする可能性が高い連中はいない。
なぜなら、そういった連中は必ずと言っていいほどに、何かのために動いているという意識があるからだった。
その理由は様々だろうが――代表的なものを挙げるなら、世界のために、国のために、正義のために、というところだろうか。
……ああ、本当にバカらしい。
何かのために、というお題目は、何かを考えているようで何も考えていないバカどもにとって最も都合のいい言い訳だった。
――誰かが行動をするとき、そこにあるのは、行動した当人が何かしらの利益を得たいと思う感情だけである。
他者の存在など、自分以外の何かなど、他人から責められた際に言い返すためのものでしかなかった。
しかし、何かのためにやったのだという言葉は、他のどんな言葉よりも耳障りがよく、聞き入れられやすいものだと誰もが学習しているもので。
だからこそ、目の前にした脅威に対して排除したいと望んだときに、やるなと言われていたとしても、世界のためにと行動に移すというわけだった。
誰が最もその行為を望んでいるのかを自覚せずに、である。
……まぁ完全にそれを否定する気もないけれどね。
相変わらず妙なところに思考が走る、と自分の悪癖に対してため息を吐いた後で、目の前にいる男を見た。
「…………」
男は警戒心全開とわかる状態でこちらの挙動を見張っていた。
……私はこいつのことを知らないけれど。
相手が身につけているものを見ればどこの連中かくらいはある程度の見当はつくものである。
加えて、身構えた状態でこちらを見る挙動から推測できる練度を考えれば――該当する勢力はひとつしかなかった。
――さて、どう対処したものかな。
別にどこのどんな勢力だろうと敵対することそれ自体に躊躇いはないけれど、面倒事を積極的に増やしたいわけではないのだ。
……余計な雑事は増やさないに限る。
とは言え、何かを決めてしまった人間の意識を言葉で切り替えさせるのは容易なことではなかった。
特に今回の場合は、あいつから手を出すなと厳命されているだろうにも関わらず――つまり事実が発覚した場合に、自分が死ぬことも考慮した上で動くことを決めた人間が相手なのだ。
難易度は更に上がる。
……面倒ねぇ。
少しだけ自分だけで対処してしまう方法を考えたけれど、有効そうなものは思いつかなかったので思索を中断して、ため息を吐いた。
……面倒なときは、安直な方法を採りましょう。
目の前の男を処分することは容易いが、それだと禍根が残ってあとで面倒事が発生する可能性が増すからやりたくなかった。
そして、問題の解決に暴力が使えないなら言葉を使うしかないわけだが――こいつの方針を私の言葉で変えさせることは難しかった。
――だったら。
こいつが言うことを聞かざるを得ない相手にそれをやらせればいいだけの話である。
「……まだ起きてればいいけど、どうかしらね」
というかまだ使えるのかしらこれ、と考えながら、目的の機能を備えた道具を取り出すことにした。
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