主人公、追手の身柄を引き取る 2


 ――本当にこのまま進めていっていいのだろうか。


 一度動き出してしまったからには途中で止めることなど出来ないとわかっていても、そう思う気持ちは止められないな、と。


 そんなことを考えながら、彼は溜め息を吐いた。



                 ●



 ギルドの人間から聞き出した場所から彼女の身柄を引き取り、宿に送り届けた後で、自分の宿に戻った。


 取っておいた部屋に入り、鍵を閉めて――気を抜きたくなる衝動をなんとか堪えつつ、部屋の中を検める作業を始めた。


 危険なものが無いか、誰かが入った形跡はないか。

 その辺りを確認するためだった。


 ……まぁ気休めにしかならんがな。


 宿に帰る道中も、宿についてから部屋に入るまでの間も、注意や警戒を怠っていたつもりはないが。


 所詮は素人のやることだ。

 有効なのかどうかがそもそも疑わしい。


 ――だったらやる意味もないし疲れてるから早く休もうぜ。


 なんて、そんな考えがいつも通りに頭を過ぎったものの、作業の手は止めなかった。


 理由は単純で。

 これをやるのとやらないのとでは、気分が大きく変わるからだった。


 もう少し具体的に言えば、ここに危険なものはなく安全で気を抜いていい場所である、と自分を納得させられる材料を自ら確認するこの行動そのものが、自分を落ち着かせてくれるという身も蓋も無い話だったのだけれども。


 ……これが他人の身の上話だったら笑ってるがなぁ。


 自分の身に起こっていることなので笑えなかった。


 もっとも、こうしないと気を休めることもできない状況に陥ってしまったのは、自分の採った選択と行動が原因なので、自業自得だったりもして。


「……ホント、笑えねえ話だよなぁ」


 部屋の点検が終わり、思わずそう呟いた後で、ベッドの縁に腰を下ろすいた。


 そして身体から力を抜いて溜め息を吐き、脱力した勢いに負けるように、背後の方へと上半身を倒して目を閉じた。


 そうやって目を閉じてからまず頭に浮かんだのは、今日一日を顧みての感想だった。


 ……長い一日だった。


 いやもう本当に、この一言に尽きると言ってよかった。


 逃げ出した国からの追手だという女の相手をして。

 面倒なことを始めた連中に釘を刺して。

 捕らえられていた彼女の身柄を引き取って宿まで送り届けた。


 簡単に言ってしまえばそれだけしかしていないのだが――それだけのことをやるのにどれだけの体力と気力が必要だったことか。


 事前の仕込みが多少効いていたから良かったものの、行動している最中は生きた心地がしなかった。


 相手は言ってしまえばヤクザやマフィアみたいなものなのだから――それらよりは幾分良心的なことも知っているけれど――物事の解決方法に命のやり取りが含まれる相手であることに変わりなく。


 また、そんな連中と敵対して余裕を保っていられるほど荒事に慣れているわけでもないのだから、命の危険を感じて肝が冷えるような感覚を覚えることは、当然と言えば当然の話だった。


 ……何度やっても慣れやしない。


 慣れてしまえばオシマイだとも言うけれど。

 それはさておき。


 まぁ思うところは色々あるが――なんにせよ、事態はほぼ思った通りの状態で収束させることができたのだから、ひとまずはそれでよしとすべき話だった。


 ……それに、嫌な点ばかり思い返しても気が滅入るだけだ。


 百害あって一利なし。


 時間は有限なのだから、もっと有益なことに使うべきだろうとそう思って。


「…………」


 深呼吸をひとつ挟んで、思考の方向を切り替えた。



                 ●



 考えるべきことは多いが、すぐに整理するべき点は今日の騒動で得られたものについてだろう。


 ――真っ先に思いつく、わかりやすい収穫は、やはりギルドの偉い人と話が出来たことだろうか。


 約束させた内容は、もしも叶えば今後の仕事が楽になることは間違いないものばかりなので是非とも履行して頂きたいのだが――無理そうだなぁと半ば諦めていたりもしていた。


 なぜなら、話をつけた相手は確かにギルドの偉い人ではあるのだが、彼はあくまでも、この街にあるギルドの偉い人でしかないからだった。


 ――ギルドは世界各地に手を伸ばす大きな組織だ。


 言い換えれば全国規模の大企業というわけで、そう考えれば、彼は全国チェーンの支店長相当でしかないということがわかる。


 当然のことながら、街の規模や場所に応じて発言力の大小はあるのだろうし、それを鑑みればこの街のギルドは相当大きい方だと考えられる。


 しかし、だからと言って、各地のギルド全てに影響力を持っていると考える方が筋違いというものだった。


 ――では、なぜ約束の履行が叶わないとわかっていてなお、ギルドとの接触が真っ先に思い浮かぶのか。


 それはギルドの偉い人が、こいつに関わるのはまずいと本気で考えて行動を始めるだろう、という点にこそあった。


 歴史の長い大きな組織ほどトップダウンの指示系統になりやすいので、上が縮こまってしまえば下も手を出してこなくなるかもしれない、という期待が持てからである。


 死ぬかもしれないリスクを負って、得られたものが多少枕を高くして寝られそうだという点だけだというのは割に合っていない気がしないでもないが。


 ――現実というのはそんなもんだ。


 得られたものが無いよりはマシ。そんなもんである。


 ――そういう意味では、今回の騒動を通して判明した事実が最も大きな収穫か。


 今回の騒動が起きたきっかけは、自分が追手である彼女に見つかったことにあった。


 しかし、これは想定していた通りであれば起こりえないことだったのだ。


 勇者の位置を特定する道具の存在を考慮しても、判断するのがそれを持った人間である以上、自分のことをそれと特定できない筈だった。


 自分の特徴を詳細に記憶できず、同定することもできない――そんな魔術を使っていたのだから。


 ……実際にはもっと複雑な条件設定はしてあるが。


 自称賢者の女性から学んだ暗示や催眠といった魔術の応用。


 あの村で人間を殺めてしまったあの夜から。二度とそんなことをしないために頭を悩まし、昼も夜も無く、気が狂うような研鑽を続けて使用できるようになった魔術のひとつがそれだった。


 ……ただまぁ、何事も完璧に行うというのは難しいということだよなぁ。


 慎重に効果を確認したつもりだったが、この魔術には効果が適用されない例外というのがあるようで。


 その例外が魔術起動以前に自分を知っていた場合であり、追手である彼女は正にそれを満たす相手だったというわけだった。



                 ●



「……厄介な話だ」


 そこまで考えてから、思考の熱を吐き捨てるようにため息を吐いた。


「一番誤魔化したい相手が対象外とはなぁ。

 ……確かめようも無かったから仕方ないかもしれんが、我ながら抜けてるったらない」


 呟いてから、ベッドに横たえた身体を起こした。


 ……まぁ、仕様の穴が致命的な失敗の前に見つかったのは有り難いことだと考えよう。


 今回一番の収穫はそれだった。


 ――人間というものは、事態がある程度思うように進んでいると疑うということをしなくなる。


 完璧なものなど無いとわかっていても、期待通りの結果がたまたま出ているだけだったという可能性を考えなくなるものなのだ。


 ……そして、その思い込みのの先にあるものこそが失敗だ。


 今回の失敗は挽回できる内容だったが、次もそうとは限らなかった。


 ゆえに、取り返しのつかない失敗が起きる前に見直す機会が得られたというのは、大きな収穫と言っていいことだった。


 ……となると、今の段階で使える魔術の仕様を再把握する作業が必要か。


 まぁ長々と考えていたが――要するに、生き残るためには常に色々なことを考え続けていなければならないという、当たり前の話であった。


「この先、何回同じことを考えるやらわからんがな」


 そんなことを呟いた後で、今日も寝られそうにないという事実に思い至って。


 思わず口から大きなため息が漏れたのだった。


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