第二幕 主人公が手に入れた力をほんの少しだけ披露する話
主人公、追手に見つかる 1
――本当に彼を見つけることができるんだろうか。
次の街に向かう馬車に揺られつつ、窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら。ある王から一人の男を見つけ出せと言われた女は大きな溜息を吐いた。
●
生まれ故郷から随分と離れてきたものよね、と感慨に浸りながら、思い出すのはこうして旅に出るようになった経緯だった。
まぁ端的に言えば国から出て行った元勇者、現逃亡者であるところの彼を見つけるために、その人員として私が宛がわれたという、それだけの話なのだけれど。
私が旅を始めた理由は一人の青年にあり、決して自分から望んで旅に出たわけじゃない、ということは強調したいところだった。
この世界で特別な理由もなく自ら旅に出ようと、生まれ育った場所から離れようとする物好きはそう居ない。
そんなことをするのは、生活上どうしてもそうせざるを得ない事情がある者だけだった。
……行商人とかね。
つまりは、期せずして私もそんな事情を持つ人間になってしまったということなのだが、歓迎したい状況ではなかった。
……別に、生まれ育った街から離れたいと思ってたわけじゃないからなぁ。
近くの街までちょっと旅に出る程度であればまだいいけども。
今回のように終わりが見えない旅になる場合は、住み慣れた家や使い慣れた家具の殆どを処分する必要も出ててくるわけで。
……普通の神経だったら、そんな冒険をしたいとは思わないわよねぇ。
とは言え、私は国に雇ってもらっている兵員の一人であり、国の偉い人――よりによって王様から直々に命令されたとあっては断りようもなかった。
これが、私が優秀だから追跡の任を言い渡されたのだ、と言えれば良かったのだけど。悲しいかな、そんなわけもないのである。
……私は並以上でも以下でもない、普通の人間だし。
なんなら、今回の件で自分が選出されたのは彼を逃がした罰なのではないかと、少し疑ったりもしているくらいだった。
……彼の世話役も、別に望んで引き受けたわけじゃないしなぁ。
全てたまたま、偶然だった。
――しかしそれらの積み重ねによって、なるようにしかならないのが現実というものでもある。
だから、今こうして定期便の馬車に揺られて次の街へと移動しているわけだけども。
……見つけられる気はあんまりしないんだよなぁ。
そもそも、この広い世界で一人の人間を探し出す作業は、非常に困難なものだ。
一応は、彼個人を特定する道具と彼がどの方向に居るかがわかる道具は与えられているけども――彼が残した血を利用したものらしい――ぶっちゃけ役に立つかは微妙なところだった。
前者はそもそも、それらしい人物を見つけられた場合にしか使いようがなく。後者はこの広い世界において方向がわかる程度でどうしろという話なのである。
……最初にこれで彼を見つけられたから、それで見つけられるだろうという判断はわかるけどさぁ。
死にかけていた彼を見つけたときと状況が違うことに、これを自分に与える判断をした連中は気がついているのだろうかと疑問に思ったものだ。
今回の彼は、自分の意思で動き回っているのだ。ずっとそこに居ただけの前回とはワケが違う。
そんな状況を考えれば、これは体のいい厄介払いなのではないか、という疑念が芽生えるのも自然なことだった。
ただ、その疑念は疑念でしかないのだろう、ということも理解してはいた。
……その割には支援が充実しすぎだもの。
探すための手段に乏しい一方で、探し続けるための支援は手厚かった。
国から離れて活動する以上、その支援は基本的には資金援助という形になるわけだが――ぶっちゃけ、旅に出る以前の給与と比較する必要もないほどにお金を使えるようになっていた。
まぁ流石に、無計画に使えばすぐに止まるのだろうと想像できるけれど。
どう使っても安全な旅を継続するには不自由しないだろうと、そう確信できるだけの額が用意されていた。
成果が出るかもわからない、あまり意味を見出せない任務だと、私個人としては強く感じているのだけども。
――支援の厚さに、王様の本気具合が透けて見えるのが正直怖いわぁ。
こんな現状でどうしろと、というのが正直な本音ではあるものの、部下の心情など偉い人には関係ない。
偉い人が欲しいのは、成果だけだ。
そして、もしも成果がこのまま出なければ、見知らぬ土地で孤立無援となるだろう未来が見えてくるわけで。これが怖くない人間が居れば見て見たいものだった。
とりあえず、今の私はもう毎日頭と胃が痛くてしかたなかった。
――だって、いつ支援が打ち切られるのか、私にはわからないし。
なにより、既にこの旅が始まってから三ヶ月ちょっと経っているけれど――まったくと言っていいほど彼の情報を報告できていなかったのだ。
最悪の未来はもしかしたら秒読みかもしれないあたりが、精神衛生上、大変よくなかった。
「……っ」
思わず催してしまった吐き気をなんとか堪えつつ、考え込み過ぎないようにしようと、吐息を吐いて思考を切り替える。
……私だって無計画に色々な場所を回っているわけじゃない。
今向かっている街にも、向かうだけの根拠はあった。
――ひとつは、次の街が交通の要所であるということ。
大きな街と街の間には、いくつかルートがあることが常だけれど、必ずどこかに、ここだけは通らなければならないという道や街が存在するもので。次の街がまさにそれなのだった。
どこに向かうとも知れない彼だが、あの城から離れようとしているのならば、この街を通る可能性は非常に高いと言えるだろう。
――そしてもうひとつは、あの街であれば持たされた道具が役に立ちそうだということ。
交通の要所であるということは、どこかに向かう場合の基点ということでもある。
ざっくりとした方向しかわからない道具であっても、あの街であれば、彼がどこの街へ向かったのかが推測しやすくなるのだ。
仮に彼が街に居たのであれば、居場所を絞り込むことさえ可能となるだろう。
いざ居場所を絞り込もうと思ったら街を隅々まで回る必要があるけれど。
それは、今更気にするような労力ではなかった。
……それに、あとひとつ。
最近噂になっているとある人物が、そこに居る可能性があったのだ。
まぁ噂といっても、それほど広まっているわけではないはずで。誰もが知っているというものではなくて、同業者であれば気付いている、とでも言えばいいだろうか。そういう類のものだった。
その噂曰く、その人物は互助会で紹介されている仕事を、依頼主と直接交渉して、互助会よりも安い値段設定で引き受けているらしい。
最初にこの噂を聞いたときには、こう思ったものだ。
――発想がバカげている、と。
互助会とギルドは世界全体で手広く商売をやっている巨大な組織だ。
そこと敵対してまで中抜きを防ごうとする輩は、まず居ないだろう。
それでも、もしもそんな輩が居るとすれば、それはキチガイか自暴自棄になっている人間か――あるいはこの世界の常識に染まっていない人間に違いなかった。
……ま、あくまで推測だけどさ。
当然のことながら、たったこれだけの情報で噂の人物を彼だと断定することはできなかった。
――しかし、可能性は高いと個人的には感じていた。
噂が出始めた時期も彼が城を出た後だったし、結びつけて考えるのは悪くない判断だろうと、そう思っていたからだった。
ただ、その噂の人物がひとつの街に滞在する期間はそう長くないようで――ギルドや互助会は実力行使も辞さない組織だから当然か――次々に街を移っているらしいことが問題だった。
……噂の出ている街を繋いで進路を予測すると、次の街に居る可能性は高いんだけどねぇ。
着いてからが勝負。それも時間との勝負となることは間違いなかった。
そう考えて、逸る気持ちを抑えられずに、
「御者の兄さん、この馬車もうちょっと速くなったりしない?」
先ほどから変わらない調子で流れていく景色から、馬車の前方、こちらに背を向ける御者に視線を移してそう声をかけてみたものの、
「これ以上速くしたら、馬がへばって逆に遅くなっちまうよ。
今日の夕方には着く。それが最速だ」
呆れたような声音で、そんな返事があるだけだった。
さようで、と返してから、また視線を外に移す。
「……間に合えばいいけど」
見つかるとも限らないんだけどさぁ、とそう思いながら、焦りと不安を吐き出すように、大きく吐息をひとつ吐くことしかできなかった。
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