第35話 潜入!自己啓発セミナー 一日目① 班分け

 梅田は自己紹介をすると、数名の受講者を指名し十分間の感想を求めた。初対面の人に囲まれ落ち着かなかった、隣の人と話せて良かった、などといった言葉が出る。

 感想を聞き終わると、梅田は次の話に移った。


「それでは皆さん、これからこの三日間のグランドルールを話します。心して聞いて下さい。」


 そこからは、このセミナーでの約束事についての話だった。梅田が話したルールは次の五つだ。


 1. 三日間のプログラム全てに参加すること

 2. セミナーの内容を外部に漏らさないこと

 3. 遅刻しないこと

 4. 飲酒は控えること

 5. 話を聞いたら、頷き、拍手すること


 二番目の「内容を口外しないこと」は、既にセミナーの内容はほとんど知られてしまっているのであまり意味がないように思えたが、一応のお題目なのだろう。話を聞いたら拍手する点については、マルチ商法のセミナーでも大げさなリアクションが行われるため、通じるものがあると感じた。自己啓発セミナーのルールがマルチ商法のセミナーにも影響しているのかもしれない。


 その後は班分けが始まった。五、六人で一つの班を作る。ほとんどの人が初対面なので、最初はおずおずと動き出す雰囲気だったが、次第に近場の人達でグループが出来上がった。陽子のチームは、二十代から三十代と思われる男女四人と、五十を過ぎているように見える男性一人、陽子の六人構成となった。


 班分けが終わったのを見て梅田が説明する。


「今後ろに立っている方々は、MASKのマスターコースを修了されたアシスタント達です。ボランティアで参加してくれています。皆さんで自分のチームについてもらいたい方を選んで下さい。」


「ボランティア」という言葉を聞いて、陽子は内心(やりがい搾取じゃないか)と思った。アシスタントが無償であるということも済に聞いていたが、本当に梅田の口から説明されたので驚いた。アシスタントの数は十人以上。受付の女性も並んでいたから、班に付かなかった人は他の仕事を手伝うのだろう。事前にMASKの会社概要を読んでいたのだが、社員がたったの四名しかおらず、どうやってセミナーを運営しているのか不思議だった。しかしここでその仕組みがよく分かった。金を出してセミナーを受けた人間が、タダ働きまでしてくれるのだから運営者は笑いが止まらないだろう。今回のセミナーも、給料を受け取るのは実質一人か二人に違いない。参加者一人辺り九万円として、


 9万円×30人=270万円


 の売上を二人で回収するのだから凄い利益だ。セミナー経費はほとんどが人件費だろう。例えば毎週末にセミナーをやったとして、全コースの平均客単価が十五万円、一回あたり三十人の参加者だとすると、


 15万円×30人×4回=1,800万円


 の売上となる。社員四人で月商千八百万円、年商二億千六百万円である。こんなボロい商売はない。そしてその受講者も、多くがサークルの会員なのだろう。自己投資に加え高額の自己啓発セミナーまで受けさせられるとは、本当に恐ろしい集団である。


 梅田の指示を受け、ばらばらと受講生が立ち上がりアシスタントのいるほうへ向かう。陽子のチームも周りを伺いながら立ち上がり、誰にしましょうか、あのお姉さん優しそうじゃないですか、などと言いながら控えめに候補を確認し合った。結局、「いい人そう」という理由で一番端から二番目に立っていたアラサーくらいの女性にお願いすることにした。女性は薄いカーキ色のシャツにベージュのセンタープレスパンツというオフィスカジュアルな装いで、エミコと名乗った。


 その後は班ごとに分かれて座り、アシスタントの提案に従い互いのニックネームを確認する。陽子は偽名の「三木」から、ミッキーと名乗ることにした。その他のメンバーはそれぞれ、


 ロバート:二十代男性(顔がお笑いトリオの一人に似ていることから)

 ラクロス:二十代女性(学生時代、ラクロス部だったことから)

 ゴン:三十代男性(名字の「ゴンドウ」から)

 アカリン:三十代女性(名前の「アカリ」から)

 ワン:五十代男性(顔が王貞治に似ていることから)


 ということになった。セミナーではこの後、全てニックネームで呼び合うことになる。団結力を高める目的があるようだ。


 ニックネームを付け終わると、このセミナーでのパートナーを選ぶように言われた。ここまでくると若干慣れた空気ができており、手近なところにいる人とパートナーができていく。陽子はそばにいたラクロスとパートナーを組むことにした。


 パートナー決めが終わったところで、梅田から昼休憩が案内され、弁当とお茶が配られた。

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