第25話 吊し上げ会戦士、集結

 家に帰った済は早速、これまでの経緯と、吊し上げ会の計画をFacebookにまとめた。


「……というわけで、三年前に通っていたニューブリッジという店がマルチ商法の巣窟だったこと、その団体が現在マルチ商法よりもさらに危険なビジネスを行っていること、そして最近、再び彼らに勧誘されていたことが分かりました。


 上述した通り、イッチー、ターリーが『サークル』のメンバーである証拠は掴んでいます。ほぼ情報を取り終わったため、無礼な奴らに天誅を下す吊し上げ会を計画しております。奮ってご参加下さい。」


 投稿はしたものの、まず人は集まらないだろうと思っていた。寝る前に反応を確認してみると、案の定いいね!は沢山付いているものの、参加希望のコメントは付いていない。こういったネットの催しに主体的に参加するのは余程の物好きだけで、大多数が見る専であることはこれまでの経験から分かっていた。このため、一人で勝負して後日記事にまとめれば良いかと思い、その日は眠りについた。


 翌朝Facebookをチェックしてみると、予想に反してコメントが二件付いていた。一つは小山内隆二、もう一つは杉永陽子からである。


 小山内隆二とは、Twitterで知り合った。済は学生時代からTwitterで大学での学びと仕事との連続性についてつぶやいていた。済のように実家があまり裕福でない層には、就職先がある程度約束された理工系に進むのが堅実な選択なのだが、世の中にはそれが取り上げられることがあまりにも少なく、一方で起業やフリーランスといったハイリスクな選択肢ばかり持ち上げられるのを問題視していた。その意見に共感してリプライしてきたのが小山内だった。小山内は一度大学の文系学部に入って就職した後、投資で稼いだ金で理系学部に入り直したという努力家で、現在は食品メーカーに勤務している。どちらも生まれが裕福ではない中で進路を選び、何とか生きていける方法を模索した点が共通しており、また小山内が最初に入った学部が仏教学部だったこともあり、仏教徒の済とは話が合った。一度勉強会で会ってからは、よくオフ会や飲み会で誘い合う仲になっている。勿論二人とも選民思想を振りかざす意識高い系が大嫌いだった。小山内は「私も以前から意識高い系をギャフンと言わせてみたかったんです!叩き潰してやりましょう!」とコメントしていた。


 一方の杉永陽子は、学生時代の政治活動仲間である。現在は毎朝テレビで記者として働いている。陽子は親が共産党員で、子供の頃からデモに参加していたというバリバリの左翼サラブレッドだ。済は親が社民党員だったものの(同じ左派だからといって社民と共産の仲が良いかというと、そう単純な話でもないのだ)、政治色の強い親を持った者同士だからか、学生時代から気が合った。就職してからもたまに飲みに出かける仲で、勿論、末端からの搾取を正当化するマルチ商法は蛇蝎のごとく嫌っている。陽子は「こんな搾取をしている奴らを野放しにしておくわけにはいかない!自己批判させなきゃね!!」とコメントしていた。済は「自己批判」という文言が目に入った瞬間に陽子ではないかと思ったが、案の定そうだった。


 知り合いの中でもとびきり「濃い」二人が揃ったことで、事は一気に面白くなってきた。早速二人を入れてメッセンジャーのグループを作成する。


「小山内さん、杉永さん、投稿へのコメントありがとうございました。お二人は僕の友人の中でもとびきり戦闘力が高く、あんな危ない企画に参加宣言されるとはさすがです!早速打ち合わせを開きたいのですが、ご都合いかがでしょうか。」

「青山さんお久しぶりです。このような面白い企画を立ち上げて頂きありがとうございます!私はいつでも調整できますので連絡下さい。」

「済くん久しぶり。搾取犯達を懲らしめるとは、学生時代の血が騒ぐね!今月は平日夜だったら調整できるかも。」

「分かりました!ちょっと僕の予定も確認しますのでお待ち下さい。」


 調整の結果、初回打ち合わせは翌週火曜の夜となった。


 ◇


 打ち合わせの場所は新宿にした。都内にはどこにでもサークルの人間がいる可能性があるため、念の為個室居酒屋を予約してある。店に着くと既に小山内が席で待っていた。小山内は四十歳で、済からすると上司くらいの感覚である。共産趣味者だけあって、週末に合うと人民服を着ていたりするのだが、今日はさすがに平日だからかスーツを着ている。済と話すといつも新興宗教やソ連の指導者など怪しい話になってしまうが、恰幅の良い体格に丸眼鏡を掛けており、見た目は落ち着いた雰囲気だ。

 ※共産趣味者:共産主義に関わる歴史や文化を趣味として愛好する者。共産「主義」者では必ずしもない。


「いやー、青山さんお久しぶりです!今日はよろしくお願いします。」

「小山内、こちらこそよろしくお願いします!今日は普通の服なんですね笑」

「さすがに平日だからねー笑 それにしても、あのサークルについての投稿、凄くディープに調査してて読みごたえがありましたよ!あいつらをギャフンと言わせてやりましょう!」


 作戦についての意気込みや近況などを話していると、少し遅れて陽子がやってきた。こちらは小柄で動作がきびきびしており、見るからに利発そうな雰囲気だ。赤い眼鏡がよく似合っており、グレーのパンツスーツを着こなしている。学生時代はバリバリの政治活動学生だったが、入社してからは社会部に配属されたらしい。


「ごめんごめん!会社出るの遅くなっちゃって。」

「小山内さん、こちら杉永さんで、テレビ局の記者です。さすが記者は激務だね。」

「今日もこれ終わったら仕事よ!まあ楽しいからいいけどね。あ、杉永と言います、よろしくお願いします。」

「小山内と申します。食品メーカーの技術職やってます。青山さんとはTwitterで知り合いました。」

「あー、もしかして学生時代に活動やってた頃かな?あの頃は政治ツイート多くて注目されてたもんねー、最近はすっかりコスプレアカウントになっちゃったからびっくりしてる。」

「まーあれだ、人に歴史ありってことだよ!それより、この前の投稿に反応してくれてありがとう。まさか参加希望者が出てくるとは思わなかったけど、杉永さんの名前見て納得したよ笑」

「私もネットワークビジネスやってる人には何回か勧誘されたけど、あいつら毎回私の地雷踏んじゃうのよね。共産主義の話をしたらすぐに逃げ出すけど。」

「僕と同じじゃないか!笑」


 自己紹介もそこそこに、吊し上げ会の計画に入った。済が考えた計画はこうだ。まず、「会わせたい人がいる」といって市村に声を掛けておびきだす。吉井の時の反応を見るに、簡単に引っかかってくれるだろう。そこで陽子を連れて会いに行き、休日の過ごし方やビジネスの内容といった話を引き出し証拠を固める。陽子を選ぶのは、世代が上の小山内だと相手が警戒する可能性があるためだ。ただし、記者というと怪しまれる可能性があるため、ウェブメディアを運営するベンチャーに勤務している設定とする。


 その後、かつてタケシにやられたのと同じく「師匠がいるから」といって小山内を勝手に呼び出し質問攻めにするのだ。「経営の勉強」や「自己投資」の内容にひとしきりツッコミを入れたら、「というか、さっきの話からですが、あなた『サークル』の人間でしょ。三年前に新橋で勧誘されてたから知ってますよ。」とネタばらしに入る。最後は小山内から「悔しかったら投資で稼いで大学に行き直せば?」の一言でフィニッシュだ。ターリーについては同情の余地があったため呼ばないことにした。二人ともこの案が妥当ということで賛成してくれたため、打ち合わせ後に日程調整に入ることにした。二人の予定を確認した後、市村にLINEをする。


「イッチーさんお久しぶりです!この前と同じく、紹介したい人がいるのですがご都合いかがでしょうか?来月の週末夜でお願いします!」

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