第14話 潜入、脱会者オフ会
脱会者のオフ会は、申し込みから二週間後の日曜夜だった。会場は新宿のビアホールで、三十人程度で貸し切ったともちもちさんは言っていた。歌舞伎町、区役所前と繁華街を通り過ぎ、済が到着した時には既に席がほぼ埋まっていた。皆初対面らしく、自己紹介がそこここで始まっている。済も隣に座っていた人に話しかけようとした時、幹事の挨拶が始まった。
「皆さん今日はお集まり頂きありがとうございます。幹事のもちもちです。まさか元ドリームランドの人がこんなに集まるとは、正直思っていませんでした!笑い話や相談話などあると思いますが、脱会者同士でゆるく繋がっていきたいと思っているので、よろしくお願いします。それでは、乾杯!」
「乾杯!!」
隣の人と乾杯し、軽く挨拶をする。もちもちさんは二十代後半の女性で、受付に立っていたが、空いていた済の隣に座ってきた。すらりと背が高く、黒髪ボブがよく似合っている。
「もちもちさん、今日は呼んでいただきありがとうございます。ワタルです。」
「あっ、ワタルさんですね。こんな集まりによくおいで下さいました。」
「いえいえこちらこそ、勧誘されてただけの人間を呼んで頂きありがとうございます。色々と知りたいことがあるので、今日はお話聞けたらと思ってます。」
済ともちもちの話を聞いて、隣に座っていた三十代前半くらいの男性が話に入ってくる。
「初めましてタクって言います。勧誘されてたんですか?」
「はい。新橋のお店に連れていかれて。師匠に紹介されてる途中で口論になったのでそれ以降は声が掛かりませんでしたけどね。でもマルチ商法の勧誘だとは、全く気付きませんでした。」
「あーなるほど、ニューブリッジですね。あそこ僕もよく行ってましたよ。僕自身は品川で活動してたんですけどね。もちもちさんはどこですか?」
「私は神田、秋葉原周辺ですね。よくプロントでパーティーやってましたよ。」
「そんなに色んなところにあるんですか?」
「ありますよー、山手線内はほとんどいますね。あと、ドリームランドって元々は大阪が本拠地で、あっちにも沢山います。内部では一万人って言ってるけど実際には、五千人とか六千人くらいじゃないかな。」
「全国会議で数えた人が五千人って言ってたから、行ってない人も入れたら七千人とかかな?あ、全国会議っていうのは毎月やってるドリームランドの会議で、幕張メッセを貸し切ってやるんですよ。これで凄い団体!って思っちゃう人も多いんですよね。まあ、こんな人数が毎日毎日街コンに行くもんだから、ほとんどの街コンに潜伏してますよ。そうだ、実は今はドリームランドとは呼ばずに『サークル』っていう呼び方をしてます。あまりに悪評が広まりすぎたのと、ニューステージから契約を切られたからですね。」
「えっ、今はマルチじゃないんですか?」
「マルチじゃないって言ってるんですけど、実態はほぼマルチというか。昔は現金で還元されてたところが、今はサークル内で使えるマイルなんですよね。なのでマルチよりも儲からないんですよ。それから、ニューステージだった頃は無店舗ビジネスだったんですけど、今は店舗を出すのが目標になってて、これを『起業』と呼んでます。」
「タクさんは何でやめたんですか?」
「自己投資が怪しすぎるからですね。入会して三か月経つと、健康に投資しないととか言って、『自己投資』の名目で月十五万円の買い込みを勧められるんですよ。これはニューステージの頃からのドリームランドの特徴で、これとMASKセミナーの死亡事故があって契約を切られちゃったみたいですね。今は『株式会社 購買』ってとこが売ってるサプリメントを十五万円買い込むことになってます。この会社も勿論サークルの会社で、結局実態はほぼマルチですね。」
「ただ、サプリはモノとしては結構良いみたいで、特にアミノ酸のサプリはよく効くって評判でしたね。毎日勧誘やっても全然疲れないんですよ。あれはやめても横流し品を買ってる人多いですね。」
「横流し品とか、あるんですか?」
「買い込んだけど使いきれないやつがネットに流してるんですよ。こっちからしたら安く買えるからありがたいんですけどね。ほら、例えばこんな感じでめっちゃ安いんですよ!」
タクが見せてくれたスマホの画面には、七割引になったビタミンサプリが写っていた。
「七割引ってなかなかですね。というか元値、九十粒で八千五百円ですか!?高い!」
「洗脳されちゃうとこういうのでも買っちゃうんですよ。まあさっきも言った通り、たまに異様に効くやつもあるんですけどね。」
「あれ、効果強すぎるからあんまり飲まないほうがいいって噂もありましたよ。凄い勢いで飲んでた子が食欲不振で痩せすぎたり、あれがないと元気が出なくなるって話を聞いたことありました。私は直下に九人、合計五十人のチームを作ったら起業していいとかの謎の許可制度が不気味でしたね、あれは意味分からなかったです。直下の人数を一系列、二系列って数えて、九系五十人って言ったりするんですけどね。結局お金貰えるのって、六系列揃えた人だけがやれるバイトくらいですね。」
「バイト?どんな内容なんですか?」
「師匠から現金渡されて、その時々で指定された店舗で買い物するんですよ。そのうちの一割を貰えるんですけど、これが月三十万とかなんですよ、十五万の買い込みしてたからあまり疑問に思いませんでしたけど、強引な流行マーケティングでもやってたんですかね。」
「それはまた意味が分からないバイトですねえ。」
こうした話は他人にしたくなるものらしく、脱会者は次々とサークルのシステムを教えてくれた。済はそれを一つ一つメモする。色々な人に話を聞くうち、済はついに一番話を聞きたかった人間に行き当たった。
「新橋で勧誘されてたんですか?僕新橋のチームでしたよ!」
「マジですか!三年前くらいにニューブリッジに通ってて、タケちゃんっていう奴に誘われてたんですよ。」
「あー、もしかしてあの色黒で東北出身の奴じゃないですか?僕も何度も話したことありますね。でも僕より前の時期にやめちゃったんじゃないかなあ。ほらあいつ、人の話を聞かないタイプのコミュ障っぽくなかったですか?結局三年くらいいて一人も勧誘できなくて、やめていきましたね。借金作ってたみたいです。」
「確かに、よく喋るタイプのコミュ障って感じでした。僕も彼の勧誘で不快な思いをしてしまって、あれでは勧誘もうまくいかないでしょうね。」
タケシはタケシでなかなか大変だったらしい。おまけに師匠が逃げ出すような逸材を勧誘してしまうとは、何と不運な男なのだろうか。その後もサークルの情報を教えてもらった済は、脱会者からの聞き取りメモを手に、終電間際の新宿を後にした。
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