第6話.落第者の夢


『のぅ、クレル……なんでテメェが床に転がされてるか……分かるか?』


『……知らねぇよ』


 ……これは夢か。

 幼い俺と、今の季節にはありえない春の花を頭に咲かせた師匠クソジジイが居る……まだ冬だからジジィの頭は禿げていたはずだ。

 それよりも何故こんな過去の夢を見ているのだろうか……アリシアは? 彼女は無事なのだろうか? 俺がこんな所で呑気に寝て夢を見ていて良いはずが​──


『​──いいから黙っておさらいしとけや、このバカ弟子が』


「っ!」


『……どこ見て言ってんだよ』


『なんでもないわい』


 ……驚く俺と、訝しげな過去の俺き見向きもせずに……いつもの様に頭の花をちぎってはその蜜を吸い、『これが巷で噂の脳みそチュウチュウじゃ』なんて馬鹿な独り言を呟く光景は記憶に相違ない、間違いなく過去の師匠クソジジイで……さっきのあれは気のせいだったのだろうか?


『あれじゃ、基本的にお前さんは魔法使いには向いとらんのじゃ』


『……んだとクソジジイ?!』


『ほれ、それじゃそれ』


『……どれだよ』


 自分の頭の花をぷちぷちとちぎり取りながら軽くそんな否定的な断定をする師匠クソジジイに、口の端を拭いながら立ち上がり、食ってかかる幼い俺。

 こんな事はなんでもないのだと、些事であると……そう体現するかのように静かな師匠クソジジイと対象的に、幼い俺は今にも殴り掛かりそうなくらいな怒り心頭だった。


『クレル、お前さんは普段は自分は冷静ですよ〜、大局を見据えてますよ〜、物事を俯瞰して見てますよ〜……って顔をしとるし、事実としてそうじゃがな?』


『……』


『その実、貴様の本質は激情家よ』


 自分の花の蜜をツマミに酒を取り出して飲み始め、適当に講釈を垂れる師匠クソジジイの前にぶすっとした顔を隠そうともせずに座り込む俺……そんな幼い俺を見て師匠クソジジイはますます詰まらなそうな顔を作る。


『普段は静かに、冷静に対処する癖に、何かがあればすぐに怒って、泣いて、幼くなり、身体を張った後先考えない行動に出る』


『……』


『こんなザマで本当に魔法使いに向いとると言えるのか? あぁ?』


 ……これは過去の俺だけに言っていたのでは無いのだろう……むしろ言われていた当初はあまり理解出来てなかったに違いない。……恐らく師匠クソジジイはそれも見越して、予め未来の俺に・・・・・語りかけていたのだろう。


『こんな感情露わで、この先本当に魔物共を倒せるんかのぅ……本当に俺を殺害してくれるんかのぅ……ま、無理じゃろうな』


『……無理じゃねぇし』


『無理じゃ無理! 早い内に諦めぇい! ガッハッハッ!!』


『こ、このクソジジイ……!!』


 ……身に覚えがない訳じゃない……最近だってそうだった記憶が多い。鮮明に思い出せる。


『いつもは自分の事を〝俺〟と呼称する癖に、たまに〝僕〟と呼んでいる事に気付いちょるか?』


『……』


 ​初めての任務の時、リーシャと笑い合って幼さを出した……その時だけじゃない。俺の幼い部分は要所要所で顔を出す。


『魔物の中には身勝手な欲望の果てに堕ちた者達ばかりではない……可哀想な境遇の魔物を前にして共感せずに討伐できるか?』


『……』


 ​小鬼を討伐する際はかの魔物の想いに共感し、対話魔法で討ち果たした。……無様にも、魔力残滓を取り込んだ直後に前後不覚に陥り、リーシャを……大事な相棒を傷付けてしまった。


『殺害や暗殺を依頼される事もあろう……その対象に仕事だからと、入れ込みすぎない事ができるか?』


『……』


 ​ミーナの境遇に……カルマンの様には割り切れなかった。

 ……あいつは凄い奴だ、損得や金勘定だけでなく、情の割り切り方も潔い。


『目の前で泣く女を見て、何とも思わんか?』


『……』


 ​泣いて別れを惜しむリーシャやレティシャを見て、悔しさから怒りを覚えた……呆れ果てるカルマンを半ば無理やり付き合わせた。……まぁ後で高額な金額を渡したらすぐに許してはくれたが。


奴ら狩人の中には同胞であってもワシらの血が少しでも混じっていたら躊躇なく殺そうとする者も居る……そいつ等を見ても何とも思わないでいられるか?』


『……』


 ​半分は同胞であるはずのミーナを否定する狩人に激怒し、後先考えず大地に捧げた……その結果通り道となった俺に奴の魂の残滓が残ってしまった。

 ……今のご時世、魔法使いは一人では生きられない。

 もしかしたら師匠クソジジイレベルの魔法使いなら大丈夫かも知れないが、俺には無理だ……それなのに、仲間の魔法使いを憎悪する人格が表に出てくる可能性を孕んでしまった。


『取り込んだ魔物の魔力残滓をちゃんと制御できるのか?』


『……』


 ​森の魔女と交戦中、小鬼に表層意識を乗っ取られたのは記憶に新しい。

 ……リーシャが居なければ戻って来れたかも怪しい。


『そんな調子で激情に駆られ、果たして正しく魔法を使えるのかのぅ?』


『……』


 ​つい先ほどだってそうだ……目の前でアリシアを失う恐怖から逃げたくて……まだ自分の手に余るIV号供物を無詠唱で使用してしまった。

 妖精の実家でマークにあれだけ偉そうに「無詠唱はするな」と言っておいてこのザマだ……〝偉大なる大地〟は自身を蔑ろにする者を許さない……それも、未だに位階が低い者から軽んじられる事は酷く屈辱的だろう。


『……せぇ』


『ほ? なんじゃ? 聞き取れんかったわい、もう一度言ってみよ』


『うるせぇって言ったんだよ、このクソジジイ!!』


『俺はもう一度言えとは言ったがなぁ?! 大声で叫べとは言っとらんぞぉ?!』


 幼い頃の俺はなんと愚かなのか……師匠クソジジイの言っている事は全て的中しているではないか……一緒になって低レベルな口論を始める俺と師匠クソジジイを見ながら頭を抱える。


『やっぱりボケてんだろクソジジイ!』


『なんじゃとぉ?!』


『はんっ! 俺は魔法使いに・・・・・向いてないだけ・・・・・・・、だろ?』


『……ほう? 続きを聞かせてみよ』


 ……魔法使いに向いてないだけ。


『だからさぁ、感情豊かで共感し易いのは確かに魔法使いに向いてないかも知れないよ?』


『……ふむ』


『でもさ、魔法を使う・・・・・のには向いてる・・・・・・・だろ?』


『ほほう? 続けてみよ』


 面白がるように片眉を上げ、酒を飲みながら幼い俺に続きを促す師匠クソジジイがチラリと……俺の方を見る・・・・・・


『それだけ感情を露わにしてしまうって事は裏表なく〝偉大なる大地〟にその価値を示せるだろ?』


『そうじゃな、それだけお前の感情を動かす程に〝価値ある物〟なのだと……大地は認識するじゃろうなぁ』


 ……あぁ、そう言えばこんな事も言っていたな。

 目を細めて目の前のやり取りを見つつ、なぜ今この夢を見せられているのか分かった気がしてくる。


『それに共感するって事はさ、他人の価値観を認める・・・・・・・・・・って事だろ?』


『……クッ』


『じゃあさ、いずれは取り込んだ魔物や魔法使い達の魔法も使えるって事じゃないか!』


 そんな馬鹿なとは思うが……まぁ子どもの言うことだと、当時の師匠クソジジイは流したはずなんだがな……今さら過去の黒歴史を突き付けて来るとは、さすが師匠クソジジイ……稀代の大魔法使いだ。陰湿が過ぎる。


『クックック……フハハハハ、ハーッハッハッハ!!』


『……なんだよ、笑うなよ』


『いや良いわ! 良い! 良いぞ! 良い酒の肴になったわ!』


 ほらな、こうやって一頻りに笑いながら幼い俺を小馬鹿にしている。


『確かにそれが出来たらそりゃすげぇ……誰も勝てない立派な魔法使いに成れるだろうよ』


『なら​──』


『​​──でもダメだ』


 そしてこうだ……一転して、殺気すら滲ませながら本気で幼い俺を叱る。

 ……師匠クソジジイの圧力に充てられて、幼い俺は黙るしかない。


『それをするって事は一つの身体に多数の人格、想い、魂、思想、魔力……そういったもんを一気に抱え込むって事だ』


『……』


『そんな芸当は人間にはできん。できるとしたら​──』


『っ?!』


 今の俺でさえ捉えられない速度で距離を詰めた師匠クソジジイは、驚いに目を見開く幼い俺の首を手で掴む。


『​──それは魔物だけよォ』


『「……」』


『お前は魔物に成り下がりたいのか?』


 いつもはボケっーとした目をギラギラと光らせながら師匠クソジジイは言う。


『左右で違う景色を見る眼球、仲間の言葉を勝手に置き換える耳、溶ける皮膚、絶えず乾く喉、肉のない腕、走れない脚、止まる心の臓……そんな魔物に、お前は成り下がりたいのか?』


『……違う』


 まるで見てきたかのように……実際にそう成ってしまった物を知っているかのように語る師匠クソジジイに、それ以上に何かを言えるはずもない。


『ふん、だがまぁ……』


『?』


『……お前が多少大きくなって成長しているのであれば​──少しだけ、他者の価値観を認めても良いかも知れんな?』


 幼い俺の首から手を離し、酒をグビグビと勢いよく飲みながら師匠クソジジイはそんな事を言う。


『この話はこれで終いじゃ、寝言・・にこれ以上付き合ってられるか……未来でやりたくなったら勝手にするがいいわ』


 ……気が付けば俺の薄くボヤけた身体も徐々に薄くなり、消え失せようとしている……現実の肉体の意識が戻ろうとしているのだろう。


『​──まぁ、目が覚めた時にお前の自我が表にあれば良いな?』


『? ……だから誰に向かって話してんだよ?』


『なんでもないわい』


 ​──最後にそんな師匠クソジジイの言葉を最後に、俺の身体はその場から消え去る。






『……手のかかる馬鹿■■じゃ』


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