第七章.哀哭の船

プロローグ

「リーシャの様子はどうなんだ?」


 聞き慣れたクレル君の声で目が覚めます……どうやら私はまた長いこと眠りに就いていたようで、一向に引かない熱に彼が心配してくれているようです。

 ……嬉しいですが、恥ずかしくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。私はいつも彼に助けられているようか気がします。


「ただの風邪だねこりゃ」


「……本当か?」


「あぁ、魔法の使い過ぎによる揺り戻しの影響で免疫が弱ってるだけさね」


 うぅ、クララお婆ちゃんの診断結果を聞いてますます申し訳なさが膨らんでしまいます。……ただの風邪にさえ負けるほどに今の私の身体は弱っているようで……私が風邪なんかにボロボロに負けてしまったせいで未だにクレル君はお婆ちゃんを取り込む事もせず、自分の父親の情報を得る事も帰る事も出来ません。

 ……でも足でまといになってしまっているというのに、クレル君が私の方を優先してくれていると思うと嬉しくなってしまう自分が居ます。……ダメな相棒ですね。


「じゃあ問題ないのか?」


「……どうかねぇ? 『生命』に対して猛毒となる『鉄』を取り込み過ぎてるからぇ……このままだと高熱で死ぬかもね。死ななくても後遺症は残りそうだ」


「……なんとか出来ないか?」


 そう、クレル君が未だにクララお婆ちゃんを取り込み、その記憶の全てを得ようとしないのは私の為です……いくら取り込んで知識を得ても技術までは短時間では無理ですからね、お婆ちゃんの製薬技術が今の私には必要と判断したのでしょう。

 本当は早く供物を補給したいのでしょうに、私を置いて帰らないのも無事に森深くまで薬草を安全に採りに行けるのが自分なのと、目を離した隙に私が死んだら困るという理由らしいです。

 ……ちょっと嬉しいです。嫌な夢を見た後だとなおさら安心してしまいます。


「うーん、これ以上はねぇ……解熱剤を投与しつつ様子を見るしかないねぇ……」


「そう、か……」


「まぁ他に手がまったく無い訳じゃないけどね」


「っ! 本当か?」


 ……驚きました、風邪なんて寝るくらいしか対処方法を知りませんでしたし、解熱剤を貰えるだけでも凄いと思っていましたのに……まさかこれ以上に風邪に効く手段があるなんて知りませんでした。

 風邪なんて、よくある病気の一つで簡単ない治るけれど、特効薬や万能薬なんかも無いものだとばかり思っていました。


「そうさね、『火』の魔力さえあれば大分回復すると思うがね」


「……なるほど、『火』の魔力か……風邪を治すのではなく、リーシャの身体自体を強くするんだな?」


「そうだね」


 なるほど……確かに『鉄』に強く、『生命』に活力を与える『火』の魔力を私が取り込んだのなら、『鉄』による揺り戻しも緩和されるでしょうし、身体自体が一時的に強くなりますね。

 ……そのかわり私は暫く魔法を使えなくなりますが……魔法使いとして苦手な『火』をわざわざ取り込むのですから、『鉄』が使いづらくなるのは仕方ないですし、まずは身体を治さない事には魔法どころか何も出来ませんから受け入れるしかありません。


「……しかしいきなり『火』の魔力と言われてもな」


「まぁここは『生命』溢れる森だしねぇ……」


 まぁその『火』の魔力を手に入れるのが大変なんですが……供物の補給もせずに『火』の魔物を討伐する訳にもいきませんし、知り合いに『火』の魔法使いが居る訳でもありません……そしてどちらも都合良く近くに存在している訳ではないでしょう。

 ……探すにしても当てが無さすぎますし、やはりクレル君だけでも奈落の底アバドンに帰還した方が良いのではないでしょうか? ……少しだけ寂しいですが。


「……アンタだけでも先に帰還したらどうだね? なんならセブルスさんに頼めば『火』の魔法使いくらい紹介しくれるだろうさ」


「…………クソジジイに頭を下げるのは癪だが、仕方ないか」


「クソジジイってアンタ……まぁいいさね、私はもう行くよ」


 ……本当にクレル君はたまに怖いもの知らずになります。凄いです。

 普通の魔法使いなら『大樹』のセブルス様に対して「クソジジイ」なんて言えませんし、目を合わす事すら出来ません。

 とても偉大な大魔法使いというのは勿論のことですが、セブルス様は老齢の魔法使いです……もしも怒らせて感情が暴走してしまい、内に取り込んだ魔物が表に出て来てしまったら対応できないからです。

 ……なので本人にそんな口を聞いても許されるという無意識レベルの確信があるクレル君は本当に凄いです……それだけセブルス様と信頼関係を築けている証拠ですからね。……人付き合いが苦手な私とは大違いです。


「クレ、ル……君」


「っ! ……リーシャ、起きていたのか」


「は、い……」


 お二人が話しているところに割入って申し訳ないのですが、どうしても言いたい事があってクレル君の服の裾を掴みながら呼びますが……熱の影響か、喉がとても痛くて掠れてしまいます。……これではいつも以上に聞き取りづらいですね。


「ほら、水を飲め……ゆっくりな」


「……(コクッ」


 クレル君に背中を支えて貰いながら起き上がり、ゆっくりと水を飲ませて貰います……ゆったりとした服が汗で身体に張り付いていますし、男の子に水を飲ませて貰うという行為が恥ずかしくて、さらに体温が上がる気がします。

 大丈夫でしょうか? 背中からじっとりと汗がクレル君に伝わっていないでしょうか? 水を飲ませて貰っている顔は変ではないでしょうか? 服が身体に張り付いてラインが出ていないでしょうか? ……そんな小さな事が気になってしまいます。


「それで、どうしたんだ? まだゆっくり寝ていた方が良いぞ?」


「一人、で……行、くの、で……すか……?」


「……あぁ」


 一人で魔法使いが行動するなんて危険です……確かに私を置いて帰ってくれた方がクレル君の為ではありますが、だからといって私の為に何処に狩人が潜んでいるかも分からない道を往復させるのは心苦しいです。

 しかもマトモな供物もないままでまた密航をしなければならないのかと思うと、今度こそクレル君が死んでしまいそうで……怖いです。


「大丈夫だ、ちゃんと『火』を持って帰って来る」


「……相、棒なの、に……す、いま……せ、ん」


「気にするな、相棒だろ?」


「……ふふ、そう……で、すね……?」


 ……ふふ、そうですよね……私達は相棒なのですから、心配はしても遠慮は無用ですね。

 それに今度クレル君が危険な目に遭った時、私が身体を張って助ければ良いのですから……ここは私が気負わないようにおちゃらけた風に言うクレル君に合わせましょう。


「い、つ頃、に……出ま、す……か……?」


「早い方が良いだろう、直ぐに出る……遅くとも一週間で帰ってくるつもりだ」


「……そ、うで……すか」


 まぁそうですよね、なるべく早い方が色々と都合が良いでしょう……私も早く風邪を治していつも通りにクレル君を支えて、支えて貰いましょう。

 ……それにレティシャちゃんとも早く話したいですしね……今彼女は何処に居て、何をしているのでしょうか? カルマン君が居るので大丈夫だとは思いますが……ミーナちゃんとは会えたのでしょうか?


「じゃあ俺はそろそろ支度をする」


「……あ、の……クレ、ル君」


「? なんだ?」


「……最後、に……一つだ、け聞……いて、も……良いで、す、か……?」


 もしかしたら……本当にもしかしたらの話なのですが……取り込んだ『アグリー』さんの記憶に出てきたあの人が本当にそう・・なら……クレル君の目標に一歩近付くのではないでしょうか?


「いいが……なんだ?」


「そ、の……クレ、ル君、の……お母、様……の髪、と瞳……は、紅色で……した、か……?」


 確かクレル君はお父様の容姿についても詳しくないそうですが、幼少期はお母様と一緒に暮らしていたみたいですから……もしも記憶にあるあの人・・・と一致しているのなら、大きな前進です。


「……いいや? 黒髪・・緑瞳・・だったが?」


「……そ、うで……す……か」


「それがどうかしたのか?」


「い、いえ……気に、なっ……ただ、け……です……なん、で……もあ……りま、せ……ん」


 まったく違いましたか……お母様が黒髪に緑瞳なら、少なくともお父様の瞳の色は紅色じゃないと無理がありますね……ならあの二人は無関係なのでしょう。

 少しは役に立てるかと思ったのですが、残念ですね……徒にクレル君に死んだお母様の事を思い出させてしまっただけになりました。


「……そうか、ではもう行くぞ?」


「……は、い」


「安静にしてろよ」


「は、い​──あっ!」


「? どうした?」


 私の頭をクシャリと撫でて部屋を出て行こうとするクレル君に返事をして……忘れてた事を思い出します。

 ……男の子を何度も振り替えさせて、ダメな女の子ですね……私は。


「……そ、の……き、気を……つけ、て……くだ……さ、い……ね?」


 相棒なのに、今の私にはこんなありふれた言葉を贈るくらいしか出来ません……それでもそんな私に対してクレル君は​──


「……あぁ、行ってくる」


 ​──そう柔らかく微笑んでから十日が経っても帰って来ませんでした。


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