第11話.魔女の餌

魔法の基本的な事をマークに教えてから一週間ほど……あれから森の調査も並行して行ってはいるが何も進展がない。……本当に妖精の魔女など居るのか? アグリーから体のよく扱われているのではないか、そんな疑念が拭えない。なまじ師匠クソジジイの知り合いであるばかりに、余計にそう思う。


「マーク、準備はできたか──」


「──クレ、ル君!」


「……リーシャ?」


今日もマークに声を掛け、魔法の練習のために森へと赴こうとした所で切羽詰まったリーシャに呼びかけられる。……よほど急いでいたのだろう、あの運動嫌いのリーシャが息を切らすほどに走って来ている。


「はぁ……はぁ……」


「どうした、なにをそんなに急いでいる?」


こちらへと辿り着くなりへたり込んでしまい、肩で息をするリーシャの背を摩りながら問い掛ける……相当無理をして走って来たのだな、しばらく彼女がまともに話せそうに見えないぞ。


「はぁ……はぁ……て、ティ、コちゃ……んと、レッ……ク君が……見当た、り……ませ、ん……!」


「……なに?」


「ディッ……ク、君が言、うに……は、夜中にトイ……レに起き、た音……が最後、で……」


夜中からとなると行き違いや、どこかに隠れている線も薄くなるな……それに既に手遅れになっている可能性がある。探すならば急がねばなるまい。


「マーク、アグリーに事情説明を!」


「ば、婆ちゃんはこの時間はいつも居ねぇよ!」


「クソッ! 使えんババァめ!」


あの野郎、自分から妖精の魔女について解決して欲しい等と言っておきながら肝心の時に居ないとはどういう事だ! ……まぁ狩人や機士でもないレナリア人が居ても足でまといなだけだが。


「リーシャ、魔力の反応はあったか?」


「も、森の魔、力……が、邪魔、し……て……」


「……そうか」


そもそもこの森自体が巨大な魔力溜り……それに寝ている間とはいえ、我々魔法使いに気付かれずに夜間に攫うという離れ業をやってのけた相手ならば、魔力を隠蔽する事も可能だろう。……このまま追跡するのは困難か。


「ティコとレックの髪の毛はあるか?」


「こ、こに……」


さすがリーシャだ、恐らく二人の枕から取ってきたのだろう……抜かりのない彼女からそれぞれ受け取る。


「……そんなもの、何に使うんだよ」


「まぁ見てろ……『我が願いの対価は執念のアネモネ 望むは失せ物探し 探し人の一部をここに 俺から逃げられると思うな お前の痕跡はこの手の中に 必ず見つけ 捕まえる』」


怪訝な表情でこちらを見やり、疑問を口にするマークに適当に返しながら『追跡』の魔法を行使する……二人の髪の毛が燃え尽き、代わりに発生した煙が森の方へと流れて行くのを見て、まだ死んではいない事を把握し、安堵する。


「この煙の先に二人が居る……マーク、その方角に行けるように案内を頼む」


「……あぁ」


マークに先導されながら煙が示す方へと走る……が、この森は本当に面倒臭い構造だと再認識する。真っ直ぐと煙が進んでいるのに、右に曲がらなければ同じ方へと進めないなど……急いでいる時にこれは焦れる。


「っ! ……煙が薄れてきている、急ぐぞ!」


「あ、あぁ……『我が願いの対価は花一輪 望むは頑強なる肉体』」


煙が薄れてきているということは二人の内のどちらか、あるいは両方の生命力が減っているということ……マークに覚えさせたばかりの魔法で身体能力を強化して貰い、さらにスピードを上げていく。


「……チッ、焦れったい」


目の前を進む煙を尻目に木を支点として正反対に戻り、途中で左に進む事でまた目の前に煙が現れる。……まともに真っ直ぐ進む事すらままならんとはな!


「っ! ティコ! レック!」


「……まー、くおに、いちゃ、ん」


「こ、れは……」


目的地に辿り着いた事で煙が天へと昇って消えていき、そのまま晴れた視界に映ったのは……一際大きな大樹に半身を取り込まれ、根が皮膚を突き破り深く根付いており、大きく脈動している彼ら二人の姿だった。


「待ってろ! 今──」


「──待て! 迂闊に動くな!」


「でも!」


「よく見ろ! 誰か居る!」


「っ?!」


今にも飛び出しそうなマークの服の裾を掴んで引き寄せながらその人物を睨む……ティコとレックの頭から伸びる枝から紅い樹液を採取しているその女。……長身でスレンダーな体型であり、陽射しを反射する金髪にエメラルドの様な瞳……そしてなによりも、その白い顔の横から伸びる──尖った長い耳。


「……妖精の魔女、か?」


「ん〜?」


こちらの声に反応してか女が振り返る……その整った唇から紅い樹液が滴り落ちてその豊満な胸を濡らす。若草を編んで作ったかの様な色合いであり、その装飾は少ないながらもその理想的ともいえる身体のラインを強調するドレスに目を奪われる。


「私は食事中なんだが?」


「あっ、ぐっ……!」


「おや好みの男が居るじゃないか、一緒に愉しい事をシよう」


頭がボヤける、何も考えられない……でもこんなに素敵な女性に誘われているんだ、早くあちらへと行かなければならない気がする。あの美しい瞳を覗き込み、形の整った唇を貪り、瑞々しい肌に手を這わせ、組み伏せなければならない。


「? おい?」


「クレ、ル……君?」


「……」


「ふふっ」


どこか遠い所でリーシャとマークの困惑する声が聞こえる気がする……あれ? リーシャとマークなんて居たか? いや、今この場に居るのは俺と魅力的な彼女だけだ……他の人間は邪魔でしかない。


「クレ、ル君! 行っ……ちゃダ、メで……す!」


「おい! お前どうしたんだよ?!」


「……」


「そんな無粋な人間なんて無視して構わん、私の下へ来い」


あぁほら……素敵な女性が俺を呼んでいる、俺を誘ってくれている……こんなにも肉感的で蠱惑的な女性に比べたらダボッとした服を着ているリーシャや煩いガキでしかないマークなど、優先されるべき事柄じゃない。


「美しい人、今そちらへ行きます……」


そのままよく分からない二人を振り切って、目の前にたわわに実る果実を手折るように優しく、壊れ物を扱うように慎重に手を伸ばそうとして──


「クレ、ル君……のバ、カ……ッ!!」


「──ごふっ?!」


──視界が暗くなり、意識を失ってしまう。


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