第8話.彼女と彼女その2
「……果たして無事なのか」
そんな事を呟きつつ俺は歩を先に進める。アグリーから話を聞き終わり、マークと別れた後で無性にリーシャの事が心配になった俺は彼女の元へと急ぐ。……本当に大丈夫なのだろか?
「リーシャ、無事か──」
庭に着いてすぐさまリーシャに声を掛けようとして……我が目を疑ってしまう。あのリーシャが……コミュ障で、未だに俺ともまともに話せないリーシャが、運動音痴で戦闘時は俺に抱えられるリーシャが、遊べているだと? あの大人数の子ども達を相手に?
「……リーシャ?」
「あら? クレル君、もう大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ……」
俺の声掛けに反応して振り向いたリーシャは……普段から表情に乏しい彼女にしては珍しく、花が咲くような満面の笑みで、子ども達と手を繋ぎ、流れるように普通に喋ってみせる。……驚きのあまりに声が出ない。
「……そっちは大丈夫なのか?」
「えぇ、もちろんよ?」
「……そうか」
あぁそうか、なるほど……それならば安心だ。
「……楽しいか?」
「えぇ、とっても楽しいわ」
元気に、年頃の少女のように笑顔を咲かせる彼女を見れば聞く必要はないと理解できるが、どうしても聞かずにはいられなかった……案の定、なにも問題など無かったが。
「それは良かった……………………元気そうだな、
「? えぇ、私はとっても元気よ?」
「なら良い……俺は先に部屋に戻っておく」
楽しそうに子ども達と遊ぶ彼女の邪魔はするまい、今日はこのまま与えられた部屋に戻ろう……下から恨めしそうな子ども達の視線も突き刺さっていた事だしな。
▼▼▼▼▼▼▼
──コンコン
夜中、深夜になり森の中という事も相まってか完全な暗闇が外を支配する時間に俺の部屋をノックする音が聞こえ、『供物』を整理する手を止める。
「……誰だ?」
『私で、す……』
「…………リーシャ?」
まさかこんな時間に彼女が来るとは思わず、驚きのあまり思考が一時止まってしまう……内心の動揺を隠しながら入室の許可を出せば、俯いたままのリーシャがおずおずと部屋に入って来る。
「こんな時間にどうした? あまり褒められたものではないぞ?」
「は、い……そ、れはわかっ……てい、ま……すが……」
こんな時間に年頃の男女が同じ部屋に居るなど……なにか間違いがあってからでは遅い。戦闘時に身体に触れられるだけでも赤面してしまうほどに恥ずかしがり屋な彼女が、いったいどうしたと言うのだろう?
「そ、の昼……間はす、みま……せ、ん……」
「……あぁ、問題ない」
ふむ、まさか彼女は昼間に自己を見失ってしまった事を恥じているのだろうか? そんなものは魔法使いには憑き物であるし、気にしなくても良いと思うが……ちゃんと戻ってこれた訳だしな。
「……それだけか?」
「う、えっ……と……」
「……」
「……」
……それっきりリーシャは黙ってしまう。ど、どうしたら良いのだろう? 恐らくまだ話はあるのだろうが、そんなに言い出し辛い事柄なのだろうか? 俺はこういう時どうしたら良いのかまったく分からん。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
ち、沈黙が辛い! 俺にどうしろと言うのだろう……すぐ隣、同じベッドの上に座るリーシャが所在なさげにモジモジとする度に衣擦れの音が部屋に反響し、密室で隣合っているためか彼女の甘い匂いが香ってくるようだ。
「…………あ、のです……ね?」
「あ、あぁ……なんだ?」
「そ、の……ミー、ナちゃ……んを思……い、出し、て……しま……いま、して……」
「……なるほど」
まぁ、あれだけハッキリとミーナの人格が表に出たんだ……思い出してしまうのも無理はない。忘れた事などないだろうし、忘れられないだろうが……嫌でも意識してしまうだろう。
「か、彼女を……私、達が……殺……めて、しま……いまし、た……」
「……」
「彼女、を……連れ……出、す手を……考え、られてい、たな……ら……」
そうか、リーシャは子ども達と遊ぶ事で……子ども達と遊ぶ彼女を感じる事で〝後悔〟が生まれてきてしまったのか。……あの時に俺達に取れる手段なんて何もなかった、あの場でミーナを連れ出していたなら……狩人だけでなく
「わ、わた……私、が……殺さな、けれ……ば、彼女はもっ……と、笑え……たは、ずで──」
「──それは違うぞ、リーシャ」
「……?」
なにやら瞳に涙を浮かべ、既に泣きそうになっているリーシャを見て内心穏やかではないが努めて平静を装い、彼女の考えを否定する。それは違う、と。
「ミーナは殺されてなどいない、生かされている」
「そ、れは……?」
「……ミーナはお前の中に居る」
「……」
なんだか使い古されたような、ありきたりな慰め文句っぽいが……事実だ。彼女は彼女の中で確実に生きている。死んでなどいない。
「リーシャ、お前も今日見ただろ? 子ども達と元気いっぱいに遊ぶミーナを」
「……」
「彼女は今も元気に、楽しそうに──」
そうなのだ、彼女は……ミーナは今日も元気いっぱいに遊んでいたではないか? 表に出ている事も気付かず、本当に楽しそうに……なんの疑問も持たずに──
「──笑っていたじゃないか」
「──」
見た目はリーシャそのもので、満面の笑みであろうと、とても控えめで彼女らしく、愛らしいものであったが……あの笑顔は、笑い方は……リーシャ達と過ごすミーナのものであったはずだ。
「だからそう思い悩む必要はない……彼女はこちらの心配をよそに、子ども達と仲良くしていたぞ? むしろ友達が増えたのではないか?」
「そ、うで……す、ね……」
こちらの心配なんか知らず、ミーナは子ども達と仲良くなっていた……あの部屋に閉じこもっている時よりも能動的ですらある。……子ども達からも邪魔をするなと、無言で抗議されてしまったくらいだ。
「リーシャ、お前がミーナをあの場から連れ出し、新しい友達を作って笑顔にさせた……これは事実だ」
「……」
「……だから、泣くな」
「……は、い」
リーシャがミーナを、自分の友達をあの環境から連れ出したのだ、笑顔にさせたのだ……それは疑いようのない事実で、ただ一つの真実であるはずだ。……だから、泣かなくて良いのに。僕はこういう時にどうしたら良いのか分からかなくて、リーシャの頭を撫でようとして……結局できずに、伸ばした手を下ろしてしまう。
「ほら、涙を拭いて? 落ち着いた?」
「う、はい……すい、ま……せん…………あり、がと……うご、ざ……い、ます…………」
女の子が泣いた時の対応なんて、何も分からない僕だけれど……それでも涙を流し続ける事が良くないっていうのは分かる。そのまま混乱のままに羊毛を『供物』として魔法でハンカチを作ってリーシャへと渡す。
「……落ち着いた?」
「……(コクッ」
「もう大丈夫?」
「……(コクッ」
良かった……渡したハンカチで顔を覆うリーシャの頷きに安堵のため息をつく。……本当に良かった、彼女が泣いていると心がザワザワして落ち着かない。
「すい、ま……せん……迷、惑を……」
「相棒なんだから、それくらい気にしなくても大丈夫だよ」
そう、僕達は相棒なんだからお互いに迷惑を掛け合って、助け合わなくちゃ……だから僕はハンカチで顔を覆うリーシャの耳が、暗闇でも分かるくらいに真っ赤になっている事から目を逸らし、見ない振りをする。……もう少ししたら完全に落ち着くだろうし、その時に部屋に返そう。
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