第9話.同情

「ねぇ、お外で遊ばない? 今ならこの私が鬼を務めてあげても良いのよ?」


一昨日の狩人の動く死体の件で昨日は一日中カルマンと共に帝都中を駆けずり回り、普段はわからないが近付けば羅針盤が反応する程度の魔法を行使して他の狩人達に対するデコイをばら撒いておいた……これでしばらくは時間が稼げるだろう。


「いいのよ、私の価値は絵を描くことだもの」


「……そう」


五日目の今日はこうして何かあれば直ぐに対応できる距離で彼女たちを見守って護衛しているが……特に問題は無さそうだな、強いて言えば買い物に出掛けているカルマンが戻った時にまた喧嘩しそうな事くらいか。


「ねぇ、あなたはなんでそんなに絵を描くの?」


「それが私の唯一の価値だからよ」


ふむ、時折不安定になり魔物化が著しく進行するが冷静に自分を評価できてはいるようだ。人格が不安定になるなど魔法使いには良くあること……ましてや彼女は半分魔物だ、仕方ない事ではあるが今の状態からは想像できんし気を付けなければならない。


「……そんなもの、誰が決めたのよ!」


「『価値』は誰が決めるものじゃないわ、自然と定められるものよ」


レティシャはあれだな、魔法使いとしてはあまりにも人間的過ぎるな……歳下の十代前半の女の子自身よりも彼女の境遇に同情し、心配して感情的になっている。


「……あなたはそれで良いの?」


「良いのよ、パパとママも私の絵を褒めてくれるの」


そう言いながら前回『パパとママじゃない』と声を荒らげていたはずの絵画へと指を這わせる……まさかとは思うが絵が喋るわけでもなし、生前の両親が褒めてくれたという事だろう。


「ママが魔法使いだったから外にはあまり出られなかったけれど、絵を描けばそれで良かったの」


「……」


「上手、素敵って……パパとママが褒めてくれて、その時だけは私の事を見てくれる」


話しながらミーナは『パパとママ』に爪を立てる……耳障りで不快な甲高い音を静かに立てながらガリガリと……ガリガリと……半ば恍惚とした表情で話しながらガリガリと……ガリガリと……爪を立てる。


「外に出るとね、怖い狼のお面を付けた大人たちが追い掛けてくるの」


爪を立てられた箇所の絵の具が剥がれ落ち赤から紅へ、紅から黒へとどんどん変色していく……落ちても落ちても白が表れることは無く、色の明度だけが落ちていく。


「パパはね狼の偉い人にいつも頭を下げるの、ママはね狼の偉い人にいつも命乞いをしているの」


「あなた……」


「でも私が絵を描けば笑顔になるの」


怯えた表情でリーシャがこちらに近寄り、そっと俺の袖を摘むので大丈夫だとその手を軽く叩く。……今のミーナの様子は傍目から見てもおかしい、もしもの時の為にいつでも供物の用意はできている。


「……あなたのパパとママが痛がっているわよ」


「これはパパとママじゃないの、絵を描いても笑ってくれないの」


そう言ってミーナは涙を流して爪を立てる……今度は擦るように、優しく引っ掻くようにして爪を立てる。カリカリと……カリカリと……涙を流し、狭い範囲で落ちた絵の具が色の濃淡を生み出していくカリカリと……カリカリと……爪を立てていく。


「だからね、やっぱり私は外で遊ぶんじゃなくて絵を描かないとダメ──」


「──もういいのよ、私があなたのお母さんになってあげるから」


……本当に感情豊かなのだろう、レティシャはミーナ本人よりもポロポロと雨粒のような涙を流してミーナをその胸へと抱き寄せる。


「……あなたはママでないわ、友達よ」


「そうね、でもママの代わりに笑ってあげる……だから一緒に遊びましょう?」


普段の話し方がわからず高圧的になってしまう彼女とは違ってミーナを優しく抱き留め、胸のなかの彼女へと微笑むレティシャの表情は柔らかな白髪と深い銀目が神秘性すら持たせながらも素朴な……身近な安心感をこちらに感じさせる。


「……仕方ないから、泣き虫な友達の為に今日だけは外で遊んであげる」


「ありがとう……その次は絵を一緒に描きましょうね?」


「……笑ってくれる?」


「えぇ、もちろんよ」


そうして笑い合う二人は思わず絵画として収めておきたいくらいに暖かな光景であり、先ほどまで怯えていたリーシャも鼻を鳴らしながら涙を零している……もしもの時は俺が、僕が殺さなきゃな。


「帰ったぞー、ミーナは絵を描いて──」


「──ちょっとこっちに来い」


「モガっ?!」


本当にタイミングの悪い男だな……今は良いところなんだぞ? 邪魔をするなと言わんばかりに無理やりカルマンの口を塞ぎつつ、リーシャに『見回りに行ってくる』と伝えてから部屋を出る……目を回しながら頷いてくれた彼女には感謝だな。


「ぷはっ! いきなりなにすんだよ、慰謝料五万ベルン!」


「すまんな、今は正論は要らないんだ」


「はぁ? 意味がわからんぞ、三万ベルン」


「……とにかく見回りに行くぞ」


いつもの理不尽な請求を軽く受け流し、段々と慣れてきた男二人のコンビで帝都の街並みへと繰り出して行く。


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