第14話.拾う者
なんだ、何が起きている? 私が調査に出かけている間に街で……領主館で何が起きた?
「……新兵は無事か?」
今回の任務で私の相棒に選ばれた男は今回が初陣だった、短期でキレやすい一面はあるが職務に忠実で、喩え魔法使いを庇ったとしてもそれがレナリア人ならばすぐには殺さない理性も持ち合わせている。
「そこまで大規模な魔物だったのか?」
遠目で見た限りだが、領主館での爆発と魔力濃度の急激な高まりは異常だった。……私の見立てでは産まれてからそこそこ時間は立っているが新兵でも問題なく倒せるレベルの魔物だったはず。
「……待てよ? 領主館?」
……まさかアイツ領主館に居たガナン人を狙って……? あれほど勝手に動くなと言ってあったのに! アイツは職務に忠実だが魔法使いの事になると上官命令を無視するきらいがある。
「完全に理性を失ってはいないだろうが……」
それでも最後のところで無駄な吶喊はしないはずだ、今はそれに賭けるしかない。
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「……なんだ、これは?」
領主館……があったであろう場所に着いた私が見たものは周囲の地面ごと抉れた大地、なにかが齧り付いたような痕跡、そこら中に撒き散らされた濁った血液と蛆虫の群れ……それと。
「羊毛……?」
凡そこの場所に似つかわしくない代物だ、私の推測では『魔獣型』の魔物ではなかったはずだが? そもそも『魔獣型』に鋭利な刃物のような道具は扱えん。例外はあれど、爪や牙ではもう少し大雑把になるはずだ。
「っ! ……誰か! 誰か生き残りは居ないのか?!」
静か、あまりにも静か過ぎる……まるでこの場所事態が死んでいるかのようじゃないか。
「グレッグ! グレッグ准尉は居らんのか?!……あれは?!」
これはグレッグ准尉の『猟犬』 ……クソっ! この分では戦死したと見るべきか。
「クソっ! 本当に誰か──」
「うぅ……」
「──そこに誰かいるのか?!」
私は急ぎその声が聞こえた場所へと駆け寄る、この場所唯一の生存者かも知れないんだ、必死にもなる。
「アリシア嬢?! 無事か?!」
見れば服には穴が開き、出血の跡がくっきりと残っている……この分では失血死していてもおかしくはないが……。
「傷がない……?」
よく見れば左腕も、服の痕跡から切り飛ばされたのだと思われるがくっ付いている……いや、微妙に色が違うことから再生したとでも言うのか?
「この子は……」
……なるほど、この子が治したのか……これだけの治癒だ、なにを対価に支払ったのか考えたくもないが急激に高まった魔力濃度が今は落ち着き、魔力残滓として土地を汚染しないだろうところを見るに彼がこの場を納めたのだろうか……?
「ボー……ゼ、ス様……」
「っ?! 気付いたか……」
どうやらアリシア嬢が目を覚ましたようだが、依然として体調は悪そうだ、無理はさせられないだろう。
「クレ、ルとディンゴ……は……」
「クレルとディンゴとは先日の二人だね? どちらかはわからないが、一人はそこに倒れている……もう一人は……見つかっていない……」
「そう、です……か……」
そう一言呟き、アリシア嬢はポロポロと涙を零す。……正直子どもの相手は苦手なために、どうすればいいのかわからない。
「わた、し……お姉ちゃんなのに、領主の娘なの、に……友、達を一人……も……護れ、なかっ……た……」
「……」
……本当にどうしていいのかわからない、おそらく一人は確実に死んでいるだろう。もう一人だってわからない。
「こん、なんじゃ……人を救う、ことなん……てできない……わ、たしは……無力……でし、た……」
「……そんなことはない」
「……?」
彼女の懺悔を聞きいてもたってもいられなくなってしまう。
「これは受け売りで、ありふれた言葉だが……救いたい気持ちこそがなによりも大事なものだ」
「……」
うっ……こちらをジッと見詰められるとやりづらいのだがな?
「救う気持ちが無ければ、力があっても何も始まらん」
「で、も……力がないとなにも……」
「力なら私が鍛えてやろう」
「なに、を……?」
こんなこと、らしくないのだろうな……でもな? こんな子どもの……子どもの懺悔を聞かされて何も思わない大人ではない……。第一、私がもっとしっかりと部下の手綱を握り、魔物についての調査を早めに終わらせられれば防げたかも知れない事態だ。
「懺悔するべきは私の方だ……君の領地を救うために派遣されておきながら、すまない……」
「そんな……」
本当にやるせない……彼女の領地は領主不在、跡取りはまだ幼い一人娘ただ一人……魔物災害にあった弱小領地に婿入りしたがる貴族など下級の五男でも居るまい、早々にどこかの大領地に吸収されてしまうだろう。
「だから……贖罪をどうかさせて欲しい……」
「……わたし、も……皆んなを護れ、るように……なれ、ますか……?」
「保証はできない、それはあなた次第だからだ」
「……」
本当は言い切ってやりたい……でも機士や狩人の初陣死亡率は決して低くはない。その現実を知っているがために安請け合いはできない……情けない大人だな……。
「おね、がいします……友達を、最低限友、達を……護れ……る……くら、い……に……」
「……気を失ったか」
まだ回復しきっていないのに無理をしたのだろう……そこまで友達が大事だったか。私には理解はできない、できないが……だが尊重はしよう。
「さて、この魔法使いの友達君だが──」
「──其奴はワシが貰い受けるぞ?」
「っ?!」
いつの間に背後を取られた?! 急ぎアリシア嬢を担ぎその場から飛び退く。
「中々の反応速度よのぅ……さすが『乱獲』じゃな? ……そこまで若かったのは些か意外じゃったが」
「……貴様は『大樹』のセブルスか」
「イヒヒ……勤勉なようでなによりじゃ」
不味いな……今ここでアリシア嬢を庇いながら『特別殺害対象』を相手取るのはキツイ。
「ワシが用があるのはこの小僧だけじゃ、そう気負うでない」
「……その子をどうするつもりだ?」
「おや驚いた、レナリア人がガナン人の心配をするのかえ?」
「……」
食えんジジィだ……どうせさっきまでの私とアリシア嬢のやり取りも見ていたのだろうに、白々しい……。
「この小僧、まだ若いのに肉親を対価として捧げたと見える……こいつは化けるぞぉ?」
「肉親だと……?」
まさか、クレルかディンゴか……どちらかの少年が犠牲になったと言うのか? いや、だとするならばこの戦場の爪痕も納得できるというものだが……。
「この素晴らしいまでの魔力濃度、まだ一回しか魔力残滓を取り込んでおらんのにこれだ! 近年稀に見る素晴らしき逸材! ……しかも羊飼いの生き残りというレア物じゃ!」
「貴様……何が目的だ?」
あのセブルスが言うのであればそうなのだろう……問題はそんな危険な子が奴の手に渡ってしまう事……しかしながらここで争えばお互い無事では済まないな。
「まぁ、なんじゃ……今ここでお互い争っても益はあるまい? その小娘には強くなってから取り戻しに来いとでも伝えておけ」
「……仕方あるまいか」
「人生は諦めと妥協が肝心じゃて……イヒヒ」
ここでコイツと争えばこの場だけでなく、この街……いや、この領地全体が荒れてしまう、できればそれは避けたいが……。
「……いずれ必ず貴様も狩る!」
「おお、勇ましい事じゃて……ではな」
そのままあのクソジジイは木の葉と一緒にどこかへと巻き上げられて消えて行った……。
「……すまん、アリシア嬢」
君の友達を一人奪われてしまった……。
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