第235話噴火


「……」


 陽の光が淡く拡散された海の中、単色のオーロラの様な光のカーテンが一緒に潜ったマリアさんやブロッサムさんの横顔を照らす。

 視界不良によって見失う事はなさそうだと考えながら、メニューのメモ帳機能に移した地図とマップの方角を照らし合わせながら海中ダンジョンがある場所を探りますが……距離感が少し分かりづらいですね。


「​──ぷはっ!」


 メニュー画面のストップウォッチは五十九.七秒……ギリギリでしたね。

 水中では陸上ほど速く動ける訳ではありませんし、念の為に取得した『水泳』や『潜水』などの関係がありそうなスキルもまだ全然レベルが低いですから、地道な作業になりそうですね。


「……詰まらないですね」


 いえ、いつもなら海の中を自由に泳いたり探索できるっていうのはとても楽しめる事柄だとは思うんです……ですが、今の私は待てをされている犬の様なものです。

 淑女が自分を犬に例えるなんておかしな話だとは思いますが、この後に海中ダンジョン内という相手の有利な場所でロン老師と遊べるという状況で、なぜこんなにも地味な作業をしなければならないのでしょうか。

 海辺で戦う為に水着を着用するのまではまだ許容範囲内ですし、むしろこれからエリア特有の特性なんかで装備や耐性に制限や要求が入ったりするのでしょうから別に構いません。


「……そうですね、省略してしまいましょうか」


 ちょうど浮かび上がってきたマリアさんとブロッサムさんの水着へと糸を括り付けてそのまま引っ張ります。


「うおぅ?!」


「ちょっと?!」


 そのまま引き寄せた未だに困惑してる二人へと振り返り、告げます。


「​──マリアさん、ちょっと爆発して貰えませんか?」


「「チョットナニヲイッテルノカワカラナイ」」


 おや、おかしいですね……言葉そのままの意味なんですけど、何か別の意図を深読みされているのでしょうか。


「ちょっと爆発して貰えませんか、というのはちょっと爆発して貰いたいという意味です」


「「……」」


 おや、おかしいですね……別に深い意図などはないと告げましたのに、彼女たちのジトッとした視線が切れません。


「地道に六十秒ごとに息継ぎしながら何処にあるかも、形状も分からないダンジョンを慣れない地形で探し回るのは詰まらないじゃないですか」


「ま、まぁ確かに……?」


「いや、普通にダイビングというか、幻想的な光景を楽しめば良いと思うわよ……」


 マリアさんは私の考えに理解を示そうとし、ブロッサムさんは呆れた様な口調ですね。

 共通する点は二人共さして探索行為がそこまで苦痛ではないという事でしょうか。


「それで? 爆発ってどういう意味よ?」


 とりあえずは私の意見を聞いてくれる様なのでそのまま話してしまいましょう。


「まず流されない様にブロッサムさんには氷で足場を作って貰います」


「ふむふむ」


「そしてマリアさんには手加減無用の特大火力で水蒸気爆発を起こして貰います」


「ふむふむ……ん?」


「ちゃんと水圧の低い海面近くではなく、海中で炎を出して下さいね」


「……」


「それを繰り返す事でいくらか見通しが良くなるでしょう」


「……」


 まぁ、これだけ広大な海の一部を吹き飛ばしたところですぐにその空白地帯に海水がなだれ込んで終わりでしょうが……この内海は信仰対処であるクレブスクルムとやらの寝床なのでしょう?

 いわば聖地のような海を連続で吹き飛ばしたりして荒らせばそのうち向こうから迎えを寄越すでしょう。


「それを繰り返して痺れを切らした相手から迎えを寄越すのを優雅に待ちましょう。……なんなら私が毒をばらまいても良いですよ?」


「ア、イエ……毒ヨリモ私ノ爆発デオ願イシマス」


「そうですか? ではよろしくお願いいたします」


 何とも言えない目で見てくるブロッサムさんが用意した、岩礁と岩礁の間の海水を凍らせて出来た氷の上に立ちます。

 さすがに海底まで凍らせるのはMPの無駄遣いですし、海面だけ凍らされても爆風で流されてしまいますからね。

 岩礁の間の海水を程々に凍らせるのは良く考えられてますね……まぁ、マリアさんの爆発が離れた岩礁さえ吹き飛ばすのであれば意味はないですが。


「で、ではやりますね……うぅ、本当に良いのかなぁ? でもやらないと毒を撒かれるしなぁ」


 懸念事項でもあるのか、心配そうに何かを呟きながら錫杖を手元に実体化させたマリアさんがそれを構えます。


「​──『蒼炎暴走ブルー・プロミネンス』」


 かなり離れた所に小さく魔法陣らしきものが見え​​──


「​​──なるほど、ユウさんが使用厳禁と言う訳です」


 歴史の教科書なんかに載っていた第二次世界大戦の後のビキニ岩礁を、生で見ていたらこんな感じなのでしょうか。

 戦艦や巡洋艦の代わりに水棲モンスターや海底に沈んでいたであろうガラクタ、さらには爆発の衝撃で砕けた岩礁や沈没船なんかが海水と一緒に巻き上がっています。

 まるで海底火山の噴火ですね。


「​……氷の意味なかったじゃない」


 死んだ目でそうボヤくブロッサムさんと、自分が放った魔法による爆発に驚いて硬直したままのマリアさんを糸で回収します。

 確かにブロッサムさんの言った通り、思いの外爆発の規模がデカすぎて支えにしていた岩礁ごと氷が砕けましたね。

 今はその破片、流氷をサーフィンに見立てて波乗りしているかの様な状況です。


「まぁ、あの規模の爆発なら一発だけで十分でしょう」


 見付けられなくとも地図の上では海中ダンジョンはそう遠く離れていないでしょうし、その近くでこれだけの爆発ですからね。

 多分ですが、すぐに様子を見に来ると思いますが……それまでただ待ってるのも癪ですしもう一発くらい放って貰いましょうか?


「どう思います?」


「「絶対に嫌です二度とごめんよ」」


 あら、食い気味に拒否されてしまいましたね。

 こうなってしまえば仕方ありませんから、素直に引き下がりましょう。

 代わりと言ってはあれですが、毒や汚物でも撒き散らしておきましょうか。


「……全く、お前さんは普通に来れんのか」


「おやロン老師ではないですか、来るのが早いですね」


「目覚ましが煩さ過ぎてな」


 呆れた様な、不機嫌な様な……そんな雰囲気は出しながらも無表情なロン老師が海面から顔を出して迎えに来てくれたようです。


「では海中ダンジョンまで案内して貰えますか?」


「言っておくが、ダンジョン内の案内はせんからな」


「それは勿論ですよ、楽しみが減るじゃないですか」


「……お前さんの基準が分からんわ、普通は綺麗で穏やかな内海でダイビングとか楽しむじゃろうに」


 ロン老師のその言葉にマリアさんとブロッサムさんの二人が重々しく頷いていますね……いや、平時なら多分ではありますが、私も楽しめるとは思いますよ。


「せっかく綺麗な水着でお洒落しとると言うのに……もうちっと服装に合った行動をしようとは思わんのか?」


「? 服装環境に適した装備に合った行動ですが?」


「そーかそーか、それは良かったのう」


 もう何を言っても無駄だと言わんばかりにおざなりな対応ですね?

 物凄く適当にあしらわれてる気がするのですが、気の所為ではないでしょう。


「まぁええわ、そのままワシに着いて来い」


 ある程度の距離を流氷を掴んだロン老師によって運ばれていましたが、海中ダンジョンの真上に着いたのか、そのまま老師は一言だけ告げて海に潜って行きましたね。

 それでは後はただ下に潜水するだけですし、私達も行きましょう。


「それでは行きましょう」


「アンタと行動してると流れについて行けないわ」


「それがレーナさんであるが故に」


 さて、海中ダンジョンとはどんな見た目をしているのでしょうね……少しばかり楽しみです。


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