第192話第二回公式イベント・collapsing kingdomその23

『バーレンス王国』の暫定首都である『始まりの街』……その広場では地獄が繰り広げられていた。

この地獄を前にして、国王であるエレンは考える事をやめたのか……衛兵を一人残らず撤収させているようだ。……事態の収束よりも、自分の周囲の安寧を選んだらしい。賢い。


「マーマッ! マーマッ!」


「……」


「キャッキャ!」


「……」


背中のマントにデカデカと『ヒンヌー教祖』と書かれたマントを羽織った、長身の軍服を来た男性​──いや少年が、自分よりも年上で低身長の少女に対して赤ちゃんプレイをしているのだ!

時折挟まれる『夕日を頂く平野部』という呟きに青筋を立てる以外は、少女はただ死んだ魚の目でそれをやり過ごす……『御神体にみだらに触れるなど……』と、直接的な接触がないのが幸いか。


「はぶぅ〜、ばぁ〜ぶぅ! えへ、えへへ! キャッキャ​──来たか」


「いきなり正気にならないでよ」


そんな地獄を顕現させていた少年​──ヒンヌー教祖が突然に真顔で立ち上がり、思わず地獄を強制的に見せられていた少女​​──マリアが突っ込んでしまう。

……この場に居るもう一人の少女である蘭花は既にお経を唱えて現実逃避していた為に、反応が少し遅れたが、ヒンヌー教祖の後にある方向に向き直る。


「マリア!」


「ユウ!」


ヒンヌー教祖と蘭花が向き直った先にはマリアの幼馴染みであり、このゲームのプレイヤーの各方面から嫉妬と哀れみの感情を同時に向けられるユウが立っていた​──が!


「我輩も一緒ですぞ! ふんっ!」


「あ、待って心構えが​──おぅふ」


「いやァァァアア! 変態ィィィイイイ!」


「変態ではありませんぞ、変態紳士でございます! はん!」


​──ユウの背後からぬぅっと変態紳士現るッ!!

なぜだ! なぜ彼まで連れて来たのだ! 目には目を、歯には歯を、変態には変態をとでも思ったか?!

案の定とでも言うべきか、心構えなく直視したマリアは精神ダメージを受け、蘭花は悲鳴を上げる。……無理もない。


「俺から聖母様を奪うつもりか?」


「……マリアは聖母なんかじゃないよ」


止まらない止まらない、変態紳士の視界の暴力が止まらない……マリアと蘭花に加え、何事かと見物に来たNPC達に注目されているこの状況が堪らないのか……フロントリラックスからのバック・ダブル・バイセップス、サイド・チェスト!


「かもな……でも俺にとっては彼女の存在は救いだったんだ」


「マリアは誰かを救えるほど器用じゃないよ」


死んだ魚の目でキュッと口を引き結ぶマリア、初めて理解の出来ない存在と出会ったしまった衝撃で固まる蘭花……そんな彼女達を無視して! いやむしろ意識して! 変態紳士はサイド・トライセップス! からのアブドミナル・アンド・サイ! そしてモスト・マスキュラー!


「違う違う……俺が勝手に救われただけさ」


「……何があって、救われたのかは知らないけどさ……その恩返しがこれ?」


「それも違う……これは身勝手な恋慕だ」


おや? 変態紳士の様子が…………? …………おめでとう! 変態紳士は〝光の戦士〟に進化した!

この素晴らしい劇場でのポージングに興奮した彼の紳士のトライアングル!


「初めての感情のどうしたら良いのか分からない中坊が、必死に好きな女の子の気を引こうと躍起になってるだけさ」


「……上手くいかないと思うよ?」


「……俺はただ、近くで話したかった」


そして『光魔術』の結界を使った擬似的なレフ板を用いて、その紳士光を乱反射させ自身をさらに輝かせる! その様はまさに変態紳士の周りを光のアゲハ蝶が舞っているかのようだ!


「彼女の全てが好きなんだ……諦めてくれないか?」


「……ごめん、無理」


「……そうか」


その状態でなんと​──変態紳士の投げキッスが炸裂するッ!!

その瞬間子どもは泣き出し馬車は横転、婆ァの入れ歯は勢い良く飛び出し、墓から死んだ爺ィが生き返るッ!! この変態、サービスに余念がないぞッ!!


「なら今こそ俺はヒンヌー教祖として! 聖母様を惑わす悪魔たるユウ! 貴様を討つ!」


「ただマリアの幼馴染みとして、助けるよ」


試合前の口上は終わったとばかりにヒンヌー教祖とユウが静かにそれぞれ拳と短い杖を構え、変態紳士は両手を広げて悦に浸る。


「ねぇ蘭花ちゃん、多分あの変態は私を助けるのに協力してくれているんだろうけど​──付与くらいなら援護できるよ!」


「マリア先輩には指一本も触れさせません!」


何故かマリアが蘭花の支援をし、蘭花は『マリア先輩にこの変態を近付けてなるものか!』と震える足に鞭を打って薙刀を構え、変態紳士は頬を染める。


「ヒンヌー教義、その一ッ!! ​​​──我々が満たされるのではない、満たすのだッ!!」


「《遥かなる地方から出向く桃源郷ビックサイト》」


教義を叫びながらマクロ等を併用し、高速で自身にバフを掛けていくヒンヌー教祖と、頭上に《発動までの​対価、あと​​──》という文字か浮かぶユウ……そして異変に気付く変態紳士。


「《聖なる炎》」


「輪廻なさい!」


蘭花に特殊な属性である聖火属性を付与するマリアと、ショートカットスペルを叫ぶ事で一気に完全戦闘装備に換装する蘭花……マリアの様子に首を傾げる変態紳士。


「……まぁ子どもの激情は大人が受け止めるものですからな! 我輩の胸お貸ししましょう! ……あ、でも未成年は揉んではいけ​──」


「「五月蝿い、変態!」」


「これは手厳しい!」


​──戦いの火蓋が切って落とされたッ!!


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