第483話 演劇部が諦めきれません!? それならソフトボール部内でやってしまいましょう!
穂月が入って活気づいたのか、ソフトボール部は練習試合でも普通に勝てるようになり、朱華に元気が戻ったと顧問や上級生から何度もお礼を言われた。平気そうにしていたが、演劇部を選ばれたのがかなりショックだったらしい。
にこにこしている朱華を見るのは好きだし、ソフトボール自体も嫌いではない。帰宅部だった希や、一緒に演劇部を辞めた沙耶や悠里も笑顔が増えた。なんやかんやで皆で体を動かせるのが楽しいのだろう。
穂月も同じ感想を抱いているし、入部自体を後悔してはいないが、やはりどうしても心残りが存在する。今日みたいに、体育館のステージで練習する演劇部の面々を目撃すると尚更だった。
「おー……」
開け放たれている体育館のドアからひょっこり顔を出し、瞬きもせずに見つめていると、短い間だがとてもお世話になった部長と目が合った。
「穂月ちゃん、演劇部に戻ってくる気になった?」
急に辞めると告げても、理由を聞くと怒りもせずに承諾してくれた部長。厳しいながらも、優しく面倒見が良いのは演劇部員なら誰もが知っていた。
「今はコンクール用にロミオとジュリエットを練習しているの。楽しく演じられる穂月ちゃんなら、きっと良い役を任せられるでしょうね」
「お、おお、おおお……」
「まーたん! ほっちゃんが演劇部に引っこ抜かれそうになってるから、急いで回収してきて!」
ステージにどんどん引き寄せられつつあった穂月の腰を、朱華の命を受けた陽向がタックルするように抱え込んだ。
「ほっちゃんを誘惑しないでくれ!」
涙目で陽向が抗議するも、演劇部の部長は挑発するような笑みを口元に張り付けた。
「でも穂月ちゃんが戻ってくると、沙耶ちゃんと悠里ちゃんもついてくるもの。それに希ちゃんもやっぱり素敵だわ。凛々しく身長も高いから、男役とか凄く似合いそう。それに貴女!」
部長が目を付けたのは、陽向の援軍に派遣されてきた凛だった。
「目を引く容姿にその存在感、きっと素晴らしい役者になれるわ。グラウンドの貴女も素敵だけど、スポットライトの下ではもっと輝けるはずよ」
「わ、わたくしがですか!? そう言われると悪い気はしませんわね。オーホッホベッ!?」
「ミイラ取りがミイラになってどうするのよ!」
朱華から脳天チョップを喰らい、舌を出してダウンした凛が他の部員の手で隔離される。喜劇のような一幕に、穂月は「おー」と拍手する。
「ほっちゃんはこの通り何の危機感もないけど、私は違うの。ソフトボール部に取り戻したからには、断固流出を阻止させてもらうわ」
「あら、生徒会長ともあろうお方が、生徒の自由意思を尊重なさらないのですか?」
「その自由意思によって、ほっちゃんは私たちと一緒にいるのを選んでくれたのよ! そう、これはいわば友情の勝利なの!」
「わざわざ前面に出して、友情という名の鎖で心を縛るなんて下策だと思いませんか?」
「……ずいぶんと煽るじゃない」
「柳井さんには昨年の生徒会長選挙で負けた借りがあるもの。それがなかったとしても、穂月ちゃんの才能は確かだから部に欲しいと思ったでしょうけど」
朱華と睨み合いを続けつつも、時折穂月に演劇部に戻ってくればお芝居し放題よと誘惑するのを忘れない部長。
そのたびに引力が発生したように魂ごと持っていかれそうになるのだが、任務を失敗した際のお仕置きを恐れる陽向に全力で引き留められ続けた。
*
「演劇部が羨ましいというのなら、ソフトボール部で演劇をすればいいじゃない」
自分で決めてソフトボール部に籍を置きながらも、いまだに演劇部も諦めきれないでいる穂月に、顧問の美由紀が提示した解決方法がそれだった。
「小学生の時も、似たような条件を出して穂月ちゃんを入部させたんでしょ?」
確認を求めた朱華が首肯すると、女教師は満足げに手を叩く。
「さすがに文化部のコンクールには出られないけど、文化祭でソフトボール部として演劇を出し物にする程度は可能でしょう」
「いいんですか?」
まさか許可が降りるとは思っていなかったらしく、1人でベンチに座っている監督に朱華が身を乗り出し気味にして念を押した。
「もちろんよ。他の先生に文句を言われたら、私が説き伏せてあげるわ。幸いにしてソフトボール部には男子もいないし、演技の際に密着しすぎて不埒な関係を量産することにもならないでしょう」
美由紀が男女間の交際に厳しいのを知る部員は、揃って空笑いする。
「練習のない時間に趣味としてやる分には顧問として文句もないし、穂月ちゃんがやる気をさらに出してくれるなら安いものよ。朱華たちや同じ学校出身の部員なら慣れてもいるでしょうし」
有難いことに、美由紀の発言のあとで何人かが穂月と一緒に演劇をしてもいいと挙手してくれた。
「ならこれで決まりね。演じるというのはその人物の気持ちを理解することでもあるし、もしかしたら相手バッテリーの配球を読む技術も上がったりするかもしれないわね。それでなくても息抜きにはなりそうだし」
「おー!」
盛大に拍手する穂月に、気を良くしたのか美由紀が立ち上がりながら軽くポーズを取る。
「それに顧問として私も付き合ってあげるわ!」
「おー!」
「やったの、ほっちゃん。強力な助っ人をゲットなの!」
「フフ、穂月ちゃんだけでなく、悠里ちゃんも私の実力に気付いていたのね」
「もちろんなの! 行き遅れの年増BBAの演技で美由紀先生の右に出る人はいないの!」
「おー!」
「……悠里と穂月だけランニングメニュー倍ね」
「ふおお!?」
「違うの! ゆーちゃんはりんりんにそう言えって脅されただけなの!」
「ゆーちゃんさん!? さらっとわたくしを巻き込まないでくださいませ!」
*
「……それでソフトボール部も演劇をすることになったのね。誰も使ってないはずのステージが占拠されてるから何かと思ったわ」
美由紀から許可を貰った数日後。早速、穂月がステージ上で友人たちと遊んでいると、ぞろぞろとやってきた演劇部とかちあったのである。
「演劇部で使用申請を出してたわけじゃないし、別に構わないでしょ」
「確かにそうだけど……穂月ちゃんの演劇への情熱がここまでとは恐れ入ったわ」
「情熱というより、単に好きなだけだと思うけどね」
言いながら朱華が穂月の頭を撫でた。一緒にお芝居中だった友人たちも、母性溢れる微笑を湛えている。希だけはステージ隅で寝転がっているが。
「でも美由紀先生が学校側の許可も取ってくれたし、コンクールには出られないけど、文化祭では演劇部と勝負することができそうね」
「たいした自信だけど、片手間の演技で私たちに敵うとは思わないことね」
火花を散らし合うソフトボール部と演劇部の主将。
「おー、なんだか宿命のライバルみたいだよ」
「演劇部の部長さんは風紀委員長を務めて、成績でも常に朱華と学年トップを張り合ってるんだよ。2人とも美人でもあるし、学校では有名だぞ」
1年先に入学していた陽向に教えてもらい、改めて穂月は「おー」と瞳をキラキラさせる。
演劇部と違って定めた演目を完成させてコンクールに出場するのではなく、あくまでも穂月のお芝居欲求を満たすためだけのソフトボール部内の活動なので何をどう演じようとも自由だったりする。
そこで穂月が思いついたのは、
「どうせならオリジナルで劇をするんだよ! 張り合っていた運動部と文化部の部長が競い合ううちに互いを認めあう、なんて内容は燃え上がるんだよ!」
「賛成なの! ゆーちゃんとほっちゃんで主役を張るの! 当然あんなことやそんなこともやっちゃうの! 演技だから仕方ないの!」
「ひいいっ、ほっちゃんさんだけでなく、ゆーちゃんさんも暴走してますわ! まーたん先輩、さっちゃんさん、止めるのを手伝ってくださいませ!」
「……脚本は私に任せて」
「こんな時だけ起きてこないでくださいませ! ああ、もう収拾不可能ですわあああ」
半泣きで叫ぶ凛を置き去りに穂月たちは盛り上がりまくるが、勝手に自分たちが劇中人物にされようとしているのを知った朱華と演劇部の部長に揃って却下されてしまうのだった。
*
「ど、どうしてこんなことに……」
ソフトボール部が練習するこの日のグラウンドには、体操着姿の女生徒たちが珍しく参加していた。演劇部の面々である。
「演劇も体力を使うから、たまにはソフトボール部と合同練習もいいかも、なんて言ったからでしょ」
朱華の正しい指摘に、演劇部の部長がうっと言葉に詰まる。見れば他の部員から少しだけ恨みがましい目を向けられていた。
事の起こりは昨日。またしても体育館ステージにて穂月率いるお芝居軍団と演劇部がかち合ってしまった。先に確保したのが穂月たちだったので、演劇部はすぐに諦めたのだが、せっかくなので一緒に使おうと誘った。
最初は別々に練習していたが、最後には穂月のお芝居に演劇部の面々も付き合ってくれた。たまにはこういう突発的な演技も良い勉強になると部長も部員も喜んだ。
「穂月が合同練習なんて言葉を使ったせいだね」
フラフラになりながら、なんとかランニングを終えた演劇部員たちを労わる。グラウンド横の小さな芝生に座り込んだ部長は、かろうじて笑みを浮かべるとその言葉を否定した。
「柳井さんも言ってたけど、体力作りのために練習に混ぜてもらったのは私たちだもの。予想以上にキツかったけれど……」
「すぐに慣れるよ。そうしたらたくさんお芝居もできるようになるんだよ!」
「そうね……演劇も舞台で駆けまわったりするものね。ないよりはあった方がいいし、これからも基礎メニューにたまに混ぜてもらってもいいかしら」
「構わないわよ、ほっちゃんもそっちにちょこちょこお世話になってるみたいだしね」
演劇部の部長と朱華が笑い合う。それはあまりにも絵になっていて、仲が悪いのではなくお互いが認め合ったライバルなのだというのが真っ直ぐに伝わってきた。
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