孫たちの学生時代編

第445話 春休みを経て中学生に! 担任は若くて綺麗な女性ですが、意外とドジなようです

 あまり積もらなかった雪に寂しさを覚えつつも、春が近づけば弥が上にも気分は高揚する。春休み中であれば尚更だ。


 小学校を卒業しても、3月31日までは生徒だと言われているので、一応は春休みになるらしい。


 なんだか不思議だねと穂月が首を傾げたら、友人の沙耶がそんなものですと笑っていた。


「宿題のない休みはとても素晴らしいの」


 穂月の部屋でぬくぬくと転がっている悠里が可愛らしい欠伸をする。フローリングに敷いた動物の毛皮みたいなカーペットがお気に入りらしく、すぐにベッドを占拠したがる希と違って、今みたいに床で丸まることが多い。


 その際も穂月の隣を自分の定位置だと主張し、滅多に譲ったりしない。


「そういえばまーたんはどうしてるんですかね」


 1つ上の友人は春休みを満喫すると息巻いていたが、突入するなりさらに1つ上の朱華に連行されて毎日中学校のグラウンドで汗を流している。


「サボろうとしてたけど、あっさり取っ捕まってたの。あーちゃんに逆らおうなんて愚か極まりないの」


 薄目を開けてため息をつく悠里に、春らしくかつお嬢様っぽいワンピース姿の凛が頷いて同意する。


「まったくですわ。あーちゃん先輩が1年生の時に虐めた人がいるらしいのですけれど、実力で劣勢を跳ね返した挙句、その方の立場が弱くなったところで笑顔で手を差し伸べたらしいですわ」


「美談です」


 瞳を輝かせる沙耶とは対照的に、凛の口元は引き攣っている。


「小声で他人を追い込む時はこうやるのよと告げながらでもですか?」


「……さすがあっちゃんです」


「最終的にその方は腰を抜かしながら、あーちゃん先輩の手を取ったそうですわ」


「おー」


 いきなり聞かされた幼馴染の武勇伝に、穂月はそう言うしかなかった。


   *


「はわわ、緊張するの。ゆーちゃんが1人だったなら、きっと逃げ出してたの」


「おー」


 穂月の手をしっかり握る悠里の小さい手は、言葉通りに震えていた。


「私もですけど、問題はないです。中学校でも全員が同じクラスになれましたし、幸先の良いスタートです」


 トレードマークの黒縁眼鏡を沙耶がクイと直す。指先に安心感が漂っているのを見るに、彼女もまた廊下に張り出されていたクラス名簿を確認するまでは緊張と不安のさなかにいたのだろう。


「ほっちゃんもあまり緊張してないみたいですね」


「うん、小さい頃からよく色々な所に連れてってもらってたからかな。新しい場所に来ると、どんなとこなんだろうってとにかくワクワクしちゃうんだ」


「ほっちゃんらしいです。

 ……のぞちゃんもですが」


 沙耶が向けた視線の先では、中学のセーラー服に身を包んでいても、小学生時代と変わらずに机に突っ伏して爆睡中の希がいた。


「春は眠いんだってー」


「のぞちゃんの場合は1年中のような気もするの。

 ところで……もう1人が見当たらないの」


「うおっほほほ、わ、わたくしはここにおりましてよ、うおっほほほ」


「吃驚したの、いきなり隣でゴリラ笑いをかまさないでほしいの」


「ゆーちゃんさんは相変わらず失礼ですけれど、今日ばかりは許してさしあげますわ、貴族の晴れ舞台ですもの、うおっほほほ」


 口元に手を当てたお嬢様笑いを頑張ってはいるが、目は真剣どころか涙まで滲んでいる。凛という友人の性格を良く知る穂月たちは、すぐにその原因まで辿り着く。


「顔を知ってる人が多すぎて緊張しちゃったんだね……でも、大抵は小学校から一緒だから平気だと思ったんだけどな」


「目立つお嬢様カールをぶちかましてるくせに、バク仕様が多すぎて理解不能なの。りんりんはもうりんりんだからと納得するしかないの」


「地元開催だった昨年の全国大会でも発病していたんですよね」


 3人揃って凛を落ち着かせていると、中学校で最初の担任になると思われる教師が入ってきた。身長は平均的だがスラリとした体躯が特徴的だ。


 20代前半と思われる若い女性で、沙耶と同じような眼鏡がよく似合っている。いわゆるサイドテールにしている黒髪は艶があり、佇まいはまさに淑女といった感じだ。淡い色のシックなスーツもそうしたイメージを強くしていた。


「皆さん、席に着いてください」


 柔らかい声色はどこか他者を安心させ、優しげな目と相まって穏やかな印象しか受けない。そこかしこから「優しそうな先生で良かったね」なんて声が聞こえてくる。


「私はこれから皆さんの担任になる春日井芽衣です。自己紹介をしたいところですが、すぐ入学式が始まるので廊下に並んでください」


   *


 母親そして叔母の時代から変わらないらしく、老朽化も進んでいるので中学校の廊下は小学校のよりも綺麗には見えなかった。


 その代わりずいぶんと広く感じ、設置されているバスケットゴールも小学校のよりかなり高い。


 小学校との些細な違いを見つけては、すぐ前の悠里と一緒にはしゃぐ。厳かな式ではあるのだが、中学生になりたての新入生を完全に静かにするのは難しく、よほど酷くなければそのまま進行される。


 全員が同じ制服を着ているのは不思議な感じもするが、なんだか急に大人になったような気がして、にまにまが止まらない。


「あっ、あーちゃんなの」


 生徒会長から歓迎の挨拶となり、壇上に姿を見せた年上の友人に、悠里だけでなく沙耶や凛といった面々も自分の席で小さく驚きの声を上げていた。


「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」


 朱華の象徴とも呼べる小さめのリボンを弾ませ、長い黒髪を微かに揺らしながら淀みなく挨拶をする姿は普段よりもずっと大人びていて、とても恰好良かった。


   *


「では改めまして、皆さんの担任の春日井芽衣です。教師になったばかりなのに初めてクラスを受け持つことになり、不安もありますが一緒に楽しみながら成長していきたいです」


 微笑む姿はまさに優しいお姉さんそのもの。加えて美人でもあるので、男女共に頬を赤らめる生徒が数人ほどいた。


「それで早速なんですけど……いきなりの居眠りは遠慮してもらえると……」


 困ったように女担任が見つめるのは1人の少女。同じ小学校出身者なら、まず知らない人間はいないほど有名だった希である。


 呼びかけても反応はなく、軽く肩を叩いても揺すってみても駄目。徐々に芽衣の顔に不安が広がっていく。


「もしかして具合が悪いんですか? そうだとしたらすぐに保健室へ連れて行かないと……保健委員――はまだ決めてませんでしたね、なら先生が……キャア!」


 1人でパニクり、おたおたした挙句に何もないところに躓いてバランスを崩し、頭から希の席に突撃する。


 保護者も含めたクラス全体が息を呑む中、向かってきた頭部を素早く上半身を起こした希がはしっと受け止める。


「のぞちゃん凄いの。もしかして起きてたの」


 後ろの席から身を乗り出してきた悠里に、穂月は首を振って否定する。


「ちゃんと寝てたよー」


「だとしたらとんでもない反応速度なの。それにあの先生、天然どじっ娘の匂いがするの。侮れないの」


 なんとか事なきを得た芽衣が、希にぺこぺこと頭を下げる。誰がどう見ても原因は入学式当日から居眠りをしていた側にあるのだが、この光景だけを切り取るとそんなふうにはとても思えなかった。


   *


「ソフトボール部へようこそ!」


 入学式後の挨拶が終わるなり、教室へ飛び込んできた朱華が両手を広げた。すぐ後ろには陽向もおり、たっぷり浴びる新入生の注目にげんなりしている。


 体育館で見た生徒会長の突然の登場に、ヒソヒソと噂話がされる中、歩み寄られた穂月たちも一斉に多くの視線に晒された。


「入部届けも持ってきたわ。早速今日から見学――いいえ、練習をしましょう!」


「はわわ、あーちゃんがとんでもなく張り切ってるの。きっとまーたんの差し金なの」


「なんでだよ、俺は巻き込まれた側だっての」


 悠里に矛先を向けられた陽向が、小学校時代から変わらないポニーテールを手でくしゃりとする。


 乱暴な口調と着崩している制服のせいで、そこかしこから「不良」だの「ヤンキー」だのといった声が飛ぶ。


 釣り目でキツそうな印象を見る人間に与える陽向だけに、ひと睨みするだけですぐに黙らせることができるのだが。


「この間まで小学生だった子たちを威嚇してどうするのよ」


 怖い先輩というイメージが定着する前に、朱華がぺしっと陽向の頭を叩いた。


「俺は普通に見てただけだ」


「はいはい。皆、私はソフトボール部でキャプテンもしてるの。興味がある人がいたら、是非グラウンドへ見学に来てね」


 にこやかな笑顔で勧誘すると、グッと穂月の腕を握る。


「さあ行くわよ。りんりんはのぞちゃんを背負ってあげて」


「わたくし、のぞちゃんさん専用のタクシーではないのですけれど」


 ぶちぶち文句を言いながらも、しっかり希を背負う凛。外見こそ年々派手になっていくが、根は真面目で素直な少女なのである。


 入学式などを経て、すっかり緊張も解消された凛に続いて教室を出るも、他の足音はついてこなかった。


「まーたんが怖がらせたせいで、最初の勧誘から失敗しちゃったじゃない。他の部活が目をつけてない今がチャンスだったのに」


「俺のせいにすんな! それにほっちゃんたちがいれば大丈夫だろ」


「おー」


 ズルズルと引き摺られていく穂月を、保護者たちが笑顔で見送る。夜には高木家に集まって、入学祝のパーティーを開催してくれる予定になっていた。


「ほっちゃんたちも今日から中学生。新しい生活を一緒に楽しみましょ」


「うんっ」


 久しぶりに学校で朱華や陽向と遊べると思えば、いきなり連れ出された戸惑いも綺麗さっぱりなくなる。


 足に力を込めた穂月は、逆に朱華を引っ張るようにしてグラウンドへ向かった。

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