第443話 通い慣れた小学校もこれで終わりだと寂しいです、でも皆とっても成長できたと思います

「はわわ、簡単に打たれちゃったの」


 穂月の立つショートのポジションに、マウンドからの悠里の悲鳴が届く。


 まだ雪の残るグラウンドで、ソフトボール部恒例のさよなら試合が行われている最中だった。


 昨年の陽向が例外だったのであり、卒業間近の六年生はすでに引退済み。毎日クタクタになるまで練習している現役に敵うはずがない。


 ……のだが、スコアボードでは6-0になっていた。


 5回まで主力チームは先発の穂月から点を取れず、泣きの投手交代をしてからようやくの反抗開始となった。


 逆にマウンドに上ったばかりの悠里は涙目だが。


「なんて可愛くない後輩たちなの。こうなったらりんりんと交代してやるの」


 プンスカする悠里に、すぐさま下級生から「怪我をしたくないので勘弁してください」と懇願が入る。


 これに異を唱えるのはもちろん名前を挙げられた凛だ。


「どうしてわたくしが投手をすると怪我するんですの!」


「もちろんノーコンだからなの! 手が滑った振りをしなくても、合法的にぶつけられるの」


「人を破壊魔みたいに言わないでくださいます!?」


 お笑いコンビみたいなやり取りに、グラウンドに笑い声が木霊する。


「こうなったら次の打席でまた本塁打を放って、苛立ちを鎮めますわ!」


 ここまで2打数2安打2本塁打の凛の宣言に、下級生から悲鳴が上がる。


 実戦から遠ざかっていても全国屈指の打力が健在の凛は、いまいちやる気がない希と違って後輩たちの大きな壁になっている。


「元エースからは点が取れず、元4番にはボコボコにされる。春の大会が今から不安だわ……」


 例年の追い出し試合とは違う展開に、監督の柚は頭が痛そうだった。


   *


「おー、よく似あってるよ、さすが私の娘!」


 卒業式が前日に迫り、穂月が夜のリビングで中学校の制服姿を披露すると、すかさず母親が褒めてくれた。


 叔母と祖母は写真撮影に余念がなく、角度がどうこうと話し合ってはスマホやデジカメを向ける。


「あの小さかった穂月がこんなに立派になって……」


「ママ、私たちの時にも似たような台詞を言っていなかったかしら」


 瞳に涙を溜めた祖母を、叔母が呆れ気味に見る。時には辛辣な言葉も飛び交うが、仲が良いからこその冗談だとわかっている。


「穂月も、もう12歳だからね。立派な女性なのです」


 ふふんと胸を張れば、何故か叔母が自分の胸部を摩って悲しそうな顔をしていた。


「学校が変わるのは寂しさもあるだろうが、仲の良い友達が一緒なのは心強いな」


「あら、春道さん、そう思うのは大人だけで、子供は新しい環境の方にワクワクするものよ」


「……言われてみればそうかもしれないな」


 祖父母の会話を聞きながらソファに座ろうとすると、にこにこしていた母親から急に待ったがかかった。


「ゆっくりするつもりなら着替えた方がいいよ。制服が皺になっちゃうし」


「うんっ」


 叔母から作ってもらったホットミルクをちびちびと飲みながら、この日は夜遅くまで家族と小学校の思い出を話した。


   *


「卒業……するんですね」


 卒業式の当日ばかりは、穂月の家に全員集合してから登校することになった。特別感があるからか、同じ制服に身を包んでいる沙耶は表情を曇らせていた。


「皆一緒なのはわかっていても、もうあの学校に通えないと思うとなんだか寂しいです」


「それは……ゆーちゃんもなの。入学前はお友達ができるかとか、虐められないかとか不安だったけど、とっても楽しい6年間を過ごせたの」


 悠里が穂月の腕を取って、ぴったりとくっつく。


「それもこれもほっちゃんのおかげなの。幼稚園の頃からあまり周りと上手く馴染めないゆーちゃんと遊んでくれたの」


「おー」


「フフッ、ほっちゃんは誰が相手でも態度を変えないから安心できるんです」


 微笑んだ沙耶が悠里とは逆の手を取る。


「あっという間に両方が埋まってしまいましたわ! 残るのはええと……」


「……背中はアタシの」


 きょろきょろする凛を横目に、希が背中にべったり張り付いた。おんぶをねだるのはいつものことだが、今朝はランドセルのクッションがないため、ダイレクトに友人の感触が伝わる。


「おー、のぞちゃん、おっぱいが大きいねー」


「そうなの!」


 何気ない感想に、隣で見上げるように反応したのは悠里だった。


「りんりんどころかさっちゃんまで大きいのは納得いかないの! 委員長キャラはないのが相場なの! それにゆるふわ系は大きいのも相場なの! 茉優ちゃんもそうなの! なのに! それなのに!」


「そんなこと言われても、胸部の成長は操作不可能ですし」


 困り切ったように眉根を寄せる沙耶は、悠里のあまりの剣幕に若干どころか大分引き気味だ。


「菜月さんや愛花さんもバストサイズではかなり悩んだみたいですけれど、わたくしからすれば可愛らしくて良いと思いますわ」


「それは持ってる女の意見なの! だったらそれ全部、ゆーちゃんに寄越すの!」


「ひいいっ、引っ張らないでくださいませっ」


 目を血走らせて鷲掴みする悠里から、恐怖に顔を引き攣らせた凛が慌てて距離を取る。そのまま追いかけっこが始まると、沙耶がため息をつきつつ仲裁に入る。


「アハハ、卒業式でもいつもと変わらないね」


「……だから寂しがる必要はない」


「うんっ! ありがと、のぞちゃん」


 大切な親友を背負いつつ、穂月は満面の笑みを浮かべた。


   *


 1人1人の名前が呼ばれ、体育館のステージで卒業証書を受け取る。


 転ばずに自分の分を済ませた穂月は、席に戻る途中で両親の姿を発見し、思わず全力のピースサインをしてしまった。


 おかげで涙ぐんでいた卒業生の幾人かが笑顔になり、卒業式にはあまり似つかわしくないながらも、悲しい雰囲気はかなり軽減された。


 卒業生と在校生に分かれて歌を歌い、送辞や答辞を経て、練習中は長いと思っていた卒業式があっという間に終わる。


 戻った教室は慣れ親しんだ席のままで、後ろに座る希からはいつもと変わらない寝息が聞こえてくる。


「教師として、卒業する皆さんを見送ることは寂しいと同時に誇らしくもあります」


 いつもよりずっと綺麗におめかしした柚が、黒板前で微笑む。


「この学び舎で得た経験を活かし、中学校でも元気に楽しく過ごしてください」


 穂月も含めて、生徒全員が元気に返事をする。いつの間にか背後の住人も起きているようだ。


 おかげで教室の後ろではらはらしっぱなしだった保護者の1人が、大きな安堵の息を吐いていた。


   *


「葉月ちゃんの娘の卒業を、担任として祝うことができるなんてね……大きな夢が叶った気分だわ」


「おいおい柚先生や、卒業したのは葉月の娘だけではないんですがね」


 ダイニングで母親たちが楽しそうに会話する。


 小さな個人レストランを借り切って夕食を済ませたあと、二次会と称して高木家に皆で集まったばかりだった。


「穂月も、もう中学生か……私も歳を取るわけだわ……」


 ため息をつく叔母には、その夫が必死に「でも綺麗だよ」などと慰めている。


「なんだかわたくしたちよりも、お母様方の方が感傷に浸っていますわね」


「大人は昔を思い出すと切なくなるらしいよ、菜月ちゃんが言ってた」


「菜月さんがおっしゃったのなら、間違いありませんわね」


 相変わらずの凛の盲信ぶりに、穂月は叔母の苦笑顔を想像してクスっとする。


「……どうかした?」


 背後霊のごとく背中に寄り添う希に、おやと首を傾げる。


「そういえばのぞちゃんは、あんまり菜月ちゃんにべったりしなくなったねー」


「……今でも遊んでもらったりはするよ?」


 確かに本の貸し借りなどは頻繁にしているみたいだが、昔みたいに何を差し置いてもまずは菜月の膝に座りたがるような積極性は失われているような気がする。


「……あと、目を離すと心配なのがいるから……」


「おー……あっ、わかった、りんりんだ」


「お待ちくださいませ、今の会話の流れでどうしてわたくしの名前が出てきますの!?」


 ポンと手を叩いた穂月に、お嬢様カールでお嬢様口調のお嬢様ではない友人がすかさずツッコみを入れる。


「それはりんりんだからとしか言えないの」


「ゆーちゃんに同意です」


 悠里と沙耶が腕組みしつつ、うんうんと頷く。


「わたくしの存在が、皆様にどういう認識をされているのか詳しくお聞かせ願いたいですわ」


「やめとけ、ショックを受けるから」


「あっ、まーたん先輩も来てくださったのですね」


「ああ、俺の時もお前らに祝ってもらったからな」


「ところで……何故ゆえにわたくしがショックを受けるのでしょうか」


 わざとらしく口笛を吹く陽向に凛が詰め寄る。


 その後ろから姿を見せた朱華が、穂月たちを祝福してくれる。


「ようやくまた同じ学校に通えるわね。1年だけなのが寂しいけど」


 穂月はあからさまにため息をつく年上の友人をギュッとする。


「でも穂月はあーちゃんと一緒で嬉しいよ」


「もちろん私もよ。それにほっちゃんが喜ぶプレゼントも用意してあるわ」


「えっ、何だろう」


「ウフフ、入学してからのお楽しみよ。ね、まーたん」


「俺も協力したんだから、感謝してくれよ」


 企み顔をする朱華と陽向を見て、ますます中学校に通うのが楽しみになる。


「中学校でも皆で楽しく過ごそうね」


 穂月が笑顔でそう言うと、大好きな友人たちは揃って頷いてくれた。

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