第432話 お姉ちゃんたちに遊んでもらおうと頑張る春也、最終的に楽しく相手をしてくれたのはあのお姉ちゃんでした

 寒い寒いと大人は身を縮こまらせるが、走り回ればすぐ暑くなる。


 今日も今日で外で元気に遊ぶ春也。小学校での最初の一年も、もうすぐ終わろうとしていた。


 本人としては幼稚園の頃とあまり変わった感じはしないのだが。


「うーん、ひまだな」


 腕組みをした春也は唸った。


 同じクラスになった幼馴染2人といつものように遊んでいるのだが、さすがに冬休みに入って毎日だと少し飽きが出てくる。


「じゃあおうちのなかであそぶ?」


 鬼ごっこで鬼役を務めていた晋悟の目は、是非そうしようと言っているみたいだった。


「ゲームとか? やりすぎるとバーバにおこられるし、そもそもじっとすわってるのはやだ」


 7歳にして根っからの体育会系気質だと周囲に評されている春也は、とにかく体を動かすのが好きだった。


 だが目的もなく走り回るよりは、遊びの中で全身を使った方がいい。


「でも3人だと、できるあそびはすこししかないよ」


「うーん、ともきはなんかないのか?」


「ねえさんに、おれをともくんとよばせるあそびがいい」


「……それ、なんかいみがあるのか?」


「おれがうれしい」


「よし、やめとこう」


「なら、もうかえっていいか? ねえさんといっしょにいたいんだが」


 智希という友人はとにかく姉が大好きで、常に傍にいたがる。


 学校でも休み時間になれば姉の教室に行こうとするが、いつだったかその姉直々にあまり来るなと言われ、涙を流しながら絶望していた。


 姉の方は弟ほどに姉弟の絆やら愛情やらに飢えていないようである。


「でもねえちゃんたちとあそぶのはいいな。たのんでみよう」


「え? でもちょっとまえにだめっていわれたよね」


「うちのねえちゃんにはな。ねえちゃんはほかにもいるだろ」


   *


 いつもはよく一緒にいる姉たちだが、今日はそれぞれの家で過ごしているらしい。春也が友人2人をお供に引き連れて最初に向かったのは、晋悟の家だった。


「ど、どうしてぼくのいえなの?」


「あーねえちゃんがいちばんあそんでくれそうだから」


「たしかにそうかもしれないけど、おねえさんもやることがあるだろうし、そっとしておこうよ」


「それじゃ、ここまできたいみがないだろ」


 何故か及び腰になる晋悟を先頭に家へお邪魔し、朱華の部屋をノックする。


 春也の姉の穂月は基本鍵をかけておらず、勝手に開けても怒ったりしない。智希の家はそもそも鍵のかかる部屋がないらしい。しかしこの家は違う。


 うっかりノックもしないで開けた日には、普段は優しい年上のお姉さんに鬼のような迫力で叱りつけられる。


「あけてもらえるまでまつってのもひまだよな」


「だめだよ、はるやくん。まえにおこられたでしょ」


「ぷらいばしーのしんがいだっけ? おれにはよくわかんないけどな」


 待つこと少し、朱華が部屋から顔を出した。春也たちを見るなり、物珍しそうに首を傾げる。


「3人で遊んでたんじゃなかったの?」


「そうだけど、ちょっとあきたから、あーねえちゃん、あそんでよ」


「私と? ふうん……でも宿題の途中なのよね」


 自分の分は早めに終わらせておかないと、一つ下の問題児の面倒を見れないからと笑う。


 弟の晋悟は邪魔したら悪いから諦めようと言うが、春也には秘策がある。


 乗り気でない相手には、興味がありそうな提案をすればいいのだ。前にどうやって皆から遊んでもらえばいいか祖父に聞いたところ、そう教えられた。


「じゃあ、ソフトボールをやろう」


「へえ」


 朱華の目がギラリと光り、晋悟が露骨に怯える。


「そこまで言うなら遊んであげるわ。体を動かすのも悪くないしね」


   *


「……どうしてこうなった」


 面倒見の良い朱華に、大好きなソフトボールで遊ぼうと声をかければ快く承諾してくれるはず。


 途中までは春也の計算通りに事が進んだ。


 しかしいざ近所の公園に着くと、何故か朱華は春也たちの守備力を鍛えるとノックを始めたのである。


 最初は面白がって応じていたが、あまりにも終わりがないので、途中から他の遊びがしたくなる。


 けれどノリノリの朱華は千本ノックをするのだと大張り切り中だ。


「ソフトボールでも野球でも守備力は大切よ。4年生になった時のために、今から基礎を学びたいだなんて殊勝な心掛けよね」


「いってない! ぼくはそんなこと、ひとこともいってないです!」


 晋悟がチラリと春也たちを見るが、途中からノックの順番を押し付けたので代わろうかとは声をかけない。


「あーねえちゃんはしっぱいだった。つぎにいこう」


「まって、はるやくん、ぼくをみすてないでっ」


「晋悟! 泣いてる暇があったら気合を入れなさい。もっと強い打球を飛ばすわよ!」


「ひいいっ!」


   *


 悲鳴を上げる友人に合掌してから、春也と智希が次に向かったのは小山田家だった。智希の祖母にお邪魔しますと挨拶をしてから居間に行くと、新たな標的がこたつでねそべりながら読書中だった。


 智希の母親曰く、こたつから出そうとすると普段のなまけものぶりが嘘みたいに全力で抵抗するらしい。


 それゆえにあまり用意したくないらしいのだが、冬になると毎日のように無言で催促してくるので、最終的に父親が根負けして出すのだと少し前にムーンリーフで大きなため息をついていた。


「のぞねーちゃん、あそんで」


 単刀直入に要望を伝えてみたが、希は視線すら動かさない。無視しているのではなく、普段からこんな感じなので春也も怒ったり動揺したりはしなかった。


「あそんで」


 とりあえず擽ってみようとするが、反応を確かめる前に智希に阻止される。


「ねえさんのどくしょのじゃまをするな」


「でも、あそんでもらえないぞ」


「なにをいう。いっしょのくうかんにいられるだけでしあわせになれる」


「のぞねーちゃん、あそんで」


 目をキラキラさせる友人を無視して再び声をかけるも、やはりまともな反応はない。春也の姉の穂月が誘うと成功確率は急上昇するのだが、生憎とこの場にはいない。姉の友人でも希を動かすのは苦労しているので、春也がどうにかするのはやはり無理そうだ。


 擽りも友人に阻まれた今、できることは何もない。


 唸る春也を後目に希はすやすやと気持ち良さそうに眠りだし、傍で見守る智希は呆れるくらいにうっとりしている。


 ここに至っては春也も認めるしかなかった。


 誘う相手を間違えたと。


   *


 姉と過ごす時間こそ我が人生と断言する友人を放置し、1人になった春也は自宅へ戻り、最終的に自分の姉にまた遊んでと頼んでみた。


 瞳を輝かせてくれたまではよかったのだが、観終わったばかりのアニメDVDの内容を真似た芝居をさせられそうになり、慌てて外へ逃げてきた。


 初めのうちこそ他の誰かを演じるというのも楽しかったが、夢中になる姉ほどに春也には適性がなかったみたいである。


「あーあ、ひまだなー」


 とぼとぼと一人で歩く。せっかくポカポカと温かい一日なのに、誰にも相手をしてもらえないというのは寂しすぎる。とはいえあのまま3人で遊んでいても、もっと早くに飽きて解散になっていただろう。


「しかたないからこうえんで――あっ、まーねえちゃんだ!」


 各姉を誘いに行く前に遊んでいた公園に戻ると、陽向がリフティングをして遊んでいた。


 陽向は駆け寄る春也に気付くと、サッカーボールを手に持った。


「春也じゃねえか。一人なんて珍しいな」


 これまでの出来事をジェスチャーを交えて教えると、お腹を抱えて陽向は笑った。


「そりゃ、相手が悪かったな」


「うん。でもまーねえちゃんをみつけたからいいや。けどなんでここにいんの? きょうはあそばないってほづねえちゃんがいってたし、まーねえちゃんのいえはとおいだろ」


「んなことねえよ、自転車に乗ればすぐだし」


 よく納得できないながらも、ふうんと返事をしたあとで春也は唐突に相手の事情を察する。


「わかった! まーねえちゃんもひとりでさびしかったんだ!」


「はあ!? 違うし!」


「えー、おれとおんなじさびしんぼなんだろー」


「だから違うっての!

 んなこと言ってたら、一緒に遊んでやんねえぞ!」


「ああ、うそうそ! だからあそんでよー」


「よっしゃ、ならサッカーすんぞ」


「おーっ」


 二人で遊び始めると、帰ったのではなく、近くのスーパーに飲み物を買いに行っていただけらしい朱華と晋悟が戻ってきた。


「あれ、まーたんじゃない。春也と遊んでるの?」


「お、おねえさん、ついさっきノックをおえたばかりでつかれてますよね、ぼくたちは――」


「せっかくだから私たちも混ざるわよ!」


「やっぱりそうなりますよね……」


 ガックリと肩を落とした晋悟も、姉に続いて輪を作ってパス回しに参加する。


「おー、皆で遊んでるーっ」


 公園に一際元気な声が響いた。穂月だ。


 友人たちが一緒なら話も変わっただろうが、二回目に誘った時は春也一人だけなのを見ていたので、もしかしたら逃げ出した春也を心配して、追いかけてきてくれたのかもしれない。


 途中で誘ったのか、穂月の背後には眠そうな希と、姫を守る騎士のごとく付き従う智希もいた。


「これならミニサッカーができそうだけど、奇数だからもう一人欲しいわね」


 朱華の呟きが聞こえたわけではないだろうが、タイミング良く自転車のブレーキ音が聞こえた。


「見つけましたわ、ほっちゃんさん。本日は菜月様のアルバムを拝見しに――」


「――あーちゃん、偶数になったよ」


「な、何ですの!? 降りますから引っ張らないでくださいませ!」


 見た目はお嬢様全開でも家はごくごく普通。高級自動車で送り迎えなど夢のまた夢なので動きやすい服装でしっかり古びたママチャリを乗りこなしている。


「何だよ、結局、今日も全員揃ってんじゃねえか」


 陽向があまりにも楽しそうに破顔した。


「そうだなー」


 春也も同じ気持ちだったので、彼女の隣でニッと白い歯を見せた。

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