第413話 雪が降ったからお城……は無理だったのでかまくらと温泉を楽しみました
遠足も含めて楽しい行事が多かった2学期も終わると、待ちに待った長期休みに入る。都会より日数が多い冬休みは宿題もわんさか出たが、それよりも遊べる時間が増えたのが嬉しかった。
ムーンリーフへ行けば毎日のように朱華や希と遊べる。希の場合は家から出たがらないが、その場合は家まで迎えに行くのを幼稚園時代から続けた結果、特別な用がなければ店までは来てくれるようになっていた。
そんなある日、早朝に目を覚ました穂月は自室のカーテンを開けるなり「おー」と歓声を上げた。
いつになく外の風景が真っ白だったからである。
「ゆきだーっ」
両手を突き上げて叫んだあと、パジャマ姿のままでドタドタと1階に降りる。
すでに両親はムーンリーフに出勤済みで、リビングでは祖母が朝食を作ってくれていた。美味しそうな匂いに涎を零しそうになりながらも、穂月は人差し指を壁へと向ける。
「バーバ、ゆきだよゆきっ」
「昨日の夜遅くからずっと降ってるみたいね。春道さんが今も一生懸命雪かきしてくれてるわ」
「ほづきもてつだうっ」
「その前に着替えてきなさい。顔を洗うのも忘れずにね」
「あいだほっ」
来た時同様にドタドタを階段を上り、すっかり1人にも慣れた部屋で手早く着替える。顔を荒い、歯磨きもしたらジャンパーを着て準備完了だ。もちろん毛糸の帽子と手袋も忘れない。
「ゆーきー」
ドアを大きく開け放ち、外へ飛び出すなり、家の前で雪かきをしていた祖父にダイブする。
「おお、穂月か、朝から元気だな」
「おてつだいするー」
「ならそこにある小さなシャベルを使ってくれ」
穂月が来る前に用意しておいてくれたのか、春道の足元にはプラスチック製で穂月愛用のスコップだけでなく赤いそりもある。
「おー」
シャベルで雪をそりに積み、庭の隅に作った雪置きスペースへまとめる。
雪の量が増えすぎるとやはり近所の雪置き場に指定されている公園へ、そりに乗せて運んだりもする。
それでも間に合わなければ父親なり祖父なり、もしくは実希子なりが軽トラックをレンタルしてきて市で指定されている雪捨て場まで運んでいく。
「えへへ、つめたいねー」
「食べちゃだめだぞ、お腹を壊したら鬼より怖い和葉に叱られるからな。
……俺が」
「まあ、春道さんたら冗談が上手ね」
「……だ、だろ?」
いつの間にかそこにいた祖母のプレッシャーに、頬を引き攣らせた祖父が後退りする。
「穂月、朝ご飯を用意してあるから、手を洗ったら食べなさい」
「あいだほっ」
「あ、じゃあ、俺も……」
「春道さんには大切なお話があります。鬼より怖い妻から」
「ひいいっ! 嘘ですっ! 世界一綺麗な奥さんですう」
半泣きの祖父の声が近所に響く。
玄関から漂ってくる焼けた卵の香ばしい匂いに頬を緩めながら、穂月はそんな祖父を置き去りにしてダイニングへと駆け出した。
*
「ゆきでおしろをつくれないかなー」
「それはさすがに難しいんじゃないかしら」
たくさんの雪で埋まった高木家の庭。お腹一杯に朝ご飯を食べて元気も一杯の穂月の提案に、顎に手を当てた朱華が眉間に皺を寄せた。
朝食後には雲の隙間から日が差すようにもなったので、穂月はすかさず友人たちに連絡を取った。
元々毎日のように遊んでいた友人たちは一人も欠けることなく、今日はムーンリーフではなく高木家に集まってくれた。
同級生の沙耶に悠里。半ば引率者役になっている最年長の朱華。そして春に体育館で遊んでから徐々に仲良くなった陽向。穂月も加えたこの5人でグループを結成しているようなものだった。
時には朱華が自分の友人を連れてきたり、欠席したりもするが、陽向に関してはほぼ皆勤賞である。
「かまくらならなんとかなるんじゃね?」
ポニーテールにすると性格が似るのかしら、なんて好美に言われたりもした陽向が穂月の願いに対して妥協案を提示した。
「ようちえんのころに、パパといっしょに作ったことがあるの」
「わたしはないです」
「じゃあやってみよう」
悠里と沙耶のかまくら経験の有無を聞き終えると、穂月は両手を挙げて宣言した。全員分のスコップを借りようと祖父に声をかけると、仕事の手を止めて自分も参加すると言い出した。子供たちだけでは危険だと思ったのかもしれない。
だが途中で監督役が祖父から祖母に変わる。ムーンリーフ2号店の話がまだ本決まりになっておらず、茉優だけでなく恭介も1号店で勤務しているため、無理してパートに出る必要がなくなったので暇になったと笑っていた。代わりに祖父が仕事へ戻ったみたいだった。
*
「おー、かまくらだー」
穂月も祖父や両親と一緒になって何度か作った経験がある。完成したばかりのかまくらを前に皆で記念撮影をする。
「やっぱり中はあたたかいの」
マフラーに顔の下半分を生め、ぬくぬくとしている悠里は嬉しそうだ。あまり寒いのは得意じゃないらしい。
寒さも暑さもあまり気にしないのが陽向だ。肉体の頑丈さという意味では仲間内で一番だろう。
「かまくら作ってるときから汗だくだから、あんまよくわかんねえな」
「意外と重労働よね、雪遊びって」
穂月たちが怪我しないように気遣ってくれていた朱華も肩で息をしている。だが表情には充実感があった。
「運動にはさいてきです」
難しい言葉を使う沙耶はクラスでも優秀で、漢字のテストでも一番を譲らない。勉強が苦手な穂月は宿題をする時も彼女の世話になりっぱなしだ。
「ゆきはたのしいよね」
お城こそ作れなかったが、かまくらを見てるとほっこりする。
さほど大きくないので子供であっても2人が入ると一杯一杯だ。穂月と沙耶、それに悠里が交代で出入りするのを、朱華と陽向が微笑ましそうに見守る。
「皆、せっかくだからお外でお汁粉を食べましょう」
ほかほかと湯気を上げるお汁粉を、わざわざ祖母が作って持ってきてくれた。
笑顔で受け取り、ほくほくと食べる。
「甘くておいしいの」
「たまには外で食べるのもいいもんだな」
悠里と陽向の吐いた息が、青色を多く含むようになった空に昇っていく。
「のぞちゃん、もう小学生なんだから、さすがに自分で食べようね」
朱華に注意され、渋々とではあるが自分の手でお椀を持つ希。かまくら製作の最中も、時折雪を布団に眠ろうとしては朱華に揺り起こされていた。
「冬休みの日記の一ページができました」
「ほづきもかくー」
長期休みに入ると思い出を日記に書くのも宿題として出されるため、こうした出来事が多いに越したことはなかった。
「食べ終わったら温泉でも行きましょうか。皆、汗をかいたでしょ」
*
お昼をお汁粉とお餅で済ませ、午後になると穂月たちは和葉に連れられて市内になる温泉施設へとやってきた。
銭湯は数少なくなれど、車を走らせれば日帰り温泉を楽しめる宿泊施設がそれなりにある。いつだったか祖父母が田舎の特権だと笑っていた。
運転手をしてくれた祖父は1人で男湯に入り、穂月たちは祖母と一緒に女湯で体を洗う。
「まーたん、きょろきょろしてどうしたの?」
「べ、別に何でもねえよ」
「わかった。温泉、初めてなんでしょ」
「悪いかよっ」
「悪くないからこっちに来て、そこに立ってると他の人の邪魔になっちゃうから」
穂月ら年下組の面倒を和葉が一手に引き受け、温泉が初めてだという陽向は年上の朱華が世話をする。
入浴する前に髪や体をよく洗うのがマナーというか基本だ。
「はわわ、ほっちゃんはもうひとりでかみがあらえるんだね」
感心する悠里に穂月はえへんと胸を張る。
高木家はよく遊びに連れて行ってくれる反面、幼い頃から自室を与えたり、早くからお風呂に1人で入らせたりなどの自立を促す機会も多かった。
もっとも部屋もお風呂も完全に1人にする前に、何度も大丈夫か両親や祖父母がチェックをするので1年くらいの準備期間を経てからの実行になるのだが。
「しょうがくせいになってすこししてから、ひとりではいるようになったんだ」
「ほっちゃんはおとなです。わたしはまだおかあさんといっしょが多いです」
気落ちする沙耶の頭を和葉が優しく撫でる。
「気にしなくていいわよ。うちだって穂月が一緒に入りたいといえば、私や葉月と入浴をするもの」
「そうだよー。ジージとバーバも――もがもが」
「穂月、そういうことはお外で言っちゃだめよ」
にっこり笑った祖母がとても怖かったので、反射的に穂月はコクコク頷いていた。
*
翌日も雪が残っていたので、今度は皆でそりを引っ張って遊んだ。
ジャンケンで負けた人が目印のある場所まで引っ張るのを繰り返しながら、ムーンリーフをゴールに選んだ。
悠里などは力があまりないので、その場合は助っ人として朱華か陽向が加わった。昔からお姉さんらしく接してくれている朱華だけでなく、親しくなると陽向も面倒見がいいタイプだと判明した。
それを知った好美が、血は繋がってないけどやはり実希子二世だと笑っていた。
その陽向はあまりにも簡単に距離を詰める実希子に当初は苦手意識を抱いていたが、いつの間にか呑まれ、気が付けば年の差はあれども友人みたいに接するようになっていた。
「ゴールっ!」
道行くお客さんに挨拶をしながら、最後にそりを引いていた穂月がガッツポーズをする。
丁度暇な時間帯だったのか、店から葉月が出てくる。
「皆、お疲れ様、おやつのクリームパンだよ」
「あいだほっ!」
口々にお礼を言いながら皆で頬張ったクリームパンは、昨日のお汁粉にも負けないくらい美味しかった。
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