第389話 孫娘たちとキャンプ

 太陽がかんかんと照り付ける夏が過ぎ去れば、優しい風に乗って草木が穏やかに香る秋がやってくる。


 汗をガンガンかきながら楽しむ夏の海やバーベキューも楽しいが、十分に年齢を重ねた春道には和らぎながらも暑さを残す日差しの方がありがたい。


「絶好のキャンプ日和になったわね」


 テントを設置する春道を手伝っている和葉が、サンバイザーから薄目で広大な青空を仰ぐ。


「ジージ、これはー?」


 とことこと歩み寄ってくる小さな影。

 春道も和葉もメロメロの初孫こと穂月だ。


 今日明日と幼稚園が休みなのもあり、皆でキャンプにやってきた。県内では有名なスポットで、葉月や菜月も小さい頃にはここでキャンプをしている。


 葉月たちは一歳になったばかりの息子の面倒もあるため、子供たちの引率は春道の役目だ。


 ムーンリーフは営業中だが、葉月たちが産休から復帰したことで人手も足りつつあるので、あまり遊びに連れ歩けていない娘たちのために今回の催しが計画された。葉月曰く、自分たちが子供の頃に覚えた感動や喜びを、穂月たちにも体験してほしいそうだ。


「それはペグだな。テントを張るのに必要なんだ」


「ぺぐー」


 きゃっきゃっと子供らしくはしゃぐ穂月の傍では、勝手に一人でどこかに行ったりしないように朱華が見守ってくれている。


「ほづきちゃん、ふりまわしちゃ、めっ、なんだよー」


「あいっ!」


 元気に返事をする穂月。

 もっと小さい頃から世話してもらってきただけあって、朱華とはとても仲が良い。


「微笑ましいわね」


「もう一人は相変わらずだけどな」


 服が汚れるのも厭わず、芝生のベッドですやすやと眠る希。

 母親の実希子も慣れたもので、汚れても良さそうなパーカーやジーンズをチョイスしていた。


「いまだに自発的に動くのは本を読むときだけみたいね」


「だが眠る時も近くに置いている本をわざと離しても、取りに行かずに諦めて寝るらしいぞ」


 すべて葉月を通して、実希子から聞いた話である。


「実希子ちゃんも色々と苦労しているわね」


「あそこまで徹底していると、成長したらどうこうという感じじゃないしな」


「でも勉強はできるのよね」


 まだ幼稚園とはいえ、成績の点で不安なのはむしろ穂月の方だったりする。


「実希子ちゃんの言葉じゃないけど、本当に葉月と実希子ちゃんの性格が逆になったみたいね」


「まあ、どちらかといえば穂月は実希子ちゃんタイプかもしれないが、希ちゃんは他の誰にも当てはまらないと思うぞ」


「強いて言えば菜月でしょうね。だから懐いているのかもしれないけど」


   *


 テントの設置を終えると、森に興味津々な穂月を連れて探索を開始する。

 採ったりはしないが、山菜などの知識はあるので、それを穂月に教えていく。


 とにかく走り回りたい穂月はあまり話を聞かずに、朱華と二人であっちこっちをキョロキョロする。


 一方で本が好きな希は興味を抱くかと思ったが、菜月とは違って知識というより本のみに興味があるらしく、和葉の背中で相変わらずお休み中だった。


「きっと文章そのものが好きなのね」


「極端な文系少女ってわけか」


 穂月たちも四歳になって、ますます性格に特徴が出始めている。


「幼稚園の先生の話では、先頭で引っ張るというより、いつの間にか先に走ってるというタイプみたいね、穂月は」


「家でもそんな感じだしな」


 朱華は穂月たちにしてくれている通り、年代を問わずに全員の面倒をよく見るらしい。入園当初こそ他の園児と衝突もしたが、現在では周囲からリーダーと認められ、何かと頼られる存在になっているそうだ。


「希ちゃんの対処法は実希子ちゃんと変わらないみたいよ」


 木々の隙間を塗って届く光と緑の神秘的な光景にも心奪われず、己の夢だけを求める女児はどこまでもマイペースだ。


「だが穂月が誘えば一緒に遊ぶし、意外と付き合いはいいタイプだと思うぞ」


 希も当初は穂月を無視していたが、あまりにも猪突猛進なアクションに折れた。

 というより逃げるよりも、少し遊んで満足させた方が、減らされる睡眠時間が少しで済むと判断したのかもしれない。


「そう考えると、希ちゃんの思考能力はやっぱり幼稚園児離れしてるよな」


「そこらへんが、菜月と似ていると言われる所以ね」


   *


「つぎはほづきがやるー」


 森林浴を終えて開けた草原のスペースに戻ってくると、持参したフリスビーで子供たちと遊ぶ。


 春道の手から放たれるプラスチックの円盤に、穂月と朱華はすぐ夢中になった。


「のぞちゃんもやるー」


 フリスビーを差し出されるも、和葉の背中から離れようとしない希は完全無視を敢行する。


「付き合いのいいタイプだったわよね」


「そう思ったんだけどなあ」


 頬を掻く春道を背中側にしつつ、穂月は諦めずにフリスビーを差し出す。


 縁が足に当たる。


 ぺちぺち。


 ぐりぐり。


 ぐいぐい。


「バーバ、しゃがんでー」


 新たな襲撃の予感を察した希が、ここで緊急覚醒を果たす。

 フリスビーを顔周辺に食らう前に退避するも、すぐに距離を詰められる。


「……」


 仕方なしに無言でフリスビーを受け取り、滑らかな動作で放る。

 ふわりと舞い上がる円盤に穂月が歓喜し、笑顔で追いかける。


 やれやれと和葉の背中に戻りたがるも、その和葉はすでに立ち上がり、自力では登れなくなっている。


 普通の子供ならここで諦めて、一緒にフリスビー遊びに興じるのだが、希の場合は一味も二味も違う。


 寝やすい場所を探すでもなく、その場で眠ろうとするのである。


「希ちゃん、待って」


 根負けした和葉がまた背負おうとするも、そこに和葉にとっては救いの、希にとっては悪魔の使者がやってくる。


「つぎはのぞちゃんのばんー」


 穂月が不器用にフリスビーを投げる。

 すぐ近くにポスンと落ちるも、希は微動だにしない。


「のぞちゃんー?」


 微動だにしない。


「のぞちゃんー?」


「……」


 グイグイと顔を近づけられ、最終的に折れたのは希だった。

 てとてとと走り、拾ったフリスビーを投げる。


 先ほどよりも遠くに投げて穂月を遠ざけるのかと思いきや、きちんと取りやすそうな場所を狙って放っていた。


「なんやかんやで春道さんの言う通りね」


「だろ?」


「得意げにしない」


 コツンと額を小突かれ、春道は心地よい痛みに笑う。


   *


 夜になると葉月たちではなく、それぞれの夫が娘の様子を見にやってくる。


 多少時間を空けるだけならともかく、キャンプ場に泊まっていくとなると、家に残す一歳児に問題が発生すると父親だけでは対処できないかもしれない。


 それならばある程度は自立しかけている娘の世話を任せるということで、各夫婦間では話がついていた。


「パパー」


 母親同様に父親も好きな穂月は、すぐに和也の足にダイブする。


「お祖父ちゃんたちに遊んでもらったか?」


「うんー、たのしかったー」


 朱華も父親との会話を楽しんでいるが、希と智之だけは少々事情が異なる。


「智之君、少し甘やかしすぎかもしれないわよ」


 無言の要求に応え、すぐに希を抱っこする智之に、差し出がましいかもしれないけどと前置きした上で和葉が注意した。


「実希子さんにもよく言われます。わかってはいるんですが、どうにも子供に見つめられると弱くて……」


「子煩悩なのはいいことだけど、きちんと叱れないのも問題よ」


「……はい」


 智之が項垂れる。

 どうやら妻の実希子に叱責されるよりも、結構なダメージになったらしい。


「まあ、焦る必要はないさ。子供が可愛いのは一緒だしな」


「そ、そうですよね」


 元気を取り戻して声を明るくする智之だが、春道は念押しの一言も忘れない。


「けど実希子ちゃんや和葉の言葉にも一理ある。智之君もわかってるだろうけど、少しずつでも変わっていかないとな。何も子供を可愛がるなってわけじゃないんだから。褒める時はたっぷり褒めて、叱る時はしっかり叱る。それも親の役目だよ」


「はいっ」


「ふう、こういう場合は男性同士の方がいいのかもしれないわね」


「そうかもしれないな。

 まあ、智之君の場合は実希子ちゃんが強めに小言を言ってるだろうから、ある意味ではバランスが取れてると言えるけどな」


 別に叱る役が父親でなければならないという制約はどこにもない。

 夫婦間で上手く役割分担さえできれば、どちらがどうしようと構わないのだ。


「……言われてみると、うちも似たようなものね。春道さんが葉月たちを甘やかして人気を取っているのに、私は口煩く注意して煩わしがられると」


「あの、和葉さん。それは被害妄想が強すぎますよ」


「フフ、冗談よ。

 だけど叱る方だって、好きで叱るわけじゃない。どの親だって子供に嫌われるのは避けたいもの。

 智之君、言ってる意味はわかるかしら」


「はい……」


 嫌われ者になるのを怖がるのは智之だけじゃない。

 実希子だって同じ思いを抱えながら叱責しているのだ。


「僕も……親らしくならないとだめですね」


「日々、勉強だよ。子供も親も」


 そう言って春道は、

 意気消沈しながらも決意を新たにする青年にお茶を差し出した。


   *


 各父親も合流したことで、全員で夕食のカレーを作った。男だけなら水っぽいカレーになりそうだが、そこは料理上手の和葉が調整してくれた。


 子供たちに失敗作を食べさせずに済み、父親たちは揃って安堵する。


「美味しいか、穂月」


「あいっ!」


 笑顔でスプーンを咥える娘に、和也も表情を和らげる。


「のぞちゃん、あーん」


「……あーん」


 同い年の穂月にまでカレーを食べさせてもらう希に頑張って注意しようとする智之だったが、やはり上手くいかず、最終的には苦笑いを浮かべながら娘にカレーを食べさせた。


 それでも少しは変わろうとする姿に、春道だけでなく和葉も目を細めた。

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