第321話 いきなりお見合い大作戦

 じめじめと続いた梅雨も終わりに近づき、いよいよ夏らしくなってきた今日この頃。楽しいながらも激務の日々の合間に、葉月は勝手知ったる仲間たちと閉店後のムーンリーフでお喋りをしていた。


 この場にいる誰が欠けていても、現在の好況には至っていない。

 強く実感しているからこそありがたく、またかけがえのない友人たちだった。


 だが、と葉月は思う。

 たまにはついていけない時もあるよね、と。


 今がまさにその時だった。


「皆も、このままではよくないことはわかってるでしょ!」


 片付けを終えてガランと感じられる店内の飲食スペースで、右手を振り上げた柚が椅子を大きく鳴らして立ち上がった。


「いや、アタシは別にこのままでいいんだが」


「甘い! 実希子ちゃんは甘すぎるわ! 孤独死一直線よ!」


 ビシッと柚に指差され、半眼の実希子はポリポリと後頭部を掻く。


「んなこと言ってもよ、無理くり探したって上手くいくとは思えないぞ」


 一人盛り上がる柚を窘めるような意見に、好美が深く頷いた。


「縁は異なもの味なものと言うくらいだからね」


「不思議さも面白さも不要なのよ! 縁は探して掴むものよ!」


 処置なしとばかりに好美は首を左右に振り、先ほど標的になっていた実希子も関わるのを避けようと明後日の方を見ている。


「二人とも危機感が足りなさすぎるわ! 葉月ちゃんならわかってくれるわよね!」


 いきなりガシっと両手を掴まれ、さすがの葉月も乾いた笑い声しか出てこない。


「私はもう既婚者だし……」


「そうだそうだ、柚に付き合ってたら旦那に怒られるだろ」


 援護射撃をした実希子が、不意に少しばかり難しそうな顔をする。


「そういや話は変わるけど、葉月のとこって子供はまだなのか?」


「どうなんだろう?

 ムーンリーフができてすぐはそれどころじゃなかったけど……」


「お店の方ならなんとかなると思うから、遠慮してはだめよ」


 好美にも言われ、葉月はわかっていると頷きを返す。


「和也君ともそういう話にはなるんだけどね、なかなか……ママは授かりものだから焦るなって言うし、お店が暇なわけでもないから、とりあえずは流れに任せようかなーって感じになってる」


「そうなのか。尚のとこはもう歩いたんだっけか?」


「この間、動画が送られてきてたよ」


 頭の後ろで腕を組んで、背もたれに体重を預けた実希子にスマホを見せようとした時、葉月の正面に座っていた柚が半泣きで叫んだ。


「お願いだから無視しないで! 泣くわよっ!」


「うわ、もう泣きかけてんじゃねえか!

 わかったよ! ったく、柚は昔から恋愛脳だよな」


「実希子ちゃんと好美ちゃんが色恋沙汰に縁がなさすぎるのよ! 親友だからって、揃ってあんなに一途じゃなくてもよかったでしょうに!」


 突然の指摘に、好美が飲みかけの紅茶を勢いよく噴き出した。


「うおっ、好美のそんなリアクションは珍しいな」


「ごほっ、ごほごほっ!」


 実希子に背中を摩られ、咳きこみながら涙と非難を溜めた目で好美が睨むと、元凶の柚は小さく肩を竦めた。


「二人とも上手く隠してたけど、近くにいればさすがに気付くわよ」


 葉月が店のタオルで汚れたテーブルを吹いていると、柚が「そこで!」といまだに小さな胸を張った。


 こっそり葉月が得た情報によると、どうやら妹の菜月とその友人の愛花と三人でバストアップ委員会なるものを結成しているらしい。


「日々の潤いと老後の不安を解消するためにも、皆でパートナーを獲得しましょう!」


 これが先ほどから騒いでいる柚の本音だった。学生時代から恋人を欲しながらも、良縁に恵まれなかった柚が愛情に飢えているのは知っていたのだが、葉月も含めて他の仲間は恋愛事にあまり積極的ではなかった。


 唯一の例外が御手洗尚であり、彼女は高校の頃から付き合っている柳井晋太と結婚しており現在では柳井尚になっていて娘を一人産んでいた。


「けどお見合いっつったって、紹介してくれる人がいなけりゃ始まらんだろ」


「そこは私に任せて、きっちり集団お見合いの場をセッティングしてみせるわ!」


 実希子の指摘に、さらに胸を張る柚。

 張りすぎて反り返りそうな勢いになっている。


「それだとお見合いというより合コンじゃないの?」


「断じて違うわ!」


 尋ねた好美の前で、柚が首を激しく左右に振る。

 艶やかで長い黒髪が肩にふさりと流れ、清楚な雰囲気さえ漂う。

 元は茶色かったが、小学校の教師には相応しくないだろうと自主的に染めたのだという。


「合コンなんて生半可なイベントじゃないの! 成立即結婚前提の熱意ある者たちの宴を開くの! それがお見合いなのよ!」


「……これ、絶対、職場の同僚が結婚したとかだよな」


「わかりきったこと聞かないでよ」


 拳を強く握って力説する柚を横目に、実希子と好美がひそひそ話をする。


「でも何で私まで参加するんだろ」


 葉月のもっともな疑問に答えたのは、こちらの会話も実は聞こえていたらしい柚だった。


「配偶者がいて尚且つ一途な葉月ちゃんならカップル成立にはならないわ! そして年齢を重ねてもあまり変わらない童顔も、何も知らない男どもを引き寄せるのに最適よ! くっ、昔は葉月ちゃんたら童顔ね、なんて言ってたのに、三十路も近くなって羨ましがるはめになるとは予想外だわ!」


「最初から最後まで欲望と本音に彩られてて、いっそ見事だな」


 実希子にまで呆れられているというのに、どこまでも欲望に忠実な柚はもう止まりそうにない。


 今まで似たような話があっても葉月を含めた仲間たちは華麗にスルーしてきたし、恋愛は個人の自由なので柚も執拗に誘うことはなかったのだが。


「仕方ねえ、柚がここまで頼むんだ、アタシは参加するよ」


「そうね。お店が閉まってからでいいなら、私も一緒するわ」


 実希子と好美が諦観の溜息を零し、柚が瞳を輝かせる。

 友人の心からの頼みとなれば、葉月も無碍にするわけにはいかない。


「和也君に聞いてみてからだけど、私も柚ちゃんに付き合うよ」


   *


 快くではなかったが、葉月たちの強い友情を知っている和也は、好美がいるなら大丈夫だろうと葉月の集団お見合いという名の合コン参加を許可してくれた。


 数合わせという名目ではあったが、もしかしたら必要なかったかもしれないと出向いた居酒屋前で葉月は目を白黒させた。


「遅いわよ、皆。その程度の心構えでどうするの」


 店の前で仁王立ちして待っていたのは主催者の柚ではなく、何故か高山美由紀だった。


 現在も母校の南高校で教員をしている彼女は葉月たちの一つ上で、同じソフトボール部に所属していた縁で何かと世話にもなった。

 高校時代に付き合っていた彼氏と同じ大学に行くと張り切っていたが、母校に教員として戻ってきた頃にはすでに別れてしまっていた。


 詳しくは葉月も知らないが、授業でも部活でも指導を受けた妹の菜月は普段は優しくて頼りがいもあるが、仲睦まじいカップルを見つけると嫉妬の悪魔に変貌すると、本気で恐れていたほどである。


 その美由紀を前に、柚が唖然としている。どうやら彼女も知らなかったらしく、代わりに実希子が「すまん」と手を合わせた。


「南高にソフトを教えてにいった時に、うっかり話しちまったんだよ。そしたら自分も行くってきかなくてさ」


 事前申請だと断られる可能性もあるため、突然の乱入を決めたのだという。

 いざこの場に至ると後輩の柚に断れるはずもなく、美由紀を先頭に店内へ乗り込むのだった。


   *


「つーか無理ありすぎだろ」


 実希子が顔を引き攣らせれば、さすがの好美も頭を抱える。

 どうすればいいかわからない葉月はあまり関わらないようにして、一人でウーロン茶をちびちびと飲み続ける。


 必死の勢いで挑みかかる美由紀と柚の相手はなんと現役の大学生。しかも三年で、この春から就活の準備を始めるらしかった。


 年齢を四つ――美由紀に関しては五つも誤魔化して始まった集団お見合いだったが、やはりというか先方はただの合コンとしか思っておらず、真っ先に人気が集まったのは何故か童顔と評される葉月だった。


 適当には躱しきれない猛攻に、早々に切り札である「既婚者なの」を繰り出し、あとは優雅な蚊帳の外タイムを満喫している。

 人妻だと知った瞬間に何故かより興奮を強くした男が一人いたが、葉月より自分と話せと迫る美由紀に取っ捕まって身動きができていなかった。


「全員、お持ち帰り目的みたいだし、悪いのに引っ掛からなければいいんだけど」


「心配いらないだろ、目を血走らせた二人に男どもはドン引きだ。なあ?」


 好美の懸念に適当に返しつつ、実希子が話を振ったのは四人来た男たちの中で、自己紹介の時から元気がなく、今も一人焙れている眼鏡をかけた細身の男性だった。


「わ、私は、その、ですね、何といいますか、あの……」


「おいおい、はっきり喋れよ。その様じゃ、周りに舐められるぞ」


「そ、そうなんです。私は、その、今日も数合わせで無理やり……いつもいつもこんな感じで……」


「飲み会でめそめそすんなって。とりあえず呑め、んで嫌なことは吐き出しちまえ。話くらいなら聞いてやるからよ」


 どこか少年じみた面影さえある眼鏡男性の隣に実希子が座り、肩を叩きながら話を聞き始める。


 何かと大きなリアクションを取ってくれる実希子は話しやすいのか、徐々に男性の口調もおどおどしたものから、わりと普通になりつつあった。


「実希子ちゃんって面倒見がいいよね」


「自分に自信がない男性には、姉御肌の年上女性はピッタリかもね」


 どこか楽しそうに親友を見守る好美。


 葉月も同じようにしていると、少し離れた席で三人の男たちが「軟派野郎どもが!」と何故か美由紀に蹴り飛ばされているのが見えた。

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