第219話 新クラスと体育祭
無事に全員揃って南高校の三年生となった葉月たちは、始業式の当日から喜びを爆発させていた。
葉月は三年間変わらずF組で、そこに今年度は仲良し五人組全員が集中したのである。前年から引き続きクラスメートとなる実希子に、一年生の時は一緒だった柚と尚。そして好美とは初めて同じクラスになった。
全員で輪になって手を繋いでは、よろしくねと言い合う。普段は冷静な好美でさえも、笑顔ではしゃいでいる。
男子は男子で柳井晋太と仲町和也がF組となっていた。
担任は田沢桂子である。
「良かったな、仲町。楽園へようこそ」
和也の姿を見かけた実希子が、早速からかいだした。
「微妙だな」
「ん? そんなことを言っていいのかよ」
「だって楽園に猛獣はいねえだろ。むしろ女神様を地獄から救い出しに来たというイメージだな」
「おいおい。アタシに浮気すんのか? 参ったな。それに女神様なんて面と向かって言うなよ、照れるだろ」
「ハハハ。佐々木がたまに羨ましくなるよ。俺は色々と考えすぎて、頭の中を空っぽにしたくてもできない時が多いからな」
「だから仲町は駄目なんだよ。アタシを見てみろ、最初からこんなに空っぽ――って、バカにされてんじゃねえか!」
和也だろうと他の男子だろうと、いつもと変わらない調子でふざけて騒ぐ。どうやら今年度も、実希子がクラスのムードメーカーになりそうだった。
*
席は新しく決めるまで出席番号順になる。男子の列と女子の列と横並びで配置されている。
その席の一つに座っていると、ホームルームの時間きっちりに担任の田沢桂子がやってきた。
始業式というのもあり、最初は軽い挨拶をして体育館へ移動することになる。三年目なのもあって、説明されなくとも大体の流れはわかっていた。
「私が今年一年、皆さんの担任となる田沢桂子です。まずは各自、自己紹介をお願いします」
指示された通りに挨拶代わりとなる自己紹介を終えると、廊下へ並ばせる前に桂子はおもむろに葉月を見た。
「個人的には高木さんに学級委員をお願いしたいのですが、よろしいですか?」
部活のこともあるので、高校では生徒会役員になったりはしていない。そのため引き受ける余裕はある。
「拒否権はありますが、佐々木さんが同じクラスにいる時点で委員長は高木さん、副委員長は今井さんにしてほしいと思っていたのです」
「……アタシは猛獣か何かか」
小声で呟いた実希子が顔を引きつらせる。
一方で桂子は軽くため息をついた。
「私が常にそばにいられればいいのですが、そうもいかないので監視役をお願いしたいのです。それに、高木さんの皆をまとめる能力の高さはもうわかっていますので。他に立候補があればそちらを優先しますが」
三年生のこの時期、好きこのんでクラスの雑用をする形となる学級委員長の活動をしたがる生徒は誰もいなかった。
桂子もそれを見越して、葉月を指名したのだろう。
内申点がどうこうよりも、皆のために働くのは嫌いではないし、笑顔になってくれると葉月も嬉しい。部活の主将でなければ、生徒会長にだって挑戦してみたかった。サポートしてくれる好美に問題がなければ、承諾しても構わなかった。
ちらりと様子を窺うと、好美は笑顔で頷いてくれた。
選択権を与えられた葉月は、すぐにわかりましたと返事をする。
「ありがとう、助かります。何か問題が起きたら、すぐに言ってください」
教師と生徒という関係ではあるが、お互いに三年間を同じ教室で過ごしているので大体の性格は理解できていた。
葉月も担任が桂子で、ありがたいと思ったくらいだ。
*
始業式を終えて教室に戻ると、早くも席決めが行われる。桂子は比較的自由に座らせる方針なので、仲が良い子同士が誘い合って近くに座る。
行き場が無さそうにしている生徒がいれば女子なら葉月が、男子なら和也に頼んで声をかけようと思っていた。
幸いにして一人ぼっちになる子はおらず、葉月も安心して好美たちと一緒に座る。
今回は後方の窓際ではなかったが、そこは一番の人気地帯なので仕方がない。いくら好きな場所とはいえ、仲間だけで占拠するつもりもなかった。
学級委員長を任された者として、最後に葉月が黒板前で全員に挨拶をする。
「新しい席も決まったし、いよいよ本格的に三年生の日々が始まります。一番近いところでは体育祭があるし、一年間皆で頑張りましょう!」
拍手に包まれた教室内で、スピーチした通りに葉月は三年生としての生活をスタートさせた。
*
新しいクラスに慣れだした頃、体育祭がやってくる。
バランスブレイカーともいえる実希子は協議の結果、すべての種目で男子側で参加することになった。
保護者の観覧は自由なので、小学二年生になったばかりの菜月も両親と一緒に来ている。もちろん彼女の目的はゴリラと呼び慕う実希子である。
「見て、ママ。ゴリラとうとうオスになったわ。新種発見よ。どこに電話すれば捕獲してくれるのかしら」
「相変わらず好き放題言ってくれるじゃねえか。競技中の事故に見せかけて、お仕置きしてやろうかな」
言って実希子が横目で見ると、声が聞こえてるはずもないのに菜月は母親の和葉の背中へ隠れた。しかも少しだけ顔を出して、ニヤリとする。
「実希子ちゃんの魂胆なんてお見通しという感じね」
「なっちーの奴、葉月だけじゃなくて好美の血も入ってるんじゃねえか?」
「……競技中の事故に見せかけて、お仕置きしようかしら」
低い声で発せられた好美の脅しを回避する術を持ってなかったらしく、狼狽えた末に実希子は勘弁してくれと泣きつく。菜月とはえらい違いだった。
「あ、葉月さんだ。頑張ってくださいー!」
好美と実希子のやりとりを楽しんでいた葉月に、声援が送られた。見ると、今年ソフトボール部に入った新一年生たちだった。
「ありがとう。皆も頑張ってね」
「はいっ! キャー! 葉月さんに頑張ってって言ってもらっちゃった!」
年上に憧れるのは世の常なのか、葉月だけでなく好美や柚、さらには尚にも似たような声がかけられていた。
「お前ら、アタシも応援しろよ!」
一人だけ声援を貰えなかった実希子が、右拳を握りしめながら下級生に応援を要求する。
「えー、幾ら出します?」
「金、取んのかよ!」
見下しているわけではない。下級生にとって、唯一気を遣わずに悪戯したりできるのが実希子という存在だった。彼女がいるからこそ世代間の風通しはよく、部内も上手くまとまっているのである。
葉月たちが一年生だった頃に、三年生だった岩田真奈美の立ち位置に近い。
ついでにいえば高山美由紀のような緊張感を持たせる役目は、好美が担ってくれていた。
そして三年生の誰もが葉月を主将と認めて接してくれているからこそ、下級生にも慕われているのである。
昔から葉月の力はたいしたことがなく、上手くやってこられたのは頼りになる仲間達に囲まれているからだった。好美曰く、それが何よりの長所なのだそうだ。
「こうなったら、溜まったストレスは体育祭の競技で解消してやるぜ!」
*
さすがの実希子でも男子に混ざれば成績は平均化するだろう。そう目論んだ教師たちは時間の経過とともに、だらしなく口を開けるはめになった。
女子部門で参加していた昨年みたいに圧倒的ではなかったが、運動部の男子とも互角に渡り合ったのである。しかも成績はトップクラスだった。
元々学年でも運動能力が優秀な和也を擁していたF組の男子は、足を引っ張るどころか助っ人同然となった実希子の活躍で二位以下を大きく引き離す成績となった。
女子も葉月を始めとしたソフトボール部の面々の活躍により、男子ほどではなくともかなりの好成績を得た。おかげで得点は上昇する一方。総合優勝はもう決まったも同然だった。
「今年は反則だなんて難癖は受け付けません。
佐々木さん、よくやってくれました」
担任の桂子に褒められた実希子は鼻高々だ。三年生になってますます成長した胸部を強調するに背中を反らす。
「アタシに任せといてくれって。それで次の種目は何だったかな」
確認を求めたのは、なんだかマネージャーっぽい立ち位置の好美だ。プリントされたプログラム表を取り出し、次の種目を確認する。
「生徒の家族も参加可能な二人三脚ね」
「もう優勝も決まったようなもんだし、楽しんでもいいじゃねえか?」
実希子の発言に、手を上げて葉月は賛成の意思を示す。
「じゃあね、私、なっちーと参加したい!」
皆が――桂子も含めて笑顔になり、観客席ではしゃいでいた菜月を見る。
「え?」
自分に視線が集まってるのを察した菜月は、意図を理解できずに可愛らしく首を傾げた。
*
観客席からより一層の声援が送られる。特に注目されているのは、葉月の隣で小さな足を一生懸命に動かす少女――菜月だった。
「なっちー、焦らないで。ほら、イチニ、イチニ」
「わ、わかってるってば。はづ姉こそしっかりやってよね。イチニ、イチニ」
菜月がバランスを崩すたび、両手で葉月が支えてなんとか耐える。
なんやかんやで根が真面目な菜月は、一生懸命に一位を目指して競技を頑張る。
「二人とも頑張って」
母親の和葉が激励の言葉をかけ、父親の春道はビデオカメラ片手にずいぶんと楽しそうである。
身長差があるのもあって、葉月の腰に手を回す形になっている手で菜月は服の裾をギュッと掴む。
「わあっ!」
引っ張られる形になり、今度は葉月も支えきれなかった。
二人揃って尻もちをつく。
「はづ姉、大丈夫?」
「なっちーこそ痛くない?」
お互いに気を遣いながらゆっくり立ち上がり、またイチニと足を動かし出す。
「あはは」
「何よ、はづ姉。いきなり笑いだして」
「なっちーと一緒に体育祭ができると思わなかったから、嬉しくてつい」
「……私も、楽しんでるわよ。ちょっとだけだけど! ちょっとだけだからね!」
顔を真っ赤にする妹を、心の底から可愛いと思う。
「こ、今度は私の学校の運動会にはづ姉を参加させてあげるから、感謝してよね」
「うん。また一緒に遊ぼうね」
頭を撫でられた菜月は、子犬のようにくうんと鼻を鳴らした。子供扱いするなと思いきや、とても心地よさそうである。
「さあ、ゴールまであと少し。一緒に頑張ろう。イチニ、イチニ」
「イチニ、イチニ」
二人で掛け声を発して、片足ずつを動かす。次第に息も合い出して、後半はとてもスムーズに進めた。
ゴールをすると二人で抱き合って喜び、その姿に保護者達もおおいに盛り上がる。
菜月と手を繋いで両親のもとに戻った葉月は、思い出したように「あ」と声を出した。
「そういえばママ、最近運動不足だって言ってたよね。
ついでだから参加するといいよ」
*
種目は変わらず二人三脚。
葉月に乗せられる形でスタート位置に立った母親の和葉は、露骨なほど顔を青ざめさせていた。
彼女の隣に立つ相棒は、腕組みをして真っ直ぐに前を見据える実希子だった。
「は、葉月……? 春道さんと二人三脚をするんじゃないの?」
微妙に和葉の声は震えている。
観客席で菜月と一緒に見物中の葉月は笑顔で言葉を返す。隣には相変わらずビデオカメラで撮影中の春道もいる。
「保護者参加だから、一人は生徒じゃなきゃ駄目なんだよ。ママ、頑張ってね」
「え、ええ……。
み、実希子ちゃん、わかってると思うけど……」
「もちろん全力で行くぜ。あーはっはっ!」
とてつもなく楽しそうな実希子は、スタートの合図が鳴るなり勢いよく駆けだした。パートナーの体勢などお構いなしである。
「ひいっ! ちょ、ちょっと! う、うわわっ!」
転ばないように必死の形相で走る和葉を見ながら、葉月はすぐ横にいる春道に尋ねる。
「ママの勇姿、きちんと撮れてる?」
「おう。この映像は家宝になるぞ。あんな必死な顔、なかなか見られないからな」
声が聞こえたのか、コースの途中で和葉が顔を葉月たちに向ける。
「あとで覚悟して――ひいいィ!」
「あーはっは!」
高笑いしながら、しかも二人三脚で走っているのに同学年の女子よりも実希子は速かった。
ゴールしたあと実希子は腰に手を当てて誇らしげに立っていたが、足を繋がれたままの和葉はグラウンドに座り込んでグッタリとしていた。
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