第120話 春道の同窓会

 実家へ帰省した翌朝。朝食後に春道がリビングでゆっくりしていると、母親が「高校の同窓会のお知らせが来てるわよ」と教えてくれた。

 幹事が新住所を知らなかったので、卒業アルバムを見て実家に案内を送ったのだろう。

 ソファに座ったまま、同窓会のお知らせを受け取る。開催の予定日時を見た瞬間、春道は唖然とした。


「同窓会、今日なんだけど」


「そうみたいね。で、どうするの?」


「どうするのって、出席表も出してないんだぞ」


 リビングには、同じく朝食を終えたばかりの和葉と葉月もいる。春道の母親の後片付けを手伝っていたが、つい先ほど終わらせて、ソファへ来たばかりだ。


「別に構わないでしょ。参加したいなら、当日でも大丈夫と書いてあるじゃない」


 確かにお知らせの紙には、当日、急に参加できるようになった人も大歓迎と書いてある。幹事として名前を記載されているのは、高校時代の春道の同級生だ。知らない仲ではないので、電話して参加を申し込めば、確かに大丈夫な気もする。


「パパ、どこかへ出かけるのー?」


 母親の隣に座っている葉月が、小首を傾げながら尋ねてきた。


「いや、出かけないよ。別に興味ないしな」


 こうした集まりには、昔から参加した試しがない。不遇な高校時代を送っていたわけではないが、現実に手一杯で、過去を振り返ってる余裕がなかったのだ。

 そのため、同窓会の案内などが来たと実家から電話連絡を受けても「断っておいて」のひと言で終わらせた。次第に両親も春道は参加しないと判断するようになり、連絡もこなくなった。


 今回もそうするつもりで葉月にも「行かない」と答えたのだが、予想外のところから参加するべきではないかとの意見が上がった。妻の和葉だ。


「せっかく地元へ帰省してるのですし、これまで参加する機会がなかったのであれば、今回は出席してもよいのではありませんか?」


「そうは言ってもな。俺は酒もあまり得意じゃないし……」


「別に飲まなくてもいいじゃないですか。旧友と親交を深めることで、新しい発見があるかもしれませんよ」


「……なんだか、俺を家から出したいように聞こえるんだが」


「そういうつもりはありません。ただ、春道さんのことですから、地元を離れてしまえば案内が来ても確実に参加はしませんよね?」


 春道の性格をすっかり把握してる点は、さすが奥さんというべきか。どうせ普段は参加しないんだから、たまには顔を出しておけということなのだろう。

 このご時世、いつどんな繋がりが自分の人生の助けになるかわからない。会いたい面子もいないが、せっかくだから参加だけでもしておくか。


「会場もそんなに遠くないし、散歩がてらに参加するのも悪くないか。すぐ帰ってくるとは思うけどな」


「それでいいと思いますよ。昔の知人や友人の元気な姿を見るだけでも、妙に嬉しくなったりするものです」


 参加を決めた春道は、携帯電話でお知らせに書かれている同窓会の幹事に連絡を取る。もしもしと応対する相手に名乗ると「久しぶりだな」と言われた。

 とりあえず参加するとだけ告げて、電話を切る。


 電話を終えたばかりの春道を見て、和葉が目を丸くする。

 なんだかよくわからないが、とにかく驚いてるみたいだった。


「それだけですか。久しぶりなのであれば、もう少し話が弾んだりするのでは……」


「そうか? 男の電話なんて、あんなもんだろ。それに、話がしたければ、同窓会ですればいいしな」


 納得がいかないというよりかは、理解できないといった感じで和葉は「はあ……」と曖昧な返事をした。


「気にしなくていいわよ、和葉さん」


 そう言ったのは、春道の母親だ。


「この子は昔から、こんな感じよ」


「そ、そうなんですか……」


「そうよぉ。それより春道。アンタ、ゆっくりしてきていいからね」


「……その間、葉月と遊んでるからって言うんだろ。別に構わないが、無理難題を言って、和葉を困らせるんじゃないぞ」


 母親は「わかってるわよ」と素直に頷いたが、春道は不安を覚えずにはいられなかった。


   *


 夜から仕事の人間もいれば、子供を産み、家庭を支えてる女性もいる。そのため、同窓会は午後3時という比較的早い時間に開催された。

 日中だけに健全な会話をして終わりなのかと思いきや、お知らせに書かれていた住所に行くと、会場が居酒屋だとわかった。

 昼間から営業しているということは、夜だけ居酒屋で日中は食堂みたいな形で営業してるのかもしれない。

 とにかく中へ入ってみようと、春道は目の前の居酒屋へ足を踏み入れる。


「お、高木が来たぞ」


 高校を卒業してかなり経っているのに、集まっている面々は春道だとすぐに気づいたみたいだった。

 幹事の男が駆け寄ってくる。高校時代は同級生でよく話もしただけに、外見が多少変わっていても当人だとわかった。


「久しぶりだな」


「まったくだ。お前、地元の集まりに参加しないもんな」


「地元にいないんだから、仕方ないだろ。今日はタイミングよく帰省してたから、たまたま参加できただけだ」


「そうか。とにかく、来てくれてよかったよ。年々、集まりも悪くなってるからな」


 よくよく話を聞いてみると、1年に1回はこういう場を設けてるらしかった。同窓会というよりは、ただの集まりだと幹事の男が笑った。


「前はよくカラオケとかを使ってたんだけど、今はこの店一択だよ。どうしてか知ってるか?」


 知ってるかと聞かれても、地元に残ってない春道が事情を知っているはずもない。

 さあなと答えると、幹事の男は楽しそうに春道の肩を掴んだ。自分の方へ軽く引き寄せてから、店の厨房で料理を作っている男性店員を指差した。


「あいつ、同じクラスの数本だぞ。昔から店やりたいって言ってたけど、ついに居酒屋を開店させたんだ」


 数本武則。名前だけなら、春道も知っている。目立つ存在ではなかったが、調理実習などでは周りから頼りにされるくらい料理が得意だった。将来は自分の店を持ちたいというのが口癖だった。

 春道と同じ年齢で、一国一城の主だ。素直に尊敬の念を覚える。


 有名な居酒屋チェーン店みたいに広くはなく、厨房の周りをカウンター席が囲んでる感じだ。座敷も用意されているが、詰めても8人程度が座れればいいくらいだった。それが2つだけある。

 ここが会場となるくらいなのだから、幹事の男が言ってたようにあまり参加者は多くないのだろう。


 集まっている人間の中には、もちろん女性の姿もあった。

 地元に残っている人間が大多数で、県外に就職しながら参加しているのは、春道ともうひとりだけしかいなかった。だからこそ珍しさもあって、顔も名前も知らなかったような連中まで歓迎してくれた。


「実家に帰省してるんだったら、今日はゆっくり飲んでいけるんだろ」


「いや、そういうわけには――」


「遠慮するなって。数本の開店祝いも兼ねて、たっぷり遊んでいけよ。今日は貸し切りになってるしな」


 幹事の男が豪快に笑う。すでに酔っているらしく、ようやく春道から離れたと思ったら、すぐさま他の参加者に声をかける。

 皆、苦笑いしながら会話に応じているものの、さほど迷惑には思っていなさそうだった。


「懐かしい顔が来るとわかったからか、始まる前から凄いはしゃぎようでな。

 で、あの有様なわけだ」


 カウンターの中にいる数本武則が、笑いながら春道に声をかけてきた。調理をするための白衣を身に纏い、厨房で堂々と料理をしている姿は、同性の目にも恰好よく映った。

 集まりに参加してる女性の何人かが、熱っぽい視線を送っているのも納得できる。


「開店祝いとかいう言葉があったけど、営業したばかりなのか?」


 元同級生なのもあって、自然と砕けた口調になる。相手も不愉快そうにしたりはせず、口元に軽く笑みを浮かべたまま会話に応じてくれる。


「小金井の奴か。知り合いに会えば、同じようなことばかり言ってるらしい」


 数本が苦笑する。


「開店したのは2年前だってのにな」


「2年前か。結構経ってるんだな」


「ああ。だから開店祝いなんて気を遣わなくていいぞ。それより、高木は今、なにをしてるんだ」


「フリーのプログラマーだよ。年配の人に言うと、大体珍獣を見るような目をされるけどな」


「ハハハ。フリーのプログラマーと言われて、すぐ理解できる年寄りがいたら、逆に凄いって」


 カウンターに立っている数本武則は、高校時代よりもよく喋り、よく笑うようになった。居酒屋という客商売をしてるせいかもしれない。

 逆に同窓会の幹事をしてる男――小金井隆は、昔に比べると絡み癖がついているように思える。もっとも、単に酔っぱらっているだけの可能性もあるが。


「高木も凄いじゃないか。フリーってことは、儲かってるんだろ?」


「全然だよ。なんとか生活していくだけで精一杯だ」


「そんなものか。どの職種も大変だな」


 数本の言葉には、実感がこもっていた。経営している居酒屋も、順調に大繁盛とはいってないのだろう。


「まあ、せっかく来たんだから、ゆっくりしていけよ。酒は飲むのか?」


「いや、実は下戸なんだ」


「そうか。それなら、烏龍茶にしておくか? 結婚して主婦になってる連中は、大体そうだからな」


「主婦と同じ扱いかよ」


 苦笑いしながらも、素直に烏龍茶を貰う。店へ来てすぐに幹事へ会費を支払っているので、遠慮なく注文もできる。実際に数本も好きに頼めと言ってくれた。


 昼食をとらずに来たので、ありがたかった。何か腹に溜まるものをと言ったら、夏らしくそうめんが出てきた。漂ってくる梅の香りが食欲を誘う。

 いただきますと言ってから口の中に入れる。

 さっぱりした味つけのおかげで、いくらでも食べられそうだった。


 春道が美味しそうに食べてるのを見て、他の面々――特に女性陣が「私も」と同じものを注文した。丁寧にひとつひとつ応えながら、数本は梅風味のそうめんを作っていく。小金井もひとつ注文して、ビールを片手に堪能していた。


「さらに酒が進むな。いつもながら、数本の料理は最高だ」


「小金井はいつも、この店に来てるのか?」


「常連中の常連だ。独り身の胃袋には、知り合いの居酒屋が1番ってな」


 ひとしきり笑ったあとで、今度は小金井が春道に質問をしてくる。


「高木はどうなんだ? もう結婚とかしてんのか?」


「まあ、一応な」


 照れ臭さはあったが、嘘をついても仕方ない。それに独身だなどと言って、あとでその情報を和葉が知ったら恐ろしい事態になる。


 既婚者だと告げた瞬間、そこかしこから「本当かよ」「おめでとう」という声が上がった。各々、勝手に話しているようでいて、しっかり聞き耳を立てていたのだ。

 この店に来てから苦笑してばかりだなと思いつつ、またも春道は口端を上げる。戸惑いこそしても、おめでとうと言われて悪い気はしない。


「高校時代はあまりモテなさそうなタイプだったのにな。まさか先を越されてるとは思わなかったぜ」


 小金井が悔しそうに話す。どうやら彼も数本も、まだ独身みたいだった。


「それにしても、どんな嫁さんなんだろうな。気になる。写真とかないのか?」


「悪いな。持ってない」


「じゃあ、呼んでくれよ」


 小金井がしつこく食い下がってくる。

 乗り気ではなかったが、いつの間にか午後6時を過ぎている店内の時計を見て電話をしようと決める。すでに既婚者の女性が帰り支度を始めていたので、春道もそろそろ帰ろうと思ったのだ。


「わかったよ。今から迎えに来てもらうから、その時に見ればいいさ」


 そう言って春道はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、和葉に迎えに来てほしいとお願いした。

 妻は快諾してくれて、すぐ来てくれることになった。


   *


 待つこと数分。

 店のドアが開かれ、中へ入ってきた和葉を見て春道を除く全員が言葉を失った。


「まさか……高木の、奥さん……?」


 擦れた声を出したのは小金井だ。


「ええ、そうです。高木春道の妻の和葉です。本日は主人がお世話になりまして……」


 丁寧に頭を下げて挨拶をする和葉の側へ、春道が歩み寄る。


「じゃあ、そういうわけだから、俺は先に帰るな。少しの時間だけど、今日は楽しかった。またな」


 唖然としてる小金井を尻目に別れの挨拶を済ませると、春道は和葉と一緒に居酒屋をあとにする。

 外へ出るなり、和葉が「よかったのですか」と尋ねてきた。


「ああ。見たいと言うから、俺の自慢の奥さんを見せてやっただけだしな」


「……街中で、さらっとそういうことを言うのはやめてください」


 顔を真っ赤にした和葉が抗議してくる。


「どうしてさ?」


「……私が照れてしまうからです」


 それだけ言うと、和葉はひとりでさっさと歩いていってしまう。

 春道はそんな妻の背中を慌てて追いかけた。

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