第24話 牢獄のマリユス・ニコラ

 私は、ジークフリート殿下の許可を得て、地下にあるマリユス・ニコラがいる独房まで降りてきていた。

 この部屋は、そのまま取り調べが出来る様に、扉の中に格子の付いた部屋がある。

 日本のお笑いコントで出てくる牢屋を思い出してもらえると、分かりやすいかもしれない。

 その中にマリユス・ニコラは収容されていた。


「何しに来たんだよ。イングラデシア王国、軍事司令官殿。血のり袋を破っただけだと、気付かないバカな奴だとわらいに来たのか?」

 私が入ってきた途端、マリユス・ニコラが言ってきた言葉がそれだった。

 騎士団の服を着ていたから、何か勘違いされたのかもしれない。

 扉の外には護衛がいるけど、この牢へは私1人で入っている。


「血のり袋を刺した瞬間、『丸くなって、腹を押さえろ』って言って、足払いして転かしたじゃない、あなた」

 私は呆れたような口調で言った。

「ああ、俺のおかげだろ? 演技するまでも無く、良い表情かおで倒れたじゃ無いか」

 マリユス・ニコラは、素の状態でしゃべっていた。

 王室の暗部に、貴族はいない。元は奴隷商から買った、子どもたちだ。


「私を殺すんじゃなかったの?」

「あんた、ここじゃ、随分と子どもでいるんだな」

 私の質問を無視して、ボソッと呟いている。

「それ、フランシス殿下にも言われたわ。でも、ずっと子どものふりをしてきていたから」

「いんや。あんたは子どもだよ。ここの連中が寄ってたかって、あんたを甘やかした結果だ。まぁ、使節団のメンバーを道連れに出来なかったのは残念だったけどな」


 どう言うつもりなんだろう?

 王室の暗部は、それぞれ自分の主人に逆らえない。

 暗殺命令が下ったら、例え相手が赤子だったとしてもためらわず実行するように洗脳されている。

 マリユス・ニコラの様に自ら主人に忠誠を誓っているのなら尚更だ。


「どうして、本当に刺さなかったの?」

「アンセルム王太子殿下からは、リリアーナの生まれ変わりを連れ帰れとだけ命令されてたからな。失敗した時は、使節団を道連れに処刑されてしまえってな」


 酷い。

 そんな酷い命令を、平然と受けて来たんだ、この人は。

 手が震えてしまう。なんで、あの男は……。


「王族なんて、そんなものだろ? 個人より、国の事を考えて動く。だからフランシスは、国益の為なら自分たちを処刑してもかまわないと言えるし、あんただって、死ぬ覚悟で社交の場であんな交渉の仕方をしたんだろ?」

 マリユス・ニコラは、心底呆れたという感じで私に言った。だけど

「それと、これとは」

「違うって言えるか?」

 真剣な目で問うてくる彼に、私は言葉を失った。

 私も同じだ。国の為に、当時17歳だったデュークを処刑台に送っている。

 

「間違っても変な気起こすんじゃ、ねぇぞ。俺はアンセルム王太子殿下の言う事しか聞かないし。次は、確実にあんたを殺すぜ、この国を道連れにして。それだけの兵力は、俺でも持っているしな」


 仕方が無い。

 私が彼の立場でも、同じことを言っている。

 内心がどうであれ。忠誠を誓った主に背いて、敵の温情に縋るくらいなら死んだ方がマシだ。

 それくらいの矜持は、お互いにある。


「そうね。私にも色々付けられていたものね」

 放置していたけど、今頃はあの人達も……。

「ああ。ライラを見逃してくれてありがとう」

「まぁ、付けられて困る事も無かったからな。さて、おしゃべりは終わりだ。戻りな。クランベリー伯爵夫人」

 最後にニカッと笑ってマリユス・ニコラが言うから。

 

 私は優雅に礼を執って言う。

「それでは失礼致します。マリユス・ニコラ伯爵閣下」

 彼の人生の幕引きの潔さに、敬意を込めて。

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