第5話 使節団の目的とリナの過去

「何なんだ? 今の会話は」

 キースたちがいなくなった後、警護を外れてこちらに来たサイラスが訊いてきた。

「団長。仕事中ですよね」

「今、終わった」

 団長は、条件反射の様に言う。

 こっちも相変わらずだわ。


「ああ。あの国がこちらに使節団を送ってきた意味が分かったんですよ。今のグルタニカ王国には、うちと戦争をしている余裕はないんです。だから、近隣諸国を取り込み中のうちを押さえておきたいのだと思います。そうホールデン侯爵に伝えて頂けますか?」

「自分で伝えれば良いんじゃないか?」

 サイラスが怪訝そうな顔で私に言ってくる。

「私は、クランベリー伯爵夫人なんですよ。相手がそう言っているのです」

 私が笑ってそういうと、ああって感じでサイラスも言う。

「なるほど。わざわざ相手の知らない情報を晒すこともないか」


「さぁ、セドリック様。公務は終わりました。私達も戻りましょう」

 考え込んでいるセドリックを促し、私達はサイラスと別れた。

 帰りの馬車の中、セドリックは一言も話さず。どこか遠くを見ているようだった。




 部屋に戻り、侍女に着替えさせてもらってから、セドリックの部屋へ向かった。

 信じてもらえなくても事情は説明しないと、後々困る事になるわ。


「セドリック様。人払いをして頂けます?」

 私は部屋に入るなり、人払いをお願いした。

 セドリックは、ボーっとした感じで紅茶を飲んでいたのだけど、すぐに人払いをしてくれる。

 私はセドリックの目の前に座った。

「それで?」

「セドリック様が訊きたい事を答えようと思って」

「ウソを吐かれても、わからないけどな」

 自嘲気味に笑っている。

 そうね。私がウソを吐いてもセドリックには分からない。


「信用できませんか」

 私はうつむき気味に言った。

「キース・シャーウッドとの関係。今の状態じゃ、また何か言ってこられても対応が出来ない」

 セドリックがそう言うのに、私はパッと顔を上げる。

「信用するよ、リナちゃんの事は。俺にウソを吐いたことなんて無いだろう?」

 私はホッとしていた。セドリックが信じてくれるだけで、本当に嬉しい。

 だから、私は率直に本当のことを言った。

「私が吉岡よしおか里奈りなと呼ばれていた頃、今、キースと呼ばれている神部かんべ悠人ゆうとと恋人同士でした。リナ・ポートフェンになってからは、市場調査で会ったのが最初で最後です」

「は?」

 セドリックは信じると言ってくれたのに、信じられないという顔をしている。

「セドリック様も会談の時に言っていたでしょう? 今世では接点の持ちようが無いのですよ。向こうの事情を知っているのも、前世……生まれる前の記憶です」

 私は首をかしげて笑って言う。

「信じてもらえなくても仕方が無いのですけど」

「いや。信じる。と言うか、信じるしかない。だって、リナちゃんはまだ17歳だろう?」

「ええ。そうです」


 セドリックの考えは分かる。

 私が学園へ入学したのが15歳。

 その前は、田舎の領地で私を溺愛し超過保護な父親とのんびり暮らしていた。

 そして、白いもやのような結界の中、他国の人間は入って来ようがない環境だったんだ。

 そんな中で、キースと通じ合いグルタニカ王国の事情を少しでも知る事など、当時子どもだった事を無かったことにしても出来るはずが無い。

 

「その……、リナちゃんは、キースの事好きなの? 例えば、最初からこの世界にキースがいたら、そっちと結婚していた?」

 セドリックが真剣な顔をして訊いてくる。

 そんな事が、気になるんだ。

 まぁ、夫だから、訊く権利はあるけど。


「どうでしょう。キース……悠人と会うのが辛くなった頃に私は死んでしまっていたので」

 本当に分からない。

 ずっと研究職にいることができた悠人に嫉妬して、営業で成果が出始めても一緒にいるのが辛かったから。

「不毛ですね。仮定の話をしても。だけど、今はセドリック様以上に好きな人はいないです」

 セドリックの目が優しくなる。

 椅子を私の方に寄せてきて、頬を撫でてくれる。

 こういう表情をしている時のセドリックが一番好きだわ。

 大切にされている感じがして。


「もう……さ。そろそろ、敬語や様もいらないと思うのだけど。夫婦だよね、俺達」

 セドリックが、キスをしながら言ってきた。

 唇に息がかかる。

 結局、こだわるところはそこなんだ。

「セドリック。分かったわ。ただ……」

「ただ?」

 敬語はずすと今日のキースとの会話みたいになっちゃうんだよね。

 私はセドリックの背に手をまわしながら言う。

「悪い言葉遣いしても、怒らないでね」

 まぁ、2人っきりの時だけだから……。

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