神使の怒り 9-1




事件から数日後、五十嵐が運転席に座る車が神藤邸の前に停まった。


家の前にはすでに彩香の姿がある。


車が停まると彩香は当たり前のように助手席のドアを開け、車に乗り込んだ。


「おはよう」


お互いに挨拶をしシートベルトを締める。

彩香がシートベルトを装着したのを見届けて、五十嵐は車を発車させた。あらかじめ目的地は確認済みだった。


「あれからライト君…どう?」


発車して間もなく、彩香はあの話題に触れた。


「ああ。精神的な問題もあるし、まだ未成年だしな……。とりあえず今は精神鑑定を受けて、母親の事を受け入れることから始めるみたいだ。それにしても…なんでライトはライブ配信なんてやったんだろうな」


ハンドルを握りながら、五十嵐は首を傾げる。


「ライト君にとって動画って自己アピールの場でもあり、真実を記録するツールでもあったんだと思うよ。この世のどこかにいる母親に自分の存在を伝えるために動画を撮り始めて…あのライブ配信で事件の真実を隠すことなくみんなに伝えようとした。真実を歪められないように。真実を教えてもらえない事で不信感が募ったのかも」


「子どもだからってバカにできないな。ちゃんと見られてるって意識してないと」


「それと…ライト君は寂しかったのかも。動物たちが羨ましかったんだと思う」


「羨ましい?殺されたのに?」


「そうじゃなくて。だって…海治君が言ってたじゃない。最初に海治君が犬を拾って、海治君の家では飼う事が許可されなくて、ライト君の家で面倒見てもらってたって」


そんな細かい話まで覚えているのか…と、五十嵐は、海治がさらっと話した言葉をなんとか思い出した。


「そういや言ってたな。でも、それが何で“寂しい”って感情に繋がるんだ?」


ただ家で犬を一匹預かっただけなのに、気付けば保護犬や保護猫の宿舎になっていたというだけではないか…と、五十嵐は首を傾げる。


「拾った動物たちを近所の人がもらって行ったっていう話…覚えてる?」


「ああ、増える一方でもなかったようなことは言ってたな」


真っ直ぐ前を見て運転する五十嵐の顔を見て、彩香は肩をすくめた。


「捨てられた動物たちが次々にもらわれて行くのに、自分はあの大きな家にひとりぼっちだよ?お父さんは単身赴任で帰ってこないし、お母さんもいない。身寄りがなくて家に来たはずの動物たちは里親にもらわれて巣立って行く」


そう言われて、五十嵐は“寂しい”という言葉の意味を思い出した。


大きな屋敷でひとりぼっちで過ごしていた時間の中に動物たちが現れた。友達が頼ってくれて、ライトも嬉しかったのかもしれない。


しかし、近所の人たちが「自分にもできることが無いか」とライトに手を差し伸べた瞬間、突然寂しさが襲ってきた。


今までは友達に頼られ、動物たちに頼られていたのはライトだったはずだ。


それが突然、主役の座を動物たちに奪われたのだ。


家を訪ねる人の目はライトには向けられない。みんなが見ているのは動物なのだ。


「スポットライトが当たらなくなって、また暗闇に閉じ込められたわけか」


ライトの人生を経験することはできなくても、想像することはできる。そうすることで、五十嵐にもライトの気持ちが何となく理解できた。


「確かにまあ…寂しいよな」


とはいえ、殺された動物たちの恐怖を想像すれば、また捉え方は変わる。


意味も無く殴られ、蹴られ、挙句の果てに火をつけられた者もいる。


感じるのは恐怖だけじゃない。その苦痛は耐えがたいものだったに違いない。


「でも…だからと言って許される事でないよな」


五十嵐はぼそりと呟き、ハンドルを切った。


もう何度か訪れたことのある動物病院の駐車場に車を停めると、ふたりはシートベルトを外した。


外に出ようとドアに手を掛けようとした彩香だったが、五十嵐が突然思い出したように声を上げると、その手から力が抜けた。


「ああ、忘れてた。実は、ライトが隠し持ってた別のUSBからあの…刺殺された猫の最期の瞬間の動画が見つかった。ライトが折り畳みナイフで刺したんだ。あの場で警察を呼んでいればライトが犯人だとすぐに分かったのに、死んだのが動物だからって届けなかったから凶器を隠す時間を与えてしまい、事件は続いたんだな。それから…も撮ってたよ。あの時、草陰で撮ってたんだ。俺たちが慌てて水を掛けるシーンも全部」


五十嵐がと言った時、動物病院を見て目で指し示した。


これから彩香たちが迎えに行く火傷した猫の事を言っているようだ。


彩香は愕然として、右手で額を押さえた。


そんな彩香の表情に気付いていないのか、五十嵐はドアを開けながら言葉を続けた。


「今となってはなんて言っていいか分かんないよ」


彩香は慌てて五十嵐の服を掴んだ。


半分身体を外に出した五十嵐が「おお?」と、彩香を振り返る。


彩香の表情はいつになく真剣なものだった。


「しばらくライト君から目を離さないで。もしかしたら…手遅れだったかもしれない」


「どういう意味だ?」


五十嵐が訊いても彩香は答えなかった。


すぐに服を放した彩香は車を降り、五十嵐より先に病院へと入って行く。


「…手遅れ?」


彩香が何を根拠にそう言ったのか分からないが、五十嵐もライトに対する不信感を払拭できていない。


――病院でしっかりと治療を受けて社会復帰してくれればいいが……。


そう思いながら車を降りると、五十嵐も病院内へ小走りで入って行った。













〈神使の怒り 完〉



『捕らわれた影』に続く……。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893309358








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君を殺す誰か~if~① 深穂 (のろのろ更新) @mami6418

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