神使の怒り 8-1




懐中電灯を構えて物音がする飼育小屋の前へと姿を現した五十嵐は、強い口調で声を上げた。


「三浦ライト、ナイフを捨てて手を上げろ」


五十嵐が小屋の中に懐中電灯を向けた。


懐中電灯の明かりを受けたライトの身体は血しぶきを浴びたのか、真っ赤に染まっていた。


その様子を見て、愛音は息をのんだ。


「手を上げて小屋から出て来い」


再び五十嵐が声を掛けると、ライトが視線を下方向へ向けた。


五十嵐の目にも金網に立てかけるようにスマートフォンが置かれているのが目に入った。


まさか生放送で動物を殺害するなんて、前代未聞だ。


ライトは持っていたナイフを別のウサギたちの方へ向けた。


「俺を掴まえる?いいよ。捕まえてごらんよ。ほら、小屋の中に入ってこないと捕まえられないよ?」


ライトはなんとしても小屋から出てくる気はないようだ。


警察の不祥事を動画に納めたいのかもしれない。


「ライト君!そんな事したってお母さんには会えないんだよ?」


そう言ったのは彩香だった。


彩香は駐車場から五十嵐と愛音の後を追って走って来たため、息を切らしながらようやく追いついたようだ。


明らかに五十嵐たちとは毛色の違う彩香の姿を見て、ライトは首を傾げた。


「ねえ…どうして警察の手伝いなんかしてるの?あんた警察官じゃないでしょ?あんた何者なの?」


「何者って…確かに警察官ではないけど」


撮影していることを知っている彩香は、どこまで話して良いものか考えてしまった。


どうやらライトも同じ町内に住んでいる彩香の事を知っていて、わざと名前を出すことを控えているように見える。


「こんな夜中に警察と一緒に俺を追いかけまわして、挙句の果てに母親の事を持ち出すんだ?」


ライトはその場にしゃがみ込み、ウサギを選別し始めた。ウサギたちが壁に沿って右へ左へと集団で移動する。


「どうして動画を撮るの?逮捕の瞬間まで撮り続けたら、その動画が永遠に残るから?真実が歪められずに済むから?」


「何、それ。どういう意味?」


そう言った後、ライトは左手の掌を前に突き出した。


「理由は、お金を稼ぐため・有名になるため・破天荒なことをし続けるため」


指を折って説明すると満足そうにほくそ笑む。


しかし、彩香はそうは思っていない。


「こんな動画残したら、もうお金稼ぎも簡単にはできなくなるし、望んでいるような有名人にはなれないよ?破天荒なこともし続けられなうなっちゃう」


ライトはプハッと声を上げて笑い、ナイフで金網を叩いた。


「俺さあ、前からあんたの事気味悪いって思ってたんだよね。笑わないし、言葉に抑揚も無いし、いつも冷静だし。人間じゃないんじゃないかって思ってたんだよ。ほら、ロボットみたいな?」


褒められているのかよく分からなかったが、彩香はライトの目をじっと見つめて言葉を返した。


「子どもの頃からよく言われてたから慣れてます。でも、動物を殺すような恐ろしい事はしたことはないわ」


「心外だなぁ。ただの実験だろ?ウサギの解剖!理科の実験だよ」


「あなたがやられてみればいい。バットで頭を殴られて、ライターオイルをかけられて火をつけられて火傷して、ナイフでめった刺しにされて……。どれほど痛くて…どれほど恐ろしいか…想像できる?」


言葉にしていると火傷した猫の姿が脳裏に浮かび、自然に涙が溢れてきて、彩香は袖で涙を拭いた。それを見たライトがいびつな笑みを浮かべる。


「泣いちゃったよ。だって、仕方ないじゃん。人類の進化のためにはこういう実験も必要だよ?どの国だってミサイル作って発射実験してるしさ、同じように、成功する手術を行うためには人体の事をよく知らないと。でも本当はこんな腐った世界、消えてなくなるのが正解だよね」


まるで自分の言う事がすべて正しいと言わんばかりの話し方に、彩香の目が怒りを宿した。


「あなたにそれを語る資格はない。人の痛みが分からない人間に、人の生死を左右する権利はないの」


「そんなことないよ。どこの企業の社長さんも人の痛みが分からない奴ばっかじゃん。自分の身が一番大事なんだよ。そういう人間で世の中は成り立ってんの。感情のある人間は必要とされてないんだよ」


校庭の方から見える動く光に気づいて、彩香は眉を寄せた。







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