神使の怒り 7-4




深夜の学校は無人となり、校庭には街灯の明かりだけが差し込んでいた。


教室も校庭も裏庭もグラウンドも、人ひとりいない。


そんな暗闇の中を歩く人影。


ライトはスマートフォン片手に校門から堂々と入ってきて玄関前を素通りし、校舎の裏側へと回った。


月の光もあたらない草むらの中にその小屋はあった。


無言のまま、ただスマートフォンをあちこちへと向け、ライトは小屋の前に立った。


「うちの学校で飼ってるウサギ。誰が面倒見てるか俺知らないんだよね」


金網の間から指を入れると、眠気眼のウサギたちが鼻をヒクヒクさせてこちらを見た。


見えているのかいないのか、ライトには分からなかったが、その仕草が面白くて地面に生えていた草をむしって金網の間にねじ込む。


すると一匹の身体の大きいウサギが重い身体を起こして、のそのそと金網に近付いてきた。


しばらく鼻を動かしながら匂いを嗅いだ後、ウサギが草を食べようとしたから、ライトはすぐに草を引き抜いた。


「働かざるもの食うべからず、だ。バーカ」


ウサギに悪態をつくと、再び流れるメッセージのスピードが増す。


『悪ふざけが過ぎる』


『ウサギが可哀想』


『ク〇ガキ』


『気分悪い』


それを見てまたライトはほくそ笑む。


「気分が悪いなら見なきゃいいじゃん。あんたたちってホント…姿が見えないからって書きたい放題書くけどさ、顔見せて本名名乗って書き込む勇気あんの?自分の一生を左右することだって理解してる?」


『それとこれとは別』


『自分の行い棚に上げて何言ってんだ』


『警察!警察こないと安心できない。あんた異常だよ』


最後のメッセージはさすがにライトの気分を害した。


「警察が来たって同じだよ。できることは少ない。俺は人間を殺してないからね。きっと早々に自由の身になるさ」


そう言った後、ライトは小屋のドアへと近づいた。


簡易な施錠だったため、簡単にドアは開けられた。


しかし、警戒心の高いウサギたちは人間の侵入に気づいてただちに壁際へと逃げ出した。


「俺さ、ずっと思ってんのよ。ウサギの耳って無駄に長いけど、切ったらどうなるんだろうって。別になくても生きてくのに支障ないよね?人間の耳だって切り落としたって聞こえるわけじゃん。より聞き取りやすくするために耳ってあるんじゃないの?」


逃げ遅れたのはまだ産まれて数ヶ月の小さなウサギだ。


ライトに耳を掴まれ、顔の高さに持ち上げられた。


子ウサギは両手両足をバタつかせて暴れるが、ライトの手からは逃れられなかった。


子ウサギの親も名乗りを上げる事は無く、ただ壁際で他のウサギに紛れてまとまり怯えていた。


『何する気?』


『サイコパス』


『マジ コイツ ヤバいwwww』


視聴者数が数分前よりも少し増えたようだ。


その中に再びあの人物からのメッセージが届いた。


『ウサギより大型犬の方が萌える。たぶん君だとウサギじゃダメだよ』


まるでライトのを理解しているような文面だった。


「大型犬?」


『ゴールデンとかシェパードとか。でも、一番萌えるのは父親』


ライトは首を傾げた。


いつの間にか捕まえていた子ウサギは大人しくなり、ライトはスマートフォンの画面に夢中になっていたようだ。


「あんた…おもしろいなぁ。父親か。確かにもしれたら爽快だろうな。あんたはったことあんの?」


すでに外野のメッセージは目にも留まらなくなっていた。


この人は自分の考えていることが分かる…そう思えたからだ。


『簡単には教えない。君はこれから警察に捕まるんだから』


「なんで決めつけるんだよ。捕まらないかもしれないだろ?」


『捕まるよ。捕まって、出てくる』


親近感を与えたり突き放してみたり、ライトはこの人物に翻弄された。


名前を確認してみると、そこにNaOと書かれていた。


「ナオ?俺が捕まって出てきたら…何?」


しばらく別の人物からのメッセージが続いて、NaOからのメッセージはなかなか届かなかった。


返答がない事に苛立っていると、校庭の方から光が動いたように見えてライトは顔を上げた。


確かに足音が聞こえた。


ライトは掴んでいたウサギの耳を再び強く握ると、小屋の金網の桟にスマホを置いた。自分が映るように位置を変えながら、しっかり顔を映し出した。


「警察が来た。足音が聞こえる。きっと俺は捕まるんだと思うけど、俺みたいなやつはこの世に山ほどいるさ。あんたの隣人も、あんたの職場の同僚も、あんたの恋人も…まだ気付いていないだけで異常者かもしれない。それはあんただって例外じゃない。俺の親父も俺がいい子だと信じてた。でも、実際はこんなんだ」


ライトはジーンズのポケットから折り畳みナイフを取り出し、掴んでいたウサギに刃先を向けた。ウサギは再び恐怖に駆られ、ジタバタと暴れはじめる。


「殺したくて仕方ないんだよ。あんたたちが食事をするように…睡眠をとるように…俺は何かを殺したがる。この衝動は本能なんだよ」


刃先が街灯の光を受けて輝いた時、今までで一番メッセージが多く届いた。


『やめろ』


『ここどこだよ!』


『警察!』


『やらせ?』


それに対するライトの言葉は返ってこなかった……。





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